六万人の鬼
「クソッ!!! この歳になって鬼ごっこするとは思わなかったわ!」
一方で、強欲の魔獣の権能で姿を現した
全力疾走の名の元に、ミラー公爵領を駆け回る。
「だ、大丈夫ですか……ユリス?」
「今のって、どっちの意味で疑問符浮かべたの!?
「えーっと……後者の方です」
「大丈夫じゃないんだなーこれが!!!」
何せ、どのユリスがセシリアと共に赴いても、『アナスタシア』が提示した勝利条件は満たせる。
何故なら、ユリスと指定しただけで、どのユリスが来ないといけないなどと明確に示してなかったからだ。
だから、
『……あ……い、を……』
『ちょう、だぁい……』
『わ、たし……の……あ……』
振り切ろうと角を曲がれば別の亡者が、先を進めば別の亡者が。
何処を走っても、愛を嘆く亡者がわらわらと現れ、
「あぁーあ、もうっ! 流石に鬱陶しい!!!」
「ユリス……やっぱり、私も走ります!」
「ばかちん! 運動音痴なセシリアが走ったらすぐ捕まっちゃうでしょうが!?」
我慢の限界値に達する
捕まってしまえば、どうなってしまうか分からないのだから。
「本当に、
逃走の一言において、
今回の場合でも、高い場所に逃げる事もミラー公爵領から離れる事も、すぐ様屋敷の中へと侵入する事も容易になり、ここまで焦る事もなかった。
だが、その一手が防がれる。
景色が歪んでしまった事により座標移動が行えない。
故に、走り回るという選択肢しかなくなってしまった訳なのだ。
だがしかし、その先にも愛を嘆く亡者が現れる。
「えぇい! どんだけいるんだよこの輩は!?」
身を翻し、再び大通りへと進路を戻した。
そして、再び大群との鬼ごっこ始まってしまう。
「しかし、この人達からは禍々しい気配がしますね……特に、目元からは嫌な気配です……」
「っていう事は目が怪しいって事だな!? まぁ、今分かっても何にも対応できないけどね!?」
冷静に亡者を見るセシリアだが、現状亡者をどうにかする手札も術もない。
数人、数十人ならいざ知らず。数千、数万の人間が相手であれば、対処している最中に呑まれかねない。
(あの魔女はここまで読んでいたって事か!?)
どうして、勝利条件を『セシリアと共に自分の前にやって来る』に指定したのか?
それがこの大群を相手に来れないと分かっていたからではないだろうか?
だとしたら、本当に厄介である。
「もう一回聞くけどセシリア……あいつら、生きてるんだよな!?」
「もちろんです! 皆さん誰一人として命を落とした人はいませんっ!」
これだ。これなのだ。
ただの亡者や
だが、生きているとなれば話は別。
殺戮を主軸に置いたユリス魔術は力は強力故に、領民を殺しかねない。
一つ、傲慢の魔獣の権能を使えば、重力で足止めをする事も可能なのだが、亡者の中には老人も子供もいる────少し間違えば殺してしまう恐れがあり、使用できない。
「何より、
小さな屋台だろうか? 身を潜めた場所は荷台の下であった。
「本当に大丈夫ですかユリス……?」
そう言って、すぐ様セシリアは
精神疲労は取れないが、単純な体力なら癒す事も可能……そこは聖女としての力であろう。
「はぁ……はぁ……いや、厳し過ぎるわ……なんだかんだ、きっちり屋敷からどんどん離れてしまってる」
「誘導……されたのでしょうか?」
「そうじゃない────多分、屋敷を中心に亡者が追いやるように迫って来てたから自然に離された感じだ……まずい、これじゃあ魔女に会えねぇ……」
息を潜め、息を整えながらユリスは冷静に分析を始める。
「この人数をどう集めたのか、そもそもどうしてあんな亡者になったのか……魔女の仕業だろうが、その方法が分からない」
「これが厄愛の魔女の仕業……ですか?」
「正に、三大厄災の再来だな……勘弁して欲しい。規模こそ昔話の比じゃないが、確実にミラー公爵領六万人────その全領民が亡者になってやがる」
「ッ!?」
厄愛の魔女が世に現れた時、『ありとあらゆる人間をつき従え、己に愛を捧げさせた』という逸話がある。
他人事で聞いていた
それに加え、現状は逃げ回る事しかできない。それが何とも歯がゆい。
「せめて
「みぃ〜つけたァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
破壊された荷台の破片が
セシリアを横脇に抱え、
だが────
「あ、あの……ね? そこ……あぶ、ないよ?」
バランスを崩し、セシリアに癒してもらう事なく
そして今度こそと、現れた二つ声から離れるように距離を取った。
「嫌だねぇ……鬼ごっこの最中に会いに来る熱狂的なファンがいるなんて……モテモテも辛いっていう事実の体現だな……」
怯えるセシリア優しく抱き留め、頬を引き攣らせ正面を見据える。
そこにいるのは、セシリアと同じくらいの背丈の少女が二人。
一人は鮮血のような鮮やかな赤色の髪をした、目つきの鋭い少女。もう一人は薄桃色の髪をした少女であり、もじもじと恥ずかしそうに何度も俯いたりしている。
「かぁーっ! こんな奴を相手にしろだなんて、母上も何考えてやがるんですかね!? 愛がない、愛が!」
「で、でもカンナちゃん……ちゃ、んとやらないと……おこ……られちゃう、よ? 愛は、そこに……ある、から……」
少女達は近づき、二人でその先にいる
どうしていきなり現れたのかは分からないが、恐らく待ち伏せでもされたのだろう。
嵌められたと、後悔する
しかし、嘆いたところで状況は変わらない。
「厄愛が神官────『熱愛』のカンナ」
「同じ……く、厄愛が……神官────『慈愛』の……サーシャ……」
現れたのは二人。
騒動を聞いて駆けつけるのは六万人の亡者。
「六万人の鬼に、熱狂的なファンが二人……セシリアを守りつつ、
それでも、
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