厄愛の魔女は愛を欲す
「よくここまで来たね。道のりは険しかっただろうに……素直に賞賛の拍手を送らせてもらうよ」
ぱちぱち、と。
乾いた拍手が静寂が広がった室内に響く。
ほんのりと頬が蒸気し、何処か熱の篭った瞳で『アナスタシア』はユリスを見つめる。
だが、そんな『アナスタシア』の視線を吐き捨てた。
「そんな拍手はやめろ……余計に腹が立つ」
「おや? ボクなりに君を評価させてもらっただけなのだが……もちろん、最高点をプレゼントだ」
「お前にもらっても嬉しくねぇから言ってんだよ。神経を逆撫でするのがお前の趣味か?」
「まさか。ボクの趣味は恋愛だよ」
異様な空気が流れる。
片や『アナスタシア』に殺気を飛ばし、片や恋する乙女のような瞳を向けている。
殺気同士でも、愛し合った二人でもなく、互いが互いを別の意味で見据えていた。
きっと、ここに第三者でもいれば頭に疑問符を浮かべて腰を抜かしてしまっている事だろう。
「……約束通り、俺はここまで来たぞ、魔女────さっさとアナを返しやがれ」
「ん? 約束とは……一体何の事だろうか?」
「テメェ……ッ!? ここに来てしらばっくれる気か!!!」
ユリスは苛立ち、
だが、激しい形相を向けるユリスを見ても、『アナスタシア』は飄々としていた。
「おかしいな……ボクはあの少女と共にここまでやって来いという勝負をして、その褒美としてアナスタシアを返すと約束をしたはずだよ────現状、君一人しかこの場にいないじゃないか」
「ぐっ……!」
確かに、『アナスタシア』の勝負内容として『セシリアと無事に顔を出す』というものだった。
現在、『アナスタシア』の元に顔を出したのはユリス一人。
勝利条件を満たしておらず、『アナスタシア』の言葉に反論できる部分がない。
「安心してくれ、約束はちゃんと守るさ────彼女がやってくれば、ボク消えてアナスタシアを返そう」
「…………チッ」
ユリスはいく秒か『アナスタシア』を睨むと、小さな舌打ちをして乱雑に胸倉を離した。
純白のドレスにはシワがつき、せっかくの花嫁衣裳がユリスの手についた泥で汚れてしまった。
約束は守る。
その言葉を軽々と信じてしまったのは、きっとそう言った彼女の声音と容姿がアナスタシアだったからだろう。
しかし────
「それにしても」
「ッ!?」
突然、『アナスタシア』はユリスの腰部分に腕を回して抱きついた。
ユリスは驚くものの、いきなりの行動に一瞬だけ体が硬直してしまう。
「君は本当にアナスタシアの事が大事なんだね。傷つき、折れてもいいはずなのに前に進んだ────それは、君の幼なじみだからかい?」
「……ただの幼なじみじゃ、俺はここまでしねぇよ」
「ほう? では、君はアナスタシアの事をどう思っているのかな? 友達、幼なじみ、顔見知り────なんて安直で薄い関係では、当然ないのだろう?」
上目遣いで、『アナスタシア』はユリスに問う。
どうしてそこまでして助けるのか? その問いに、ユリスは────
「大切な奴だから────その言葉以上も以下もない。大切だから、戦ったに過ぎない」
大切だからと答えた。
昔遊んだからじゃない。アナスタシアの両親に良くしてもらった訳じゃない。
あの時、力がなく泣いていた自分を慰めてくれた彼女だから……自分は拳を握るのだと。
その答えは、『アナスタシア』の感情を大きく揺さぶった。
「あはっ…………あはははははははははははっ!!!」
腰を回す力を強め、『アナスタシア』は愉快そうに高笑いを見せる。
「あぁっ! やはり、やはり素晴らしい愛だ!!! 大切だから……その一言だけで、ここまでする人間は見た事がない! かつてボクが愛した彼ですら、これほどの愛は与えてくれなかった!!! 深い、深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い深い────愛、だ!!!」
頬が先程よりも蒸気し、目はとろんと熱を帯び、歪ませる口元が艶っぽくなる。
いきなりの豹変ぶりに顔をしかめるユリスは、何かされる前にと
腕に温もりが消えてもなお、『アナスタシア』の豹変は戻らない。
「これが、ボクの求めていた愛だ!!! どれだけ多くの者が愛を捧げようが、どれだけ多くの者に愛を捧げようが、その愛だけは手に入らなかった!」
「…………」
その様子を、ユリスは黙って見守る。
「では!!! その愛を、ボクは欲する! 欲愛し、渇愛する! 少年のその愛を────ボクに捧げて欲しい!!! その為に、ボクは生まれ変わったのだから!!!」
両手を広げ、振り返りユリスを見つめる『アナスタシア』。
恍惚とした瞳が、ユリスに向けられる。
「……俺が愛を向けるのはセシリアだけだ」
「そう言いながら、君は別の者も愛しているだろう?」
「…………」
その問いに、ユリスは答えない。
それはまだ、ユリスがその答えに確信を持っていないからだ。
「責めるつもりはないさ────ただ、その中にボクも入れて欲しいだけの話」
ゆっくりと、純白のドレスを揺らしながら『アナスタシア』はユリスに歩み寄る。
「一番じゃなくても二番でもいい。二番が埋まっているのなら三番に。三番がダメなら四番に。続いてダメなら最後でも。ボクその中に入れて欲しい」
「……入れる訳ねぇだろ」
「ふふっ、そう言うと思ったよ。だから────」
そして、『アナスタシア』はユリスに向かって手を伸ばした。
「その愛……無理矢理にでも、ボクに向けさせてもらうよ」
『アナスタシア』の華奢な手が、ユリスの頬に触れる。
その瞬間────
「……あ?」
何をされる? 何をするつもりなのか? 挙動は見逃さない。警戒は常に。すぐに魔術の行使を────
そんな思考が、一気に塗り潰された。
色としては桃色。
その深さは海よりも深く。
沈めば沈むほど、底は黒い。
頬ではなく頭、頭ではなく目。
────正面にいる『アナスタシア』が、どんな存在よりも愛おしく見えてしまう。
「……あ、い……ま、す」
ユリスの口が自然と開く。
だらしなく涎を垂らし、頬に添える『アナスタシア』の手を愛おしく己の手で握る。
「ん?」
「ぉ……れ、は……ぁなた……を、あぃ……して……ぃま、す……」
「ふふっ、君にそう言われるのは嬉しよ」
────虚ろな目が、完成してしまう。
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