試験の合格、そして我が家の家宝
「そういえば息子よ、試験は無事合格したのか?」
「いやいや、一昨日試験終わったばっかだぞ? そんな直ぐに結果が出るわけねーっての」
一悶着終わり、マルサとマリアンヌが客間のソファーに腰かける。
中央のテーブルを挟むように、対面にはユリスを真ん中にしてセシリアとミラベルが座っていた。まさに両手に花である。
「いや、そんなことはないぞ? 第4部の試験は確か昨日終わったはず。だったら、今日にでも結果が出るはずだ」
「あぁ……そんなこと言っていたような気がするよ」
そんなこと言ってたっけ? と、首を傾げるユリス。
あの時のユリスは娼館に行くことしか考えていなかったので、試験官の説明を右から左に流していたのだろう。
「お前達、試験が終わった時に水晶を貰わなかったか?」
「水晶……」
ユリスはそう言えば、と懐をまさぐる。
マルサが言っていたように、試験後に受付から水晶がついているブレスレットをもらっていたのだ。
そして、ユリスと同時にミラベルも水晶を取り出す。
すると、その水晶は何故か淡く光っていた。
「あれ? この水晶って光ってたっけ?」
「ううん、貰ったときは透明色だったよ」
「ん? なんだ、二人とも合格してるじゃないか」
「「は?」」
マルサの言葉に、二人は目を丸くして驚く。
当然だ。こうもあっさりに、急に試験合格を知らされれば驚くに決まっている。
「この水晶は、試験合格を発表する為の魔道具でな、試験合格であれば淡く光り、不合格だと砕けるようになっているのだ」
「へぇー」
これであれば遠方の人間がわざわざ足を運ばなくてもすむ。
確かに、これはこれは便利なものだ。
「おめでとう二人とも。無事入学できるわね~」
「おめでとうございます! これでお二人と一緒に通えますね! 一緒になれて嬉しいですっ!」
固まる二人を他所に、セシリアとマリアンヌが手を叩いて祝福する。
すると、ミラベルはハッと現実に戻り、思いを噛み締めるように水晶を握った。
「あ、ありがとう……そっかぁ、合格できたんだ……」
その表情は、何処か嬉しそうなものだった。
一方のユリスはーーーー
(魔法が使えない俺が入学できたって事は、本当に実力主義なんだな……)
天井を仰ぎ、一人感傷に浸っていた。
それは嬉しさから来ているのもなのか、それは傍から見ているだけでは分からない。
(……そういや、あいつは元気にしてるかね?)
ユリスがぼーっと天井を仰いでいると、不意にマルサが立ち上がる。
「ユリス、ちょっとついてこい」
「……どうかしたのか父上?」
「ーーーーお前に、渡したいものがある」
♦️♦️♦️
ユリスはマルサにつれられて、執務室へと足を運んでいた。
客間ほど豪華ではないが、それでも一つ一つの家具や装飾品が上等な物だった。
「王立魔法学園に入学したお前に、これを渡しておかなければならない」
いつになく真剣な表情に、ユリスは内心緊張する。
そして、マルサは机の引き出しから数十枚の紙が束ねてある冊子を取り出した。
「魔法学園に通えば、もちろんこの地を離れて王都で4年間を過ごさなくてはならない」
「……」
「だから、俺はお前にこれを託そうと思う」
マルサはその冊子をユリスに渡す。
ユリスはマルサから冊子を受けとるとその冊子に目を通した。
すると、いきなりユリスの目が見開かれる。
「こ、これは……っ!?」
「我が家に代々伝わる家宝みたいなものだ」
ユリスは食いつく勢いでその冊子を捲る。
その手は物凄い勢いだ。
「こ、こんな大層な物を俺に託してくれるのか……? これさえあれば、一財産稼げるぞ!?」
「いいのだ……俺も、学園に通っているときには大変役に立った……今度は、お前の番だ」
ユリスは感動のあまり、瞳に涙を浮かべる。
自分が学園に通うために、こんな貴重な物を託してくれるのか? なんて……嬉しいのだと、感激しているのだ。
「もし、お前が愛する者と添い遂げ、子供が出来たときーーーーそれを託してくれれば……それでいい」
「父上……」
そして、ユリスは冊子を閉じ、マルサに決意の瞳を向ける。
「俺……俺、頑張るよ! 父上の為に、この本を残してくれた俺のご先祖様の為に!」
「頑張れ息子よ……俺は、応援している……っ!」
そして、父親と息子は熱い握手を交わした。
それは、息子の門出を応援する父親の姿そのもの。何とも感動的で、微笑ましい光景なのだろうか。
ーーーー家宝は受け継がれる。
親から息子へ、息子からその子供へ。
一冊の冊子が、長い時を経て、今……息子の手に渡る。
その冊子の表紙には、こう書かれてあった。
『王都厳選娼館ベスト10! ~王都に行くなら、絶対に行っておきたい娼館をピックアップ♪~』
「値段、場所、その娼館のお姉さん達の顔写真に得意プレイ……こんなに事細かに書いてあるなんて、ご先祖様達も隅に置けないな……」
「王都のあらゆる娼館を練り歩き、全てのプランを体験してきたからこその情報量だ……お前には絶対に必要になるだろう?」
「あぁ……間違いないぜ」
二人は笑い合う。
その冊子を手にしたまま、不適な笑みを浮かべてーーーー
『炎よ!』
ーーーー冊子が燃えた。
「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 我が家の家宝がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
ユリスとマルサの絶叫が響き渡る。
今、この瞬間に燃え上がる我が家の家宝を床に落としながら、頭を抱えて叫んでしまう。
「息子よ! 直ぐに火を消すんだ!」
「無理無理! 俺の
「そしたら濡れてしまうだろう!? 文字が全く見えなくなってしまう恐れがーーーー」
そうこう言い争っている内にも、家宝は燃え上がっていく。
やがて、その家宝は灰となって原型をなくしてしまった。
「あ……あぁ……我が家の家宝が……」
「俺……まだあの銀髪の人気ナンバーワン娼婦に会えてないのに……」
二人は膝から崩れ落ちる。その姿は悲壮感漂うものだった。
「全く……あなた達は何をしているのですか……」
そして、執務室の入り口からマリアンヌの声が聞こえてくる。
入り口を見れば、詠唱終わりの体勢をとったマリアンヌと、その後ろからおずおずと中を覗くミラベル、少し憤慨するセシリアの姿があった。
「そんなものは燃やして当然です。セシリアちゃんとミラベルちゃんがいるって言うのに……」
マリアンヌは大きなため息をつき、二人を見下す。
その目には家族であるにも関わらず、大きな侮蔑の色を含んでいた。
「そうです! そんないかがわしいものは燃やして当然です!」
それに続いて、セシリアもマリアンヌに同意する。
だが、状況が上手く飲み込めていないミラベルだけはユリスを慰めるように近づいた。
「あのねユリスくん……あぁいうのは持ってちゃダメだと思うよ? ほら、学園には学びに行くんだから……ね?」
「うぐっ……ひっぐ……」
「まさかのガチ泣き!? そんなに大事なの!?」
ユリスにとって、家宝の損失はそれほどまでの事だったようだ。
結局、マルサはマリアンヌに、ユリスはセシリアにこっぴどく怒られた。
二人は終始涙を流しながら、ご先祖様に謝り続けていたという。
そして、1ヶ月の月日が過ぎ去りーーーー
いよいよ、入学式当日となった。
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