エピローグ

『魔法学園の大罪魔術師』の二巻、7/30発売です!!!


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それから、一週間の時間が経った。

 ラピズリー王立魔法学園では、一週間前の出来事が騒ぎとなったものの、今となっては平穏な時間が流れている。


 それもこれも、ミュゼという学園長がいたから、被害がなかったからという結果があったから。

 帳が上がるような現象こそ起こったものの、それを気にしている生徒は今ではもういなかった。


「ふーん……何もないね(ペタペタ)」


「そうですね……特に変わったところはないように見えます(ペタペタ)」


「筋肉の形も普通だぜ……(ペタペタ)」


「…………」


 一日の授業が終わり、自分へのご褒美と言わんばかりの料理が提供される食堂。

 そこには、が注目を浴びることなく料理を前にしていた。


「(ペタペタ)」


「(ペタペタ)」


「(ペタペタ)」


 しかし、料理を前にしても料理に手を伸ばさない三人。

 少し頬を赤らめ、ユリスの右腕を触るミラベル。反対側に、同じく腕を興味深そうに触るティナ。腹筋を中心に筋肉の無事を確認するリカード。

 そして、触られている────ユリス。


「……ねぇ、触りすぎじゃない? マスコットじゃないのよ、俺」


 注目を浴びていないとはいえ、食堂に相応しくない行動をしている面子。

 それは、かなり場違いではあった。


「そうですっ! 皆さん触りすぎですっ!」


 そして、痺れを切らしたセシリアが対面座席から立ち上がる。

 頬を膨らませ、これでもかと嫉妬をアピールしていた。


「ユリスの体ですけど、私達のものなんですぅ!」


「言っとくけど、誰のものでもないからな?」


 いつの間に、自分の体の所有権が移ったのか? 思わず疑問に思ってしまうユリスであった。


「はぁ……まったく、あなた達は変わらないわね」


 そんな光景を、同じテーブルの隅で眺めていたアナスタシア。

 苦笑いでため息こそ吐いているものの、その声音には不快感は感じられなかった。


「そう言うけどね、アナスタシアちゃん……ユリスくん、になっちゃったんだよ?」


「そうです。不安に思わない方がおかしな話なのですよ」


「そうだぜ、アナスタシア!」


「まぁ、それもそうだけれど……」


 アナスタシアはチラリとユリスを見る。

 パッと見たところ、特段何かが変わったように見えない。三人が不安視する要素は見えない。


(まぁ、袖を捲れば違うのでしょうけど……)


 アナスタシアは、少しだけ脳裏に過去のことを思い出す。


『すまん、アナスタシア……俺、魔族になっちまった』


 何があったのか、ミラベルによって意識を奪われていたアナスタシアは知らない。

 知っているのは結果だけ────ということだけ。


 もちろん、詳しい事情はセシリアからちゃんと聞いた。

 当然、どうして魔族になってしまったのかということも。


「しっかし、驚いたぜ……まさか、魔族になって問題を解決するなんてなぁ」


「俺も驚いたよ。まぁ、人の身で魔術が使えないんだったら、人の身を変えればいいって単純な話ではあったがな」


「ですが、魔族になれば────という発想は思いつきませんでした」


「仕方ないよ! だって、誰も魔族になれるなんて思わなかったんだから!」


 魔族は魔核によって成り立っている。

 魔核を埋め込むことによって魔族の体になれるということは、もちろん人間側は知らぬ話。

 誰も思いつかなかったのは無理もない。


「けど……悪かったな、皆。俺のせいであんなことになっちゃってよ」


 ユリスが少しだけ陰りを見せながら謝罪する。

 それは付き合ってくれたミラベル達だけでなく、アナスタシアやセシリアにも向けられたものだった。


「もぉ〜! それは言わないって約束でしょ!?」


「そうです。私達がしたかったからこそ動いただけです────それに、無事解決したのであれば文句はありません」


「魔族になったのは驚いたけどな! まぁ、俺は気にしないぜ!」


 三人の言葉が胸に刺さる。

 不思議と、涙が浮かんでしまいそうになった。


(いい友に恵まれたよ、俺は……)


 結局、ユリスはアイラの魔核を埋め込みことによって魔族になった。

 それによって、魔術の代償はカバーされ、結果的には解決と言ってもいいだろう。


 だが、その過程までは様々なことがあった。


 自分のために動いてくれて。

 自分のことを心配してくれて。

 変わってしまった自分を────受け入れてくれて。


 それが嬉しくないわけがない。

 堪らなく────嬉しかった。


 ユリスの顔に、小さく笑みが浮かんだ。


「アナスタシアちゃんも、セシリアちゃんも、ごめんなさいはなしだからね!」


「……分かっているわよ」


「はい……」


 元は、アナスタシアとセシリアが動いてしまったからこそ招いた事件だ。

 ユリスを助けたくて、選択肢を突きつけたが故の話。


 あの出来事が終わってから、アナスタシアとセシリアは謝罪をした。

 当然、巻き込んでしまったからこその謝罪である。


 しかし、それを聞いた三人は「気にしてないよ」と、一蹴した。

 それは、二人の気持ちが分かるから────何より、ユリスのための行動だったからだ。


(ありがとう、ございます……)


 もう何度も口にしてきた言葉を、セシリアは心の中で思う。


 魔族になってしまったユリスを受け入れてくれて。

 こんな自分達を許してくれて。


 そして────


『いいか、セシリア────魔族になるということは、人として死ねないということだ。事例もない、何が起こるか分からない。セシリアは、そんな少年と一緒に過ごすことになる……分かっているかい? 人としての最高の幸せは。それを、セシリアは奪ったんだ』


(ありがとうございます……ユリス)


 自分のわがままを受け入れて、魔族になってくれて。


 どうしようもなく、自分は最低な人間だと。

 そう思わずにはいられないセシリア。

 このユリスを囲みながら談笑し始めた光景が、どうにも眩しく映ってしまう。


「大丈夫よ……セシリア」


 そんな不安を抱いていると、隣に席を移したアナスタシアが声をかけてきた。


「この決断はあなただけの責任じゃない。私も、ミュゼも……同じように責任がある。だから、私達は私達のできることをしましょう」


「はい……」


「ユリスが、最後まで側で支える。道を踏み外すようなことになったら、全力で止める。それで、いいんじゃないかしら?」


「そう、ですね……」


 せめてもの償い────というわけではない。

 これは、わがままを許容させてしまった自分の責任だ。


 それは、理解している。


『セシリアがそう望むなら、私からは何も言わない。だが、忘れるな────ユリスくんは、これからどんどん環境が変わってくる。それを一番に支えるべき存在は、セシリアになったんだ。逃げることは、聖人の私が許さない』


 別れ際、あの出来事が終わってから投げられたミーシャの言葉が蘇る。


『でも……私の妹がそう決断したんだ。私はもう、何も言わない……辛いことも多くなる。それでも、頑張るんだ』


(はい……頑張ります、ミーシャお姉ちゃん)


 誰に投げるわけでもない決意を、セシリアは胸に留める。

 だから────


「とりあえず……この幸せを噛み締めましょう」


 セシリアは立ち上がり、談笑している皆の近くへと駆け寄った。


 自分の望む幸せは、あの中にあるはずだ。

 望んでいた幸せは、こういうものだ。


 最前の解決ではなかったかもしれない。


 けど……それでも、ユリスがこれから自分らしく笑ってくれるのであれば────それが、一番嬉しいのだ。


「ユリスの隣は私の席ですっ!」


 セシリアは、今もなお談笑の輪の中で笑っているユリスを見て涙が浮かんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る