同居人

 その後、ユリス達のいる教室には講師思われる人物が入ってきた。

 軽い学園の説明、及びこの後の入学式の説明が伝えられ、制服は自分の寮の部屋にあることらしく、通達の後ユリス達はそれぞれ自分の寮に向かった。


 寮は当然の事で男子と女子でそれぞれ別れている。

 それに加え、寮は二人で一部屋ーーーーつまり、同居人がいるということ。


 だからユリスは「変な人じゃなければいいなー」と願いながら、自室の扉を開けた。

 するとーーーー


『ふんっ! ……ふぅ、我ながらいい筋肉だ』


 そこには鏡に向かってポージングをし、悦に浸るパンツ一丁の青年の姿があった。


「……」


 ユリスは言葉が詰まる。

 とりあえず変な人じゃないーーーーという希望は打ち砕かれてしまったようだ。


(……いや、俺は見間違えをしているのかもしれない)


 ユリスは目頭を抑え、自分の勘違いだと己に言い聞かせる。

 だから一旦外に出て、もう一度扉を開く。

 そしてーーーー


『ないす、ぼでぃ……』


 今度は別のポージングをする青年の姿があった。

 現実逃避は、どうやらさせてくれないみたいである。


「……ん? なんだお前が俺の同居人か?」


 すると、青年が口を開けて固まるユリスの存在に気がついた。

 パンツ一丁の状態で唸る大胸筋をプルプルさせながらユリスに近づく。


「いえ、きっと気のせいです」


 ユリスは迫力ある大腿筋が視界に入り、反射的に否定してしまう。

 きっと、これは仕方のないことなのかもしれない。


「ん? ユリス・アンダーブルクじゃないのか?」


「……そうっす」


 どうやら本当に人間違いじゃないみたいだ。

 ユリスは諦めと悲しみの声を漏らす。


「お! じゃあ、これからよろしくな! 俺はリカード・ラキスタンーーーーラキスタン伯爵家の次男だ!」


「……アンダーブルク子爵家、長男ーーーーユリス・アンダーブルクと申します」


 相手はユリスよりも爵位が上な人間のようだ。

 だからユリスはつい反射的に相手を敬った口調を使うーーーーまぁ、声のトーンは沈んでいるが。


「おいおい、そんな固苦しい言葉使いはやめてくれよな! 俺はそういうの苦手なんだ!」


 ガーッハーッハー、と豪快に笑うリカード。

 自分の周りには固苦しい言葉を嫌う人が多くないか? とユリスは疑問に思ってしまう。


「それより、お前もSクラスだったんだな!」


「……やっぱり?」


「ん? お前は知らねぇのか? Sクラスは入試成績と素質を鑑みた上位成績者20名が在籍するんだぜ!」


 Sクラスは将来有望な生徒と、入試成績上位者が集まるクラスだ。

 故に、Sクラスに移籍しているということは、必然的に学年でトップクラスの実力と才能があるということの証左でもある。


 何故ユリス達がこれを知らなかったのかというと、これは公には公表されているものではなく、親からそういうシステムがあると伝えられるからだ。


「知らねぇよ。それに、だったら俺が余計にでもSクラスの意味が分からん」


 ユリスは眼前にある上腕二頭筋に苛立ちを覚え、若干強い口調で疑問を口にしてしまう。ユリスの敬語が一瞬にして消えてしまった。

 だがこれも仕方がないのだーーーー男の筋肉なんて、気持ち悪いだけなのだから。


「あ? それはお前が無能って言われてるからか?」


「……そうだよ」


 ユリスは周囲から蔑まれる無能である。

 魔法が重視され、才能溢れる若者がSクラスに入るのであれば、自分が入れたことが理解できないーーーーユリスはそう思ってる。

 しかしーーーー


「はぁ? 俺はお前を無能だなんて思ってねぇよ」


 何言ってるんだこいつ? と思わんばかりの視線をユリスに向ける。

 その事に、ユリスは目を見開いて驚いてしまう。


「周りは確かにお前の事を無能だと思ってるのかもしれねぇーーーーけど、俺はあの試験場にいたんだ。お前が、バーン様を一瞬で倒した瞬間もこの目で見た」


「……」


「あれを見せられて、無能と蔑む奴はいねぇよ。もしいるとすれば、そいつはただの馬鹿で、そいつの方が本当の無能だ」


 ユリスはただ驚く。蔑みも一切なく、真面目な瞳でいい放つリカードに。

 それを見て、ユリスはーーーー


「……そうか」


 うっすらと笑った。

 そして、込み上げてくる物を抑えきれず、ついには叫んでしまった。


「ーーーーそうだった! 俺が無能な訳がなかったんだった!」


 額に手を当て、愉快そうに高笑いをする。


(くくっ……無能が嫌で力をつけたはずなのに、どうして自分が無能だと思い込んでるんだよ……)


 己の馬鹿さ加減に、己の愚かさに笑いが込み上げてくる。

 結局、卑下していたのは周りではなく自分ではないかとーーーー馬鹿らしくなったのだ。


「おいおい、いきなり自信満々になってどうした?」


「あぁ……悪い悪い!」


 ユリスは突っ込まれて深呼吸し、落ち着きを取り戻す。

 思わず、傲慢な態度が出てしまった。大罪の魔術を極めた者の悪い癖だ。


「改めて、俺はユリス・アンダーブルクーーーーユリスと呼んでくれ」


「おう! 俺もリカードでいいぞ!」


 そして、ユリスとリカードは固い握手を交わした。


 入学早々、やっていけるのか不安に思っていたユリスだったが、これなら上手くやれそうだと安堵する。

 それは相手が己を風評で判断せず、爵位に溺れず誠実に人に向き合っていけるリカードだからこそ。


 だからユリスは、リカードに内心感謝する。

 気づかせてくれて、いい友達になってくれて。


「それじゃあ、さっさと着替えて講堂に行こうぜ! 入学式に遅刻だなんて笑えねぇからな!」


「了解だリカード」


 そして、ユリス達は制服に着替え、一緒に講堂へと向かった。























「なぁ、どうしてリカードは鏡の前で悦に浸ってたんだ?」


「ん? 俺は筋肉が好きだからな! 何故ならーーーー女子にモテるからだ!」


「素晴らしい、是非ともいい筋トレを教えてくれ」


 余計に、二人は仲良くなった。

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