教会と公爵からの褒賞
ユリスのアウェーは続く。
教室の中に入って、空いた席に座っただけでそれは余計にも大きくなった。
だがしかし、気にしていても仕方がない。
それに、一部の生徒はユリスを侮蔑の目で見るのではなく、興味の目で見ている人もいた。
それはやはり、ユリスの試験を見ていたからなのだろう。
公爵家の人間を一瞬で沈めたーーーー興味を惹かない方が無理な話だ。
「あら? やっぱりあなたもSクラスに入ったのね」
ユリスが机の上でぐでーっとしていると、不意に横から声をかけられる。
さらりとした赤髪が特徴的な女の子だ。
「これはアナスタシア様……ご機嫌麗しゅう」
「やめて、そんな気持ち悪い話し方。普通に話してちょうだい」
「……うっす」
ここには他の貴族もいるんだがなぁ、と思いつつも、公爵令嬢に言われてしまっては仕方ないと、ユリスは口調を元に戻す。
「久しぶりだなアナ。一ヶ月ぶりか?」
「そんなところね」
「そう言えば、あの時の黒髪の女の子は?」
「あぁ……ミリーはAクラスなの」
「なるほどっすね……」
あの時の側付きの少女はどうやら別のクラスになってしまったようだ。
「それより、そちらの二人を私に紹介してくれないかしら?」
アナスタシアは視線を動かす。
そこにはセシリアが何故かユリスの机に己の机を引っ付け、その肩に頭を乗っけているセシリアと、未だに緊張した形相を隠しきれないミラベルがいた。
「えー、こちらが何故か帰ってくれないセシリアと、この前友達になったミラベル」
「は、はじめまして……ミラベルです」
「はじめまして! セシリアです!」
相手が公爵令嬢だからか、緊張の色が見えるミラベル。
一方で、セシリアは元気よく挨拶をした。なんと明るい子なんだろうか?
「んで、こちらが何故かうちに懇意にしてくれるミラー公爵の一人娘のアナスタシア・ミラー嬢。本人も気さくに話してくれる事を望んでるからーーーーそんな固くならなくてもいいぞミラベル?」
「ま、まだ無理だよぉユリスくん……」
ミラベルには、まだ公爵令嬢と気さくに話すのはハードルが高かったのかもしれない。
「アナスタシア・ミラーよ。まぁ、ユリスの言う通り私も固苦しいのって嫌いなのーーーーだから普通に仲良くしてくれたら嬉しいわ」
「普通ねぇ……? 普通の人間はそれが難しいって言うのに……」
「あら? 何か言ったかしら?」
「何でもありませんよ、アナスタシア様」
鋭い目に肩を竦めるユリス。
冗談を言い合える仲だというのは、このやり取りを見たら分かってしまうだろう。
「そう言えば、あなた私の領地で何かやらかしたでしょ?」
ビクッビクッ! と、ユリスの肩が跳ねる。
「な、何の事か分かりませんなぁ~!?」
視線が泳ぎまくる。
セシリアとミラベルを見ても、その視線は彼方へと伸びていた。
「……あのね? あなた堂々と名前を名乗っていたじゃない。グリッド伯爵のご子息がうちの所に駆け込んで来て、自分の口で言ってたわよ」
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? そう言えば、名乗ってたんだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?)
確か穏便に済まそうと始めに名乗っていたような気がする。
名乗ったのであれば、主犯がユリスだとバレてしまうのも仕方ない。逃げた意味がなくなった。
「……申し訳ございません。この処罰は如何様にも……」
ユリスは諦めてアナスタシアに頭を下げる。
これ以上はしらばっくれようもないからだ。
「あ、あのっ! ユリスを怒らないでくれませんか!? 元はと言えば私が首を突っ込んでしまったのが問題ですし……」
「そうです! ユリスくんは私達を助けてくれただけなんです! だから、罰するのであれば私も!」
ユリスに続き、二人も勢いよく頭を下げる。
その光景に周囲の注目が集まるが、二人はそんなことは気にしていない。
自分の為に庇ってくれたユリスが、罰を受けるかもしれないのだ。
それは当然、二人には許せるものではない。
それを見て、アナスタシアは小さくため息を吐く。
「……頭を上げなさい。別に、私はユリスを咎めるつもりじゃないわ」
「「ほ、ほんとですかっ!?」」
「え、えぇ……」
二人の剣幕に、アナスタシアは若干たじろいでしまう。
「確かに、子爵家の人間が伯爵家の人間に手を上げたってだけなら、私は例え伯爵家の人間が悪かろうが、ユリスを咎めないといけないわ」
手を出した理由が女の子を守る為だとは言え、爵位が上な人間には逆らえない。
それが貴族社会だ。故に、どんな理由があれ本来であればユリスは公爵家の名の元に一家諸ともで処罰されるはずなのだ。
しかしーーーー
「けど、今回ユリスに罰はない。それは、グリッド伯爵のご子息がセシリアさんを物にしようとしたからよ」
「私……ですか?」
「えぇ、女神様の恩恵を一身に浴びる聖女と言う存在は大きいの。それこそ、本当は私達が頭を垂れる程にね。そんな相手を知らぬとは言え、手を出そうとしたのであれば、逆にグリッド伯爵のご子息が咎められるわ」
世界規模で信仰されている女神からもっとも近い存在である聖女。
崇め、大切にし、施しを頂く存在は民から愛され、穢す存在は批判される。
そんなセシリアに手を出そうとしたら?
少なくとも、教会は黙ってはいないだろう。
「だから今回はユリスにはお咎めなし。逆にミラー公爵家と教会から褒賞が貰えるはずよーーーー聖女を助けてくれたお礼ってことでね。逆にグリッド伯爵のご子息には相当重い罰を与えるつもり」
公爵家としても、自分の領地で聖女を助けたのであれば褒賞を与えなければならない。
それは、自分の領地では聖女を大切にしていると、民と国にアピールしなければならないからだ。
「す、すごいよユリスくんっ!? 公爵様からの褒賞だよ!? それに教会からもだよ!?」
褒賞という言葉に、ミラベルは驚きを隠せない。
それほどまでに、公爵と教会から褒賞を貰えることは凄いのだ。
「……いらねぇ」
「何て事言うのユリスくん!?」
心底嫌そうな顔をするユリス。
その理由はーーーー
「……なぁ? どうせその褒賞の内容とか決まってんだろ?」
「ふふっ……えぇ。教会からは聖女のアンダーブルク領長期滞在の許可。うちからは私の専属騎士の任命よーーーーもちろん、強制はしないわ」
「……いらねぇ」
ユリスは大きなため息をつく。
事実、ユリスはこの二つに何のメリットも感じていない。
まず、セシリアの滞在に関しては現在進行形で滞在しているのであまり変わらない。というか彼女自身が離れる気がない。
次に専属騎士の任命だが、これは爵位の低い人間であれば誰もが憧れるものだ。
公爵からは懇意にされるし、任命されただけでも名誉とされる。
だが、ユリスはいずれアンダーブルク領を継ぐのだ。
ここで首を縦に振ってしまえば、一人息子しかいないアンダーブルク家は潰えてしまうかもしれない。
……まぁ、ユリスの両親二人が毎日ハッスルすれば構わないのだが。
「っていうか、教会も公爵様も俺が断るって分かって言ってんだろ?」
「ふふっ、それはどうかしらね? 少なくとも、私の騎士にはあなたになってもらいたいわ」
アナスタシアは愉快そうに笑う。
事実、教会とミラー公爵はユリスがこの話を蹴る事は分かっていた。
それはユリスの事をよく知っているから。
教会はセシリアから。
公爵はアナスタシアから。
よくユリスの事を聞かされて見ているからだ。
そして、アナスタシアが専属騎士になって欲しいと思っているのも本当だ。
何故ならーーーー
(ユリスが来てくれたら、私も楽しく過ごせるのだけれどね……)
だが、そんな想いは口には出さない。
それは己の立場と役割が分かっているから。
だからアナスタシアは3人に背を向ける。
「これから仲良くしましょ。きっと、楽しい学園生活になると思うから」
そして、一方的な言葉を残してアナスタシアはユリス達の元から離れていった。
「えーっと……ユリスは私と一緒にいるのは嫌なのですか?」
「違うからな!?」
それから、教室に教師がやって来るまでの間、ユリスは一生懸命セシリアに弁明した。
「……」
弁明している中、周りに人だかりが出来ている中心部、国のトップたる銀髪の少女がユリスを見る。
その事に、ユリスは気づかない。
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