救いたい力を手離したくない

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「……あ゛?」


 ミーシャの言葉に、ユリスは固まってしまう。

 固まってしまうものの、ユリスの口から零れた言葉は低く、怒りが少しだけ滲んでしまっていた。


「私が知る限りの話をしよう。この世に、魔術を扱う者はいる」


 だが、それでもミーシャは態度を崩さない。

 足を組み、臆することなく淡々とその先を口にする。


「一人は魔族の姫。どういう過程かは分からないが、彼女は間違いなく魔術を扱っている。もう一人は私だ。君とは違い、私は『美徳』を扱っている。そして残る二人だが……一人はセシリア。といっても、セシリアにかんしては私の真似事だ、扱えるといってもそこまでではない────さて、残るはユリスくん、君だ」


「いきなり、何の話をしやがる?」


「何、認識の改めだ。聞けよ、ユリスくん。完璧に扱えるという点の話をすれば、セシリアは除外される。となれば、私と魔族の姫、ユリスくんの三人のみが魔術という世界の常識から外れた力を持っている。ここまではいいか?」


 ミーシャの言葉に、ユリスは眉を顰めてしまう。

 魔族の姫────アイラが魔術を使っているのは、ユリスの目でも確認している。その認識は、間違いないだろう。

 しかし、目の前に座る少女が魔術を使える? 何故魔術の話を? そもそも、魔術を奪うとは……一体どうして?

 そんな疑問が湧き上がってしまうほど、ユリスは状況が呑み込めなくなってしまった。


「本来、人は体内にある魔力を魔法として行使するために体内にそのような器官が存在する。故に、皆は魔法を扱えるし、それが常識となっている。では、魔術は? 簡単な話だ────人間には、使んだよ」


「…………」


「私はこれでも聖女でありながら聖人という体質を兼ね備えた異質の存在だ。そもそも、神の申し子と呼ばれるくらいには体の造りは違うし、やわな人間とは違う。魔族の姫にかんしてもそうだ、そもそも魔族は人間とは体の造りが根本から違う。奴らは心臓の代わりに『魔核』と呼ばれるもので構成されているくらいにな。これなら、器官がなくとも魔術が扱える……そんな仮説は通じるだろう?」


 ミカエラも、セシリアも。ミーシャの言葉に黙って耳を傾ける。

 ユリスも、眉を顰めたまま黙って話を聞いていた。


「となると、君は人間でありながらどうして魔術が使えるのか? いや……違うな、使にすぎないんだ。人間であるが故に、君は何かを犠牲にしているからこそ魔術を行使できていた」


「犠牲……だと?」


「そうだ、犠牲だ。もちろん、小さなものであればそこまで影響はなかったのかもしれん。君が魔術を使えて何年が経つ? 今、こうして生きているのが……その証といっても過言ではない。だが────ユリスくんはやり過ぎ始めた。その左腕がいい証拠だろう?」


 ミーシャはユリスの左腕を指さす。

 手袋によって黒い痣を隠し、もはや痛覚が存在しない……ユリスの腕。


 確かに、ユリスが魔術を使い誰かを助けたことによって、徐々に広がり始めた部分。初めこそ痛覚はあった、しかし決定的になったのはアナスタシアの一件。

 そこでユリスは────憤怒の魔獣と連続した魔術の行使を行っている。


 やり過ぎと言われれば、確かにその通りなのかもしれない。


「まとめると、ユリスくんは魔術を使う器ではない。心ではなく肉体的な意味で。故に、早急に今の体の害を取り除き使に戻す必要がある。我々は、そのためにここまでやって来た。それが、セシリアのお願いだからだ」


 ひとしきり言い終わると、ミーシャは手元にあった紅茶を啜る。

 動くことすら抵抗が生まれてしまう静寂が、室内を包み込んだ。


 しかし、その沈黙を破ったのは……傲慢なユリスであった。


「はぁ……そういうことか」


「理解したか?」


「まぁ、流石にこの腕がおかしくなり始めた頃から疑問も、思い当たる節もあったからな。それを言われると、理解はできる。お前が魔術を使っていることや、セシリアも使えていたってのは初耳だったが」


 ユリスは大きな息を吐く。

 何となくの予感はしていたが、こうしてはっきり言われてしまうと、色々な疑問が解消された。

 頬を掻きながら、解消された疑問をひしひしと噛み締める。


「であれば話は早い。取り除くのにはそんなに時間はかからないのだ。故に、早速ユリスくんの────」


「あ? 何を勘違いしている?」


「……何?」


 行動に移そうとしたミーシャだったが、ユリスの言葉に制止される。


「俺は確かに魔術のデメリットを理解した。でも、。俺は、この魔術の力を取り除いてほしいなんて考えていない」


 きっぱりと、ミーシャの瞳を見据えながら、足を組みながらそう告げる。

 害があると分かっていてなお、治せると理解していてもなお、ユリスはミーシャの手を拒んだ。

 それが、不思議で堪らないミーシャ。だが、セシリアとミカエラだけは驚く様子もなくそれぞれの表情を崩さなかった。


「……ユリスくん、理解していると言ったはずだよな? それなのに、どうして君は拒む?」


「そんなの、決まっているだろう────俺は、。この先、誰かが助けを必要としている時、差し伸べるような力が必要なんだ。それを、自分が傷ついているからといって手放すわけがない」


「セシリアの話だと、君は十分な人を助けたはずだ。それをした男が、今度は自分の救恤を望まない? 馬鹿な、そんなのは美徳ではなく大罪だ。人を救うことが正義だと考えているのなら、周りの心配する人間にはどう説明し、どう謝罪し、報わせるというのだ?」


 信じられないと、ミーシャは徐々に苛立ち露わにしていく。

 だが、ユリスは臆する様子もなく真剣な眼差しを、ミーシャに向ける。


「傲慢、強欲、怠惰────大いに結構。それが俺の望むことで、俺の信念だ。誰にも、揺るがすことは許さない。それこそ、驕りがすぎ、迷惑を押し付けているだけだ」


 ユリスは立ち上がる。

 そして、隣にいるセシリアの姿を一瞥することなく、声をかけた。


「セシリアの判断を責めるつもりはないと言ったよな? それと同時に、俺の意に反していれば────全力で抵抗する。心配してくれたのは嬉しいが、今回に限ってはありがた迷惑だよ」


「…………」


 セシリア俯き、肩を震わせる。

 その様子を見ていないユリスは、今のセシリアがどんな表情をしているのかさえ、分からなかった。


 だけど、要件は終わったのだと、その場から立ち去ろうとする。

 しかし────


「あぁ……そうか。君は確かに大罪の人間だったな。そう言われてしまえば、理解できる部分がある」


「理解が早くて助かるよ」


「だが、まぁ……それを、私の勘定に入れる筋合いはないが」


 同時。ミーシャもその場から立ち上がった。


「……なら、どうする?」


「もちろん、魔術だ。姉妹のお願い云々の前に────自ら不幸に向かう人間を、聖女として私の美徳として、一人の姉として……許さない。故に────」


 ミーシャが、踏み込む。


「全力で、君を救おう」


「……そうか。じゃあ、鬼ごっこだよな」


 ユリスは、その場から傲慢スペルビアの魔術で姿を消した。

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