友の二人は相対する

 エルフという種族は、人間と比較した場合あらゆる面で優れているといっても過言ではない。

 嗅覚、視覚、聴覚といった五感に優れていたり、生まれつき体内に有する魔力量が多かったり、二百年は超える寿命の持ち主だったりと。

 ドワーフという種族に比べ、筋力に優れているわけではないが、それでも十分なほどの恩恵だ。


(うん……こっちで合ってる)


 目を伏せ、耳を澄ませるミラベル。

 校舎、庭園広場にて。ミラベルは早まる鼓動を落ち着かせながらじっと佇んでいた。


(ティナさん達のところにも来てる……間違いはない。ちゃんと重なるね)


 ミラベルだけでなく、エルフの多くは自然と共に生きている。

 山で過ごすことが多く、自給自足の生活を送っているため獲物を狩る場合は基本的に山の中で獲物を見つけなければならない。

 その際、どうやって獲物を見つけるのか───その答えは単純明快。のだ。


 本気になれば、半径400mの範囲の音を拾うことが可能。

 小さな足音、鳴き声、その全てを拾うことによって獲物の位置と数を捕捉する。

 故に、ミラベルがここに立ち『合っている』と口にすれば───


「あら、ミラベルじゃない?」


 コツコツ、と。乾いたヒールの音が木霊する。

 薄暗い庭園に現れたのは、紅蓮のような髪を靡かせ、細く鋭い剣を抜刀した状態でぶら下げている少女の姿。

 その声を聞き、ミラベルはそっと目を開ける。


「うん……」


「どうしたのよこんなところで? 学生は皆教室で待機しているはずじゃなかったかしら?」


「そんなことを言ったらアナスタシアちゃんもだよ……一緒に戻らない?」


「ごめんなさい。私は用事があるの───大事な大事な用が、ね」


「そっか……」


 その言葉に、ミラベルは心が少し重たくなってしまうのを感じる。

 今の言葉は、間違いなくである。心のどこかでは否定したかった感情……友人との敵対が嘘であるという淡い期待が裏切られてしまったから。


 ミラベルは一歩踏み出す。

 その行為に、アナスタシアは思わず首を傾げる。


「ミラベル……?」


「ユリスくんのところには行かせないから」


「…………」


 その瞳には迷いはない。

 透き通った碧眼に揺れる感情などどこにもなく、固い決意が表情に現れている。

 アナスタシアのように明確な武器はない。踏み出す勇気の支えになっている依代はないが、それでも負けじと奮い立った。


 アナスタシアは、ミラベルの姿を見てどう思っただろうか?

 ミラベルとは違い、先程の友人に接するような温かい瞳は浮かんでいない。


 瞳は色を失い、歩みを止め、近づくミラベルの姿を───ただただ無表情で見つめる。

 そして───


「……?」


 ミラベルが言葉を発し、次にアナスタシアから出てきた言葉は怒気を孕んでいたものであった。


「その言葉を私に向かって言ってるってことは……少なからず事情は聞いているってことでいいのよね? 間違いや冗談の類いでそこに立っているわけじゃないのでしょう?」


 ミラベルは思う───アナスタシアは、こんなに怖いと感じてしまうような女の子だったか、と。


 実力だけを言えば、ティナの方が上。

 自分は……どうだろうか。少なくとも、実践という面ではアナスタシアには引けを劣らないという自負はある。

 だが、今だけは足がすくんでしまう。本当に勝てるのかどうか、自分は友達に拳を交えることができるのか、と。


(う、うぅん! 私の役目はここでアナスタシアちゃんを足止めすること───ここで臆しちゃいけないっ!)


 ミラベルは下唇を噛み締め、どうにか己を奮い立たせる。

 蛮勇ではない勇気を、己の中で燃やすために───


「絶対に、ここは通さないから!」


「話を聞いていたのなら分かるわよね……? 私は、絶対にユリスの下に行かなきゃならないの。ユリスを助けるために」


「助けたい気持ちは分かるよ……でもっ! その救いはユリスくんは望んでいないよ! ユリスくんは、って言ってたよ!」


 ミラベルは叫ぶ。

 傲慢で、多くの憤怒を身にまとった少女に向けて。

 だが───


「はぁ……てっきり、ミラベルはこちら側だと思っていたのだけれどね」


 その言葉は届かない。

 ため息に混ざった怒気が、それを証明している。


「ミラベルは、ユリスに生きてほしいとは思わないの? 誰よりも愛おしくて、恩人で、助けられたことなど何度もあるのに───そんな相手が傷ついていると知って、救わないの? 手を伸ばさないの? ずっと先の未来を歩こうとは思わないの? 私は歩きたいわ……ユリスがいる未来に。例え、ユリスに嫌われたとしても彼という一つの命が生きていて、いつか笑ってくれるのなら……私は拳を握る」


 アナスタシアが一歩、踏み出す。


「だから……そこを退きなさい、ミラベル」


「……退かない」


 それでも、ミラベルは退かない。拳を握る。


「ユリスくん、すっごく苦しそうだったもん! 確かに、あの力はユリスくんの害になるかもしれないけど、ユリスくんは「自分が自分でなくなっちゃう」って苦しんでるんだもん! 私だって、そりゃあユリスくんには生きていてほしいよ……でもっ! 生きていたとしても、ユリスくんはずっと後悔して、泣いて、苦しむに決まってるから! 前に進めないユリスくんはもっといやっ! どんなにアナスタシアちゃんの行動に賛同できたとしても、アナスタシアの行動の方が正義でも、誰かを救えたとしても───私は、ユリスくんのために立つよ! 味方で、あり続けるんだからぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 己の気持ちを、己の立場を、己の見解を。

 叫びと共に吐き出していく。

 それはまるで鼓舞するかのように。


 届くとは思わない。

 もう、言葉のやり取りで誰がどう動くかなど存在しない。

 あくまで、二人がしたことはである。

 相手の感情を揺さぶろうとは思わない。

 故に───


「邪魔するなら……力づくでも押し通る」


『(おーけー、素晴らしい。愛のために愛を守るために愛を傷つけてまで戦おうとするその覚悟───紛れもない愛の証だ。それは、ボクが手伝うに値する)』


 アナスタシアのローズクォーツの瞳が輝き始める。

 薄暗い庭園に射し込む一筋の光が現れる───のだが、その光は少し儚げに映ってしまう。


 そして───


「私の道に迷いはない。迷いが現れるなら、全力で押し通す───私は、最愛の人のためにあなたを倒すわよ、ミラベル」


「私は……ユリスくんの気持ちを踏みにじらせたりはしないっ! だって、私はユリスくんの味方なんだから!」


 友と思う二人は相対する。

 それぞれの想いを拳に乗せて───本当の戦いを始めた。


 全ては、一人の少年のために。

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