第53話 天網恢恢疏而不漏 (残虐描写あり)

 *残虐描写がある為、苦手な方はブラウザバックしてください。


「勝負あり……かな?」


 身毛津の喉仏を叩き潰した十戸武は振り下ろした手刀を身毛津から離し、『天網』の特攻服を着る男の一人に声を掛けた。


長野おさのさん。天誅は下しました。あとはこの男に何時ものをお願い致します」


「はい。お嬢様の仰せのままに」


 『天網』の特攻服を着る三人の男の中で一番大きく、身毛津よりも身長が高く、ボディビルダーの様な鋼の如き大胸筋を覗かせた長野と呼ばれた男は、ぐったりとして動かない身毛津をズルズルと物の様に引きずって行った。


「あのデカブツ、相当ヤバそうだな……一体何者だ?」


 麗衣は一目で只ならぬ雰囲気の男の力量と危険性を感じ取ったのか?

 十戸武に男の正体について尋ねた。


「まぁ強そうなのは見ての通り分かるよね。彼は長野賢二おさのけんじさん。私の空手の師で、空手道『大東塾だいとうじゅく』の南斗旗全日本大会ジュニアの元チャンピオンよ」


「大東塾の長野! まさか『殺し屋』の長野か!」


 姫野先輩は驚嘆の声を上げた。


「姫野先輩知っているのですか?」


「知っている何も……中学時代の彼の強さは競技の枠を超越して有名だった。南斗旗全日本アンダージュニア優勝だけでなく、層が分厚い柔道とフルコンタクト空手の大会でも上位入賞を果たし、ジュニアのキックボクシングの大会でも優勝経験がある。僕達の年代では生ける伝説みたいなものだよ」


 興奮気味に姫野先輩は説明していた。


「競技を問わず、様々な格闘技関係者から将来を強く期待されていたのだけれど、高校生になって、突如格闘技界の表舞台から姿を消していたのが、まさかこんな場所で出会うとは思わなかったよ……」


 それって、もしかして勝子の男子バージョンみたいなものか?

 中学時代から『殺し屋』なんて異名を付けられたいた事からしてとんでもない化け物である事は想像できる。

 色々なルールで活躍したらしいが、確かに『大東塾』の選手であったのならばどんなルールでも対応できるかもしれない。


「『大東塾』っていうと、アレだよな。確か総合格闘技に近いルールの空手だったっけ?」


 麗衣の言う通り、『大東塾』は空手と柔道をミックスした、言わば総合格闘技のようなルールで競技を取り行っている空手団体だ。

 現実の闘争を想定した新しい武道を標榜するだけあって、極めて実戦的であり、言わば喧嘩向けの空手である。

 セーフガードを着用の上、突き技、蹴り技に加え、投げ技、頭突き、肘打ち、金的蹴り、寝技、寸止めマウントパンチ、関節技、絞め技など使用可能な攻撃は数多く、様々な相手、どの様なシチュエーションにも対応しやすい。


「そうだよ。そして、防具使用や空手と柔道をベースにしている事などルールの共通点が多いから、日本拳法の選手も多く南斗旗大会に出場しているんだよ」


 姫野先輩がそう言うと、十戸武は話を補足した。


「南斗旗大会に参加した日本拳法の選手は今まで沢山上位入賞しているし、ボクシングとかのプロ格闘技に転向した選手同士が対戦することになると、よくマスコミに煽られるんだよね。だから、一般的にライバルみたいなものだと思われているよね」


 成程。似た競技同士だから『どちらが強いのか』意識をせざるを得ないライバルなのか。

 競技者であればルールが違うから本当の意味で交わる事が無いと、頭では分かっていても格闘技を志す以上、どうしても興味は尽きぬ問題であろう。

 この空手を使う十戸武に対して姫野先輩から手合わせをしたいと言ったのはそういう意味もあったのかも知れない。


「まぁ、最近は昔とルールが変わって寝技グラップリングが解禁になって、打撃よりも寝技が強い選手が有利になったらしいから、日本拳法の選手が南斗旗で勝つのは難しくなったんじゃないのかな?」


「もしかすると、そういう面はあるかも知れませんね。私も長野さんも日本拳法の選手が活躍していたバチバチで打撃優先なルールだった頃の方が観る分には好きなんですけどねぇ」


 個人的には興味深い話だが、このままでは肝心な話が忘れ去られてしまいそうなので、十戸武に尋ねた。


「その話はまた今度聞きたいとして、十戸武さんは何が目的でここに居るの? 俺達の事は知っていたのか?」


「それはね―」


 十戸武が説明を開始しようとしたその時だった。


 ―ぎやあああああああっ! 助けてくれええええっ!―


 身毛津の声と思しき、凄まじい悲鳴が立国川ホテルの駐車場中に響き渡った。


「丁度良いね。私達、天網は何が目的なのか。見て貰いましょうか。……そうそう。この先に来て良いのはうるはの皆さんだけで、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの人達はここで待っていて下さいね♪」


「はぁ? 何で俺達は駄目なんだ?」


 亮磨は自分達がハブられる事に納得できず、不満の声を上げた。


「まぁ確かに見させてはあげたいんだけれどね。……私達の目的はあくまでもうるはだから貴方達は関係ないんだよね。でも、そんな理由じゃ到底納得いかないだろうから、そうね……あとで見せてあげるって事でどうかな?」


「……どうするか」


 亮磨はどうすれば良いのか判断を仰ぐように麗衣に視線を向ける。

 麗衣は少し迷っていた様だが、意を決して亮磨に頼んだ。


「十戸武が何を考えているのかさっぱり分からねーけど、一応あたしのダチだし、悪い事は起きないと信じている……。だから取り合えずアイツの言うとおりにしてくれねーか?」


「タイマンを横取りされてムカついちゃいるが、お前がそう言うなら取り合えず後でアイツから説明を聞くことにするか……良いぜ。先にナシ付けてこい」


「わりぃな赤銅あかがね


 麗衣は軽く亮磨に謝ると、十戸武に言った。


「分かったぜ。取り合えずあたし達、麗だけがお前についていくぜ」


「ありがとうね。美夜受さん」


 そう言って十戸武は微笑みを浮かべると、残った天網の二人の男に目配せしていた。

 その表情を見て俺は何故か嫌な予感がした。

 十戸武は大きく『天網』と刺繍された特攻服を翻すと上機嫌な表情で親し気に麗衣の腕を取り、駐車場の奥に俺達をいざなった。



              ◇



「うっ! 何だこりゃ?」


 俺は思わず眼前の光景から目を背けたくなった。


 肉が焼ける様な嫌な匂い。

 両手両足が縄で拘束され、ビクビクと身体を痙攣させた身毛津の背中は赤黒く焼き爛れ、まばらな大きさの文字がこう刻まれていた。


 天網恢恢疏而不漏


「一体何だよ……これは? お前達何しているんだ!」


 麗衣が嫌悪の表情で十戸武に聞くと、彼女は身毛津の背中を踏みつけて楽しそうに言った。


「長野さんの焼き鏝って凄く上手でしょ? 半田ごてで画数が多くて難しい漢字を刻むのって手先が器用じゃないと出来ない職人芸だと思わない?」


 長野は電気式の半田ごてを持っていた。

 アレでこんな中世の刑罰の真似事みたいな事をしていたのか?

 女子が暴走族相手にこの様な場所で喧嘩をしているだけでも異常だが、更に仲間にこんな事までさせているのは常軌を逸している。


「十戸武! 何でここまでするんだ? 幾ら何でもやりすぎじゃねーか?」


 麗衣は苛立ち気味に当然の疑問を十戸武にぶつけると、十戸武は不思議そうな顔をして首を傾げた。

 普段なら可愛らしく見えるであろうその仕草は今の状況では、却って不気味な物にしか見えなかった。


「えーっ? そうかなぁ? だって美夜受さん。動画でこの人が言っていた事を思い出してみてよ? 彼らが今まで暴行した数だけ女性器の落書きを美夜受さん達の身体に刻むとか言っていたんだよ? それと似たような物だと思わない?」


「それはそうかも知れねーけどなぁ……只のハッタリで本当はそこまでやるつもりは無かったかも知れねーぞ?」


「その辺は確かに分からないよね。でも、今まで酷い方法で沢山の女性に暴行を加えてきたのは確かだろうし、それらしい痕跡もある。こんな奴、普通にやっつけたり、逮捕されただけじゃあ、また同じ事を繰り返すだけだと思わない?」


 不良は過去のどんな無様な危機でも、武勇伝に美化して語りたがるので、十戸武の言うように普通にやっつけたぐらいじゃ懲りずに悪さを止めない可能性は高い。

 また、2011年の犯罪白書に少年院の仮退院者を追跡調査したところ、約4割が25歳になるまでに犯罪を起こすという衝撃的なデータがある。

 その為、十戸武の言う事も理解出来なくはないが、かと言って彼女の行いが絶対に正しいかというと別の問題だ。


「……十戸武の言いたい事は分かったぜ」


 麗衣は肯定も否定もせず、十戸武にそう言うと、十戸武は勝手にそれを好意的に解釈した。


「やっぱり美夜受さんなら分かってくれるよねぇー♪『天網恢恢疎にして漏らさず』だよ。これが私達『天網』の行動原理なの」


 天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはなく、悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるという意味だ。

 十戸武は自分達を悪事を行う者を逃さない『天網』であると言いたいのか?


「ところで、友人としてではなく、『天網』のリーダーとして『麗』のリーダーの美夜受さんに良い提案があるけれど聞いてくれないかなぁ?」


「……お願いって何だよ?」


 聞かずとも嫌な予感がするのは麗衣も同じなのか?

 かと言って聞かないわけには行かず、麗衣は気乗りしない顔で義務的に十戸武に尋ねた。


「私達『天網』と美夜受さんの『麗』ってやっている事が似ているでしょ? だから、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロード何かと手を切って、私達と手を組まない? 私達が一緒ならば、もっと世の中を正していけると思うよ?」


 十戸武は無垢な笑みを浮かべ、麗衣の手を握りながらそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る