第65話 周佐勝子(ボクシング?)VS岡本依夫(テコンドー)(2) ボクサーは蹴りで勝負する

 悪魔サタンズ・鉄槌ハンマーなんて呼ばれている私、周佐勝子はその鉄槌を加えられる距離で戦えず、絶賛苦戦中だった。


 このテコンドー使いの岡本依夫という男がパンチで戦う距離への接近を許さない為、蹴りで戦うしかない私は軸足の爪先を大きく開き、腰を中心に肩も旋回させながら左廻し蹴りを放つが、依夫は一歩下がると、左足底で私の膝を叩き落すように受ける。


 蹴りを蹴りで撃ち落とされたみたいでショックを受けたが、敵は落ち込んでいる暇すら与えてくれない。

 返しに180度回転し、跳躍し回転跳び横突き蹴り(トラ・ヨプチャ・チルギ)を打って来た。


「うわあっ!」


 アクロバティックな蹴り技に一瞬驚いたけれど、咄嗟に構えた後屈立ちから、手を捻りながら甲を下に向け、水月前にもってくると共に、左手刀は、肘から先を捻りながら左肩前に斜に切り下す、所謂いわゆる中段受けで踵の辺りを当てて攻撃を流すように反らした。


 今のはまともに喰らったら危なかった。


 だが、私が中段受けした事により、着地時に若干バランスを崩した様だ。


 私はこちらに振り向いた直後の依夫に対して上体は直立、腰は真下におろし膝頭をかい込み、踵は引きよせると依夫の金的を目掛けて蹴りを放つ。


 並みの相手であればこれだけで相手を悶絶できるのだが、相手は並では無かった。

 依夫は下段交差受けで事も無げに蹴りを受け止めた。


「このおっ! 当たれ!」


 私は意地になり、あくまで蹴りで対抗する事にした。


 左足で立ち右足を上げ、右足裏を左膝頭内側に軽く当て、膝関節のバネを利用し、足刀で高く真横を蹴り上げた。

 足刀で真横に真直ぐ一直線に蹴込みはL字に立った依夫の構え受けで防がれた。


 今度も返しで膝を沈み込ませながら私に踵を向け、軸足を素早く回転させ、エルボーを回転するように素早く上体を回し、背を向けた後、蹴り足を早く膝を伸ばしスナップを効かせた後ろ廻し蹴り(パンデ・トリョチャギ)が放たれた。


 高速の蹴りを回避する余裕も無かったので、私は重心を落とし、上段に構えた両腕で蹴りを受けた。


「ぐっ!」


 強烈な蹴りの衝撃でビリビリと腕が痺れる。


 こんな蹴りを受け続けていたら腕が骨折しないまでも、得意のパンチが打てなくなる可能性が出てくる。


 やはり蹴りの勝負では不利な様なので、無理してでも接近してパンチ勝負をすべきだろうか?


 自分で言うのも変かも知れないけれど、珍しく迷っている間に、依夫は体を回転させながら再び後ろ廻し蹴りを放ってきたので、私は蹴りの方向に斜めに避ける。


 流石に同じ技を三度も見せられているので、距離感も分かって来たつもりだけれど、脇腹に蹴りが掠めた事でイラつきが頂点に達した。


「……ぶっ殺す!」


 久々にキレた……。いや、違う。

 というか下僕君のせいで若干平和ボケしていた私だけれど、何時もの喧嘩時のテンションに戻って来た。


「調子に乗るなよこの雑魚正義君が! そんなに死にたいならさっさと殺してやるよ!」


 麗衣ちゃんには聞かれたくないような汚い言葉をつい叫んでしまっていた。


 私は依夫の打ち終わりの隙を狙い、ステップインすると左足を深く折り曲げ、膝頭を下から突き上げる膝蹴りを叩き込み、間髪入れず足払いで奥足を払うと、依夫は転倒した。


「何!」


 どうせ長野という男にでも教わったのだろう。依夫はすぐに私の追撃を許さぬように柔術立ちで立ち上がったが、表情は蒼白であった。


 膝蹴りも足払いもテコンドーのルールでは許可されていない為、恐らく防ぐ事に慣れていないのだろう。


 ダメージ自体は大して無いと思うけれど、まさか私から蹴りを喰らうとは思っていなかったのだろう。ショックが隠し切れない様子だ。


「最初はビックリしたけど、いい加減に貴方の攻撃は見切ったよ♪」


「舐めるなよ!」


 依夫はボクサーの様なステップから左横突き蹴り(ヨプチャ・チルギ)を放ってきた。

 私は避けずに手刀で蹴りを下に払い落とすと、膝関節のスナップを効かせ、後ろから引っかけるように背足(足の甲)で依夫の脹脛を蹴った。


「ぐうっ!」


 この蹴りをカーフキックと言い、元々はMMAで使われていたテイクダウンリスクを減らす為に低い蹴りとして使っていたのが近年キックボクシングやフルコンタクト空手でも使われるようになってきた蹴りである。


 テコンドーの試合では下半身への攻撃を禁止されている。


 練習ではローキックも使うなどという話も聞いた事があるけれど、実戦レベルで対応できるのか不明であるし、ましてや比較的新しい蹴りであるカーフキックに対応出来ているとは思えない。


 慣れぬ攻撃に依夫は動揺しただろうが、倒すには至らない。


 依夫は上段への左廻し蹴り(トリョチャギ)で私に襲い掛かってきた。

 私は日本拳法の上受けの様に内側から外側に払う右手刀で蹴りを受けながら、左のストレートを依夫に打ち込んだ。


「ぐっ!」


 始めて依夫にパンチが入った。

 依夫は真っすぐ後退するが、私はそれを許さない。


 下僕君にも教えた両足ステップで距離を詰めると、足先だけ素早く動かすことを意識し、当たる瞬間に足を伸ばす右のローキックを奥足に叩き込むと依夫の表情は大きく歪んだ。


 更に、私は軸足である右足を軽く踏み込むと、両手の構えを上に揚げ、腰を中心に肩も旋回し、依夫の頭へ目掛けて上段廻し蹴りを放った。


 テコンドーの試合では有り得ない右ローキックから左上段廻し蹴りの対角線上のコンビネーションには慣れていないのか?


 ローキックで意識を下に向けられ、僅かに下を向いた依夫の首に背足が綺麗に巻きつく。


 背足が依夫の首から離れると、立ながら目の色を失った依夫は糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。


 倒れ方から勝利は確信したけれど、それでも一つだけ腑に落ちない事がある。


 左ストレート一発だけ……またボクサーらしい事殆どしていないよね?


 このレベルが相手なら、勝ち方もこだわらないと行けないかなぁ?

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