第95話 総合対決? 小碓武VS吾妻香月(1)狼香月
ボクシングと柔道を使う吾妻さんとキックボクサーの俺でルールの調整から始めた。
投げ技・組技を使えるが蹴りが使えない吾妻さん。
蹴りが使えるが投げ技・組技が使えない俺。
吾妻さんの提案で総合ルールが両者の折衷的な落としどころでは無いかという事になった。
まぁ、俺のキックが実戦で使えるレベルなのか疑問だが、年上の俺が譲歩すべきなので以下のルールで妥協した。
・ボクシング練習用のパンチグローブ、スーパーセーフ、レッグガードを着用
・時間:本戦2分間。延長戦1分間
・有効技:上段、中段への突き。上段、中段、下段への蹴り。投げ技、関節技。絞め技。
・寝技は最大30秒まで。30秒で技が決まらない場合は立って中央から試合を再開する。
【1本勝ち】K.O.突き・蹴り・投げによる攻撃で3秒以上のダウン。絞め技・関節技が決まった時。または技あり2本。
【技あり】突き・蹴り・投げによる攻撃で一時的にダウンし3秒以内に立ち上がった時。倒れはしないが、一方的に連打をあびた時。倒れた相手への攻撃(寸止め)
反則技:肘による攻撃。頭突き。金的攻撃。肛門への攻撃。関節蹴り。背部への攻撃。押し。度重なる場外。倒れた相手への直接攻撃。
反則には注意が与えられる。注意2で減点1、減点2で失格。故意の反則攻撃、逃げまわる場合失格とする。
総合ルールと言ってもグローブ空手のルールをベースに投げ技、組技、関節技に関する決まりを適当に追加したシンプルな内容にした。
総合ルールに近い内容のスパーリングならば日本拳法のルールで姫野先輩と空乱撃、つまりノンコンタクト空手の組手のような事をやった事はあるが、俺では全く姫野先輩の相手にならなかった。
吾妻さんが3人娘の中で最強だとしても流石に姫野先輩程強いとは思えないし、蹴りも使えないとは言え大丈夫なのだろうか?
「因みに吾妻さんってボクシングどの位強いの?」
「さぁ? あんまり強くないと思いますよ。同じジムの赤銅亮磨さんに最近までボコボコにされてましたし」
亮磨と同じジムなのか。
まぁ、この辺のボクシングジムだったら亮磨と同じジムという事になるだろうな。
「いや、赤銅先輩結構強いから仕方ないと思うけど」
だが、実力的には
まぁ、亮磨を倒した岡本忠男に俺が勝ったからと言っても、俺が亮磨よりも強いかというとそんな単純な話では無いのが格闘技というものだ。
俺が岡本忠男に勝てたのは亮磨のおかげで忠男がサウスポーである事やファイトスタイルなどが分かった事やスパーリングをしてくれた事が大きい。
忠男を倒せたのが俺の実力だと思ってはならないのだ。
吾妻さんは赤いパンチグローブをバンバン叩くと拳の握り具合を確かめるように言った。
「まぁ自分が持ってきたグローブこれですから文句言えないんですけど、一寸寝技とかやりづらいですねぇ~。日本拳法だとグローブ嵌めて投げ技とか関節技やるんだから凄いですよね」
審判を務める姫野先輩に吾妻さんは言った。
「まぁ僕は子供の頃からやっていて慣れているからやりづらいと感じる事は無いけれど、他競技の人には違和感があるかも知れないよね。オープンフィンガーグローブに変えた方が良いかい?」
「いいえ。ボクはボクサーでもあるのでパンチグローブの方が良いです」
「分かった。じゃあ始めようか。お互い礼をして」
一応グローブ空手がベースになっているので互いに礼をした。
「始め!」
姫野先輩の手刀が振り下ろされるのを合図としてスパーリングが始まった。
「「カズ君ガンバレー!」」
香織と静江の黄色い声援が飛ぶ。
「「香月! ヘンタイの下僕をボコボコにしろ!」」
麗衣と勝子まで吾妻さんの応援に廻っている。
「ねぇ澪ちゃん。武君が完全アウェー状態で可哀想だから応援してあげる?」
澪は恵に言われた事を受けて、とんでもない事を言い出した。
「小碓先輩! 後でお尻にフルコンタクトさせてくれたら応援しますよおっ!」
ジリジリと間合いを詰めようとしている時に澪の台詞を受けて、思わず言い返してしまった。
「腐女子みて―な事言ってんじゃねーよ! そんなの自分の恋人達にやれよ! 間に合っているだろ!」
俺はなるべく澪から尻を見られない立ち位置に移動した。
「そうですかぁ。心の奥底から残念ッス。カズー! 頑張れよぉ!」
「じゃあ私も長いもの巻かれて……カズ君頑張ってー♪」
ケツへのノンコンタクトを守り抜いた代わりに完全アウェーが確定した。
こんな間抜けなやり取りをしながらも、俺は吾妻さんから目を放さなかった。
彼女はグローブを高く掲げこめかみ辺りに構え、猫背で体重をやや後ろに乗せた、まるでキックボクサーのようなアップライトスタイルだった。
恐らくアウトボクシングを得意とするボクサータイプか。
しかも右拳を前にしたサウスポースタイルだ。
幸いサウスポースタイルのボクサーである岡本忠男とは喧嘩した事があるので、サウスポー相手のセオリーは頭に叩き込んである。
サウスポー相手の基本はまず相手の外を取る事だ。
俺は左の前足を外に取りに行ったが。
―速い―
圧倒的な速さだ。
俺が外を取ろうすると軽やかにステップを踏んで巧みに逃れ、全く追いつけない。
キックボクシングのべた足のステップではボクサーのステップに追いつくのは困難だ。
そして、初撃は吾妻さんから放たれた右のジャブだった。
距離が遠く、僅かに届かないだろう。
ただの牽制か?
だが、牽制かと思われたジャブは距離が伸びて、俺のスーパーセーフを被った俺の顔を跳ね上げた。
威力が強い!
しかも距離が長い!
どういう事だ?
気が付くと吾妻さんはステップインして俺の外を取っていた。
吾妻さんはアップライトスタイルから体勢を低く構えるクラウチングスタイルに変え、右のショートアッパーを突き上げてきた。
「なっ!」
俺は前手を下げて、奥足を一歩引きながら上体を後ろにそらし、奥手で顔をガードするスウェーバックで躱すと俺の面前でパンチがすり抜けて行った。
成程。
アップライトスタイルと見せかけて距離を誤魔化していたのか。
頭一つ後ろにして距離が遠いと思わせて、自分の距離に入るとジャブを打つとともにクラウチングスタイルに切り替えたのでパンチが伸びてきたのだ。
それにしてもやたら強いジャブだったな。
ジャブというよりはストレートに匹敵する威力だった。
「へぇ? 躱すなんてやるじゃないですか? 動画でも観ましたが小碓先輩ってディフェンスがボクサー並みに上手いですよね?」
吾妻さんは追撃もせずに感心したようにそんな事を言ってきた。
まぁボクサーから見ればキックボクサーなんてガードが高いしオープン気味だから顎もボディもがら空きで、しかもベタ足だからスピードにも劣ると思われているのだろう。
「そりゃどうも。それよりか吾妻さんって、もしかして右利きのサウスポーだったりする?」
「正解です! よく分かりましたねぇ」
「そりゃあ、ジャブって言うよりストレートみたいな威力だったからね。とても女子のジャブじゃないよ」
「ふーん。女子のジャブじゃないですか……」
褒め言葉で言ったつもりだが、何故か吾妻さんの声は不機嫌そうになった。
「まあいいや。因みに、ボクって何て呼ばれているか知ってます?」
「いや、流石に会ったばかりじゃ知らないよ」
「あはははっ。そうでしたよね……じゃあ教えてあげますよ。ボクは『狼香月』って呼ばれているんですよ」
何じゃそりゃ?
麗衣は『レイン・ウルフ』とかネットでは呼ばれていたけれど、それとも違うニュアンスか?
狼みたいに強って事?
「狼香月? 何の事?」
「ふふふっ。すぐに分かりますよ」
手を止めてそんなやり取りをしていると姫野先輩が注意してきた。
「コラ! 私語は慎みたまえ!」
「ハイ。ゴメンナサイ。じゃあ時間も少ないし真面目にやりますか」
吾妻さんは再びアップライトスタイルに構える。
もう騙されやしない。
俺が間合いを詰めようとしたその時だった。
吾妻さんは膝を胸の近くまで抱え込むと、蹴り足にスナップを効かせ、上足底で俺の腹を蹴り飛ばした。
「ぐうっ!」
腹に打たれ慣れていない俺は苦痛で息を吐きながら一歩後退した。
ボクシングでも柔道でも蹴りは使えないんじゃないのか!
空手の様な見事な蹴りを当てられ、俺は混乱した。
◇
香月と同じボクサーである勝子の場合、空手を使っている為に蹴りを使えましたが、香月はボクシングと柔道しか使えません。何故蹴りを使えるのでしょうか?
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