第94話 新メンバーが加わりました(吉備津香織:伝統派空手)

「香織! すぐにスーパーセーフを外せ!」


 組手が終わると、麗衣は心配そうな表情で香織のスーパーセーフを外させた。


 香織がスーパーセーフを外すと―


「「「うわあっ」」」


 香織本人と勝子と麗衣以外は一斉に低く声を上げた。

 外したスーパーセーフから血が滴り落ちる。

 香織は拳サポーターで鼻血を拭いながらも、安心させるように微笑んだ。


「この位大丈夫ですから、心配しないでください」


 そんな事を言われても、鼻から出血していれば心配せざるを得ない。


「ちょっと待っていろ、ティッシュ持ってくるから!」


 麗衣はすぐに駆けて行って、ティッシュペーパーを持ってくると箱から取り出したティッシュで香織の鼻を拭ってやった。


「ゴメンナサイ、麗衣先輩にこんな事をさせてしまって」


「んな事は良いけど、無茶すんなよ……鼻は折れてねーみてーだな……不格好だけど我慢してくれ」


 麗衣はそう言ってティッシュを丸めて鼻栓を作ると、香織の鼻に詰め込んでやった。

 取り合えず香織の鼻が折れていない事にほっとしていた。


 しかし、スーパーセーフ被っていても鼻血が出るってどういうパンチ力しているんだ?


 そんな事を考えていると勝子が香織に近づいてきた。


「貴女、中々強かったよ。久しぶりの組手も楽しませてくれてありがとう」


「本当は勝つつもりだったんですけどねぇ……流石勝子先輩です。完敗です」


 ポイント的には大健闘と言っても良いのだが、香織は完敗と言った。


「勘違いしないのは良い心がけだよ」


「いえいえ。そもそも最初の試合の最後はワザとポイント取らせて貰った感じですし、再試合でも本来6-0で負けていたはずです」


 香織も再試合開始直後のワンツーがスキンタッチであれば反則注意にならず勝子の勝ちであった事に気付いていた様だ。


「貴女だって残り数秒の時点で最後に出てこなければ貴女の勝ちだったはずだよ?」


「ははははっ……譲られた勝ちなんか貰っても嬉しくないですよ。最後は出たからって負けるつもりはなかったんですが……まぁ最後に投げを喰らうのは想定外でしたが……」


「そうね。あそこで倒されず、少しでも踏ん張っていたら貴女の勝ちだったから、もう少し精進が必要ね」


「その通りですね。でも、負けるリスクがあったのになんでギリギリの戦いをしていたんですか?」


「別に勝つのが目的じゃないし、最悪負けても良かったからね。それよりも時間一杯使って少しでも貴女の力を測りたかったんだ」


「……アタシの全力ですら勝子先輩の掌の上でコントロールされていたって事でしょうか?」


 香織の目が剣呑に光る。

 手加減していたと言われたのに等しいのだから、自尊心が高い程屈辱に感じるだろう。


「まぁ、そう悲観的になる事も無いよ。技術的にはまだ粗があるけど、貴女の強いメンタルは評価に値するよ」


 勝子はティッシュを一枚とると、香織の手を取って拳サポーターの血を拭ってやった。


「その……試す様な事をして悪かったよ。あの突きで心が折れてしまうようではこの先使い物にならないと思ってワザとやったんだけれど、貴女はポイント的に追い詰められた後も勇気を奮い起こして立ち直って反撃して見せた」


 勝子は血を拭った拳サポーターを嵌められて手を握った。


「貴女は肉体的にも精神的にも強い事を証明してくれた。貴女は麗のメンバーに相応しいよ……そうでしょ? 麗衣ちゃん?」


 勝子が麗衣に振り向くと、麗衣は頷いた。


「ああ。ようこそ麗へ。お前のメンバー入りを歓迎するぜ」


 こうして麗にはまた一人新しいメンバー、吉備津香織が加わった。



                 🥊



「あ~あ。アタシも負けちゃった……残念だけれど、アタシ達中学生チームの負け越し決定だね」


 香織は悔しそうに言った。


「こっ……高校生相手に、しっ……しかも麗の皆さん相手に……かっ……勝ち越すのは、さっ……流石に無理っぽいよね?」


 静江がそう言うが、香織はまだ悔しさが収まらない様だ。


「アタシは本気で勝つつもりだったのよ。そんなアタシが負けて情けないし」


「いや、まだ負け越してないよ。だってまだボクが居るから」


 吾妻さんは香織に言った。


「でも、アタシと静江が負けてもう2敗しているし……カズ君が勝ったとしても1勝2敗で負け越しだよ?」


「違うよ。そもそも静江ちゃんは負けてないから」


「えええっ! でっ、でも……わたし、麗衣先輩にKOされたよぉ?」


 すると吾妻さんは立てた人差し指を左右に振りながら言った。


「ちっちっち……、静江ちゃんと麗衣先輩の試合は勝ち負けを付けないって約束だったでしょ? だから、まだ中学生チームの1敗だから、ボクが勝てば負け越しにはならないんだよ?」


「ああ成程!」


 香織は喜色満面の笑みでポンと手を叩いた。


「いや……流石にそれは無理あるでしょ……」


 KOされた静江の方としては、あの組手は負けとしか受け取れないのは本人の感情としては当然の事だろう。


 そんな静江を慰める意味もあったのだろうか?


 麗衣は静江の頭を撫でながら言った。


「まぁ、そう言う事にしておいて良いぜ。次にあたし等高校生チームが負けたら1勝1敗の引き分けって事にしておいてやるよ」


 そもそも、ポイントを付けて勝ち負けをはっきりさせるように言い出したのは香織の組手からなので、ポイントすら取っていなかった静江の組手はノーカウントといえばノーカウントだ。


「じゃあ、最後はボクの番ですね。とは言っても、ボクが出たところで負けるだけだと思いますけどお手柔らかにお願いします」


 等と吾妻さんはしおらしい事を言っていたが、静江や香織の実力を見た限り、何処まで信用して良い事やら。


「頑張ってね、アタシ達の中じゃカズ君が一番強いんだから」


「が……頑張って。ふっ……不甲斐ないわたし何かより、カズ君が物凄く強いところを見せてあげて」


 オイ、カズ君とやら。

 いきなり3人娘の中で最強ってバラされているぞ!


「そうかそうか! こんなに可愛い顔して、あたし達と善戦した静江や香織より強いっていうのか! ソイツは楽しみだぜ……武! お前がヤレ!」


 思わぬ指名に俺は目を白黒させた。


「はあっ! 俺かよっ!」


「コイツ等の言葉通りなら今のお前には厳しい相手かも知れねーけどな。只、新しい後輩も出来るって事だしお前が胸を貸す立場になるのも良いだろ?」


「歳はとにかく、胸を貸すって、格上が格下にやる事じゃないのかよ……」


 すると、吾妻さんの嬉しそうに大声で言った。


「えええっ! 小碓先輩とやらせてくれるんですか!」


 念の為に断っておくが、やらせてくれるとは勿論変な意味ではない。


 ……いや、こんな時にこんな説明要らんか。


 とにかく、次のテスト相手が俺と聞いて、吾妻さんは目を輝かせた。


「ああ。武じゃ実力不足だっていうなら恵に頼むけれど、どうする?」


 確かにキックボクサーの俺よりは、ボクシング風のパンチの空手と柔道を使う恵の方がボクシングと柔道を使う吾妻さんのスタイルに近いとは思うが、吾妻さんは首を振った。


「いいえ! 是非小碓先輩とやらせて下さい!」


「そうかい。じゃあ、決まりだな」


 麗衣は意地悪そうに笑みから俺はコイツの真意を悟った。


 今日一日鼻を伸ばしていた(様に見える)俺がボコられるのを望んでいるな。


「俺には役不足なので遠慮します」


 俺の実力では吾妻さんの相手にならないと謙遜したつもりだが、麗衣の成績は俺よりも良い事を思い知らされることになる。


「ああ。香月の実力じゃあ、お前の相手にならないって言いたいんだな?」


「いや、だから俺じゃあ役不足だって……」


「役不足って実力不足って意味だと思っているならよくある日本語の誤用だぞ? 本当は能力に対して役目が簡単っていう意味だから」


「え? そうなの?」


 色々なラノベや漫画でも俺の意図する「役不足」という意味で使われていたが、それはよくある誤用だったらしい。


「いやぁ~流石小碓先輩ですね。確かに中坊のボクじゃあ相手にならないかと思いますが、是非ともお手柔らかにお願いしますよ」


 吾妻さんも正しい意味を知っていたのか?

 穏やかな口調ながらも馬鹿にされたと感じていたのか?

 目が笑っていなかった。

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