第93話 伝統派空手の組手 周佐勝子VS吉備津香織(3)奮闘と勝利の行方
ポイント的には追い詰められ、後が無い香織だが、勝子がすり足で間合いを詰めようとすると、自分から仕掛けずに間を切る、つまり、距離を取っていた。
傍から見ると勝子の圧力を怖がり下がっているように見えるがそうではない。
格闘技の試合では凡そ三つのタイプが存在する。
一つは攻めるタイプ。
相手の前に入り、常に攻めて行くタイプ。
まぁ麗衣がそうだ。
もう一つは待つタイプ。
自分から行くこともせず、下がりもしない。
相手が間合いに入ってくるのを待ち、入って来た瞬間に合わせてカウンター攻撃を仕掛ける。
「後の先の麗人」という異名を持つ姫野先輩がこのタイプだろう。
そして最後の一つは下がるタイプ。
相手を引き込んで自分の間合いで戦おうとするタイプだ。
このタイプは相手が出てきた瞬間に合わせて技を出すタイプであり、試合観戦する時につまらなくて嫌われる傾向にあるが、このタイプと対戦する側からすれば安易に攻めると危険なのでやっかいなタイプである。
香織がどのようなスタイルであるのか断定するには材料はまだ少ないが、今香織がやろうとしているのはまさしく相手を引き込もうとする下がるタイプである。
勝子はそんな事は百も承知であろうが、構わず香織との距離を詰めようとした。
香織は左の中段蹴りを放つと、勝子は両腕のガードを下げて防ぐ。
香織は構わず上段突きをしようとしたのか、左手を伸ばすと上段突きを警戒した勝子はダッキングで身を躱そうとした。
最初の組手ではこの後、左上段突きを突いて有効を奪っていたが、勝子は同じ手を喰らわないだろう。
そう思っていたら香織は俺の予想を上回っていた。
香織は左手を伸ばし、上段を突くのではなく、勝子の左手を掴んで引き付けると背中を向け、その背に中段蹴りを入れた。
「技あり!」
上手い!
あの勝子の裏をかくなんてやろうと思っても出来るものではない。
思わず心の中で唸った。
中段蹴りの技ありが決まり香織が2ポイント獲得。
勝子5-2香織
だが、時間は残り15秒余りだ。
流石に引き込む時間はないはずだが、香織はまたもや自分から引いて行った。
ポイントで負けている香織が取る戦法としては愚策としか言いようがない。
ここで勝子が時間を稼げばポイントアウトで勝子の勝ちになる。
だが、勝子は攻めて行った。
勝子からすれば相手の力を全て引き出したうえでの勝利じゃないと意味が無いとでも思ったのかも知れない。
勝子は不意に背を向けると、右足を軸に左足を前にした前屈立ちの構えから体を回転させながら左膝を抱え、蹴り足を後ろに出し、蹴り足を真っすぐ延ばし、踵で蹴る後ろ蹴りで香織を蹴りかかった。
香織はこれを避けず、右腕を膝上あたりまで振り下ろす下段払いで小指側の前腕で受けると、後ろ向きの勝子の面に上段追い突きを当てた。
「有効!」
上段突きは有効なので香織が1ポイント取得。
勝子5-3香織
猛烈な勢いで香織が追い上げるが残りは10秒。
香織はまだ下がるが、勝子はこれを追う。
勝子は左足前の前屈立ちで下段に構え、軸足を軽く曲げ蹴り足を素早く体に引き付けると中段への力強い前蹴りを放った。
香織は再び重心を前にし、腰の回転を使い、左腕前腕で上から下へ払い落とす下段払いで前蹴りを払い落とすと、下段払いをした腕を引き、右拳で中段の逆突きを放つ。
このまま中段突きが決まる。
そう思った刹那だった。
香織は勝子に当てる手前で突きを横に振り抜き、その勢いを止めず、左の軸足を回転させながら膝から下をしならせながら弧を描くようにして左の上段裏廻し蹴りを放った。
勝子はダッキングで蹴りを紙一重で躱したようも見えたが―
「いっ……一本!」
最初の組手時と同じく、麗衣はスキンタッチを認めた。
「「「やったあーっ!」」」
俄かに中学生チームが活気づく。
無理もない。
上段蹴りの一本で香織に3ポイント入ると
勝子5-6香織
信じがたい事に残り5秒ほどで香織が逆転したのだ。
自分達のリーダー格である香織を応援している中学生チームが喜ぶのは当然だろう。
それにしても……前蹴りを払い受けした直後、中段突きでもポイントは入っただろうけれど、それでは5-4で勝子に追いつけない。
だから中段逆突きではなく、咄嗟に自分が得意とする上段裏廻し蹴りに切り替えたのだろう。
あるいは初めから上段裏廻し蹴りを狙っていたのかも知れないが、何れにせよ大したものだ。
湧きたつ中学生チームに対し、本人達の仲はとにかくとして、同じ高校生として多少でも仲間意識があるのか、俺同様に恵は衝撃を受けている様子だった。
「え……まさか、あの周佐さんが負けちゃうの?」
まさか勝子が負けるのか?
幾ら空手の組手は久しぶりとは言え、勝子が女子に、しかも年下の中学生に敗れる姿は想像出来なかった。
残り5秒。
勝子にとって、状況は絶望的な中組手が再開された。
あとは香織が間合いを切れば勝子に勝ち目は無いだろう。
そう思った時だった
「やあっ!」
予想に反し、香織は前に出てきた。
ここで香織が前に出るのは何のメリットも無いはずだが、果敢にも攻めてきたのだ。
香織が上段への刻み突きで間合いを詰めると勝子は右斜め前にスリッピングしながらにオープン気味にフックを打つように腕を開く。
クロスカウンター狙いか?
カウンターで鉤突きが決まれば同点になるが、勝子が同点決着で満足するはずも無かった。
勝子は面に突きを当てず、首に腕を巻き付けると左足を相手の脹脛に引っかけ、大外刈りの要領で香織をマットレスに叩きつけた。
伝統派空手は寸止め空手等と言われ、一般的にフルコンタクト空手よりも弱いと思われがちであるが、単純にそうとは言い切れない。
理由は二つあり、一つはフルコンタクト空手ではとても追いつけないスピードと、もう一つは投げ技だ。
確かにボディへの攻撃はフルコンタクト空手の選手には効かないだろうが、拳による顔面へのコンタクトは寧ろ伝統派空手の方が多く、立ち技格闘技でも最速クラスのノーモーションの突きはまず躱せないだろう。
そして、投げ技で一旦倒されてしまえばタフネスによる有利など無いに等しく、倒れた相手を攻撃できないルールで守られていては対抗する術が無いだろう。
投げ技からの突きは強力で、以前外国人の試合等を観たら思いっきりコンタクトしているし、投げ技から倒れた相手に突きを入れている姿を見ると、あたかも防具の無い日本拳法の様であり、ノンコンタクト空手という概念を覆された事に衝撃を受けた事がある。
無論、フルコンタクト空手はローキックがあるし、年々ルールも時代に合わせ進化している印象もあるので、結局のところ違う競技なので強さの過多など語っても詮無い事なのかも知れない。
「うっ!」
それはとにかく、マットレスに叩きつけられた香織は低く呻き声を上げた。
何とか香織は受け身を取った様だが、勝子は逃げる間も与えず、香織の面に向かって拳を振り下ろした。
「止めろ!」
俺が思わずそう叫んでしまったが、勝子の拳はちゃんと動けない、正確に言えば早すぎて反応出来ない香織の面の眼前でぴたりと止まった。
麗衣は緊張した面持ちから、ほっと安堵した表情にかわり、溜息を一つ吐くと宣言した。
「一本!」
倒れた相手への突きは一本になり勝子が3ポイント取得。
勝子8-6香織
そして直後にタイムウォッチが1分間終了を知らせるアラームが鳴り響いた。
香織は一時は逆転するほど健闘し、勝子を追い詰めたがあと一歩及ばなかった。
単純に数字だけ見るとそのような結果に見えた。
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