第61話 周佐勝子(ボクシング?)VS岡本依夫(テコンドー)(1) 最悪の相性
私……周佐勝子はテコンドー使いの岡本依夫という男と戦う事になった。
世界的にはメジャーな格闘技であるテコンドーだが、日本では勘違いされていたり、よく理解されていなかったりする。
テコンドーの国際組織は大きく分けて二つの団体があり、韓国のソウルに拠点を置く団体とカナダのトロントに拠点を置く団体に分かれている。
カナダ系の団体の方は北朝鮮出身の団体と勘違いされる事も多いが、政治的要因などにより、結果的に北朝鮮に伝わったのがカナダ系の団体ルールのテコンドーであったという事である。
この二つの団体でルールや技の呼称が異なっており、オリンピック競技として認められた韓国系の団体はスポーツ性を重視し、カナダ系の団体はテコンドーの起源である空手に近く、武道性が強く実戦性が高いと言われている。
技の名前の違いを具体的に上げれば、例えば後ろ廻し蹴りの場合、韓国系の団体は「ティフリギ」と呼び、カナダ系の団体では「パンデ・トリョチャギ」と呼ばれるように異なっている。
余談だが、カナダ系の団体の昇級審査基準では護身術を「ホシンスル」、約束組手を「ヤッソグ・マッソギ」、基本蹴りを「キボンチャギ」、試し割りの威力の事を「ウィリョク」、特技を「トゥッキ」と呼ぶなど、空手の影響なのか、あるいは偶然なのか? 微妙に日本語に似ていたりする。まぁ詳しい事情は知らないし今は如何でも良い事なんだけれどね。
岡本ツインズとやらの片割れである岡本依夫は前手である左手をやや下げ目にして構え、深く半身を切り、ガードを高く上げている。
テコンドーというと突きが使われないと勘違いされがちだが、それは誤りである。
オリンピックで採用されている競技ルールでは胴プロテクターへの突きは1点ポイントとされるが、後者の団体の方は顔面殴打も認められている。
ガードを高く構えている場合、顔面パンチを打ちやすく、パンチの打ち合いになっても相手のパンチを弾いたり、叩き落せるので、恐らく実戦性の高い後者ルールの団体のテコンドーであろう。
依夫は戦いを始める前に声を掛けてきた。
「貴様の名前は昔よく聞いたぞ。マスコミで騒がれていた時はとんでもない奴だと思ったものだが」
「随分前の話だけれどね。もしかして、貴方は私のファン? なら全殺しを半殺しで勘弁してあげるけど♪」
「昔は確かにそうだったかも知れない。それが、今ではこんな所で落ちぶれ果ててチンピラまがいの行いをしている情けないお前を応援しようとは思わないな」
「狩られる前の獲物の癖に人並みの事を言ってくれるね♪それは貴方達も似たような物でしょ? お互い様だよ」
「俺達は違う。お嬢様の理想を叶え、正義の為に格闘家としての道を捨てたのだ!」
依夫は私達と同類にされた事に激高していた。
まぁ、上から目線で正義何て迷惑極まりないものを振りかざしている内は他人の言葉など耳に入らないだろうね。
「御託は良いよ。男なら拳で……いや、蹴りでも良いけど語りなよ。正義君」
如何した事か、いつもより口撃が冴えない。
挑発は相手を激高させて力ませる事で攻撃のモーションを大きくして分かりやすくする一つの作戦でもあるけれど、何か口撃がイマイチ調子が出ない。
最近は下僕君に言いたい放題、したい放題しているからあんまりフランストレーションが溜まらないせいなのかな?
最近アイツと一緒に居ると何か安心しちゃって、調子が狂う。
敵を目の前にしているというのに、麗衣ちゃんと敵対する相手に対してすら怒りの感情が湧いてこないのだ。
もしかして腑抜けてしまったという事か?
何時ものように敵をグシャグシャにしてやろうという感情が湧いてこない。
下僕君も麗衣ちゃんも姫野先輩も今日に備えて出来る限りの練習をしてきたし、私もそのはずだけれど、肝心な気持ちの方が乗らなかった。
だが、私の内心など相手には知る由も無く、襲い掛かって来た。
依夫はアウトボクサーのようにリズムよく跳ね、左足を軽く上げ、横蹴りをするように見せたが、それはフェイントだった。
私が釣られて中段へガードを下げると、そのまま依夫は左足を踏み込み、膝を沈み込ませながら私に踵を向け、軸足を素早く回転させ、エルボーを回転するように素早く上体を回し背を向けた後、蹴り足を早く膝を伸ばしスナップを効かせた上段への後ろ廻し蹴り(パンデ・トリョチャギ)を放った。
速い!
私は上半身をスウェーさせながら斜め横へ逃れると、私の顔面スレスレに依夫の靴底が振り抜かれ、前髪が風で舞った。
「ほう……流石に早いな」
私が依夫に感じたように、依夫の方も私に対して同じ感想を抱いたらしい。
「貴方の方こそ早いね。私にこんな事言わせる相手は久しぶりだよ♪」
これは冗談ではなく心からの本音であった。
「将来の五輪代表候補様に言われるとは感激の極みだな」
「へぇ……正義君でも嫌味とか言えるんだね!」
そう言いながら、私は左の廻し蹴りを放った。
ボクシングの間合いでは届かないので先足を当ててみようと思ったのだけれど、相手は蹴りのスペシャリスト。
右足を45度に置いたL字立ちに構えると、私の廻し蹴りを左手外側であっさりと受け止めた。
私の蹴りが麗衣ちゃん並みの威力なら受けた相手の腕を骨折させる事も出来たかもしれないけれど、非力な私ではそこまで威力が無かった。
依夫は返しで親指を曲げ四本の指をまっすぐ伸ばした手刀を外側に払うようにして私の頸動脈に向けて放たれた。
手刀による攻撃は空手ではあまり使わず、寧ろ受けの時に使われるものなので、慣れない攻撃に少し驚いたけれど、身体は勝手に反応し、フックを躱すのと同じ要領でウィービングし、U字に頭を動かし攻撃を躱した。
依夫が手刀を打つために距離が接近したので、こちらも返しに左ボディを入れようとしたが既に素早くステップバックしており、パンチが届かない為、私は攻撃を切り替えるべく横向きになり、左足を軸に立ち、右足裏を左膝頭あたりに引き付け、スナップを効かせた足刀で依夫の横腹をめがけて打つ。
依夫は右斜めに下がると後ろ立ちの構えで私の蹴りを受け、お返しと言わんばかりの鋭い右の横蹴り(ヨプチャ・チルギ)を返してきた。
私は並行立ちで右の受け手を右耳下から内小手で弾き飛ばすようにする中段内受けで依夫の蹴りを防いだが、依夫は爪先を宙に上げたままの膝の位置に戻すと、軸足を返し、軌道を変えて上段へ、爪先を振り下ろすように廻し蹴り(トリョチャギ)を放ってきた。
ヤバイ!
ガードが間に合わず、咄嗟にスウェーバックしたが蹴りが頬を掠めた。
まともに喰らえばダウンは免れないし、下手すれば失神していたかも知れない。
横蹴りは誘いで、二発目の上段廻し蹴りが本命だったようだ。
「あはははっ……強いねぇ。こんな緊張感は久しぶりだよ」
「お前こそ大したディフェンス力だ。そうでなくては面白くない」
こっちは面白い事なんて一つも無いんだけれどね。
やっぱり麗衣ちゃんの相手の
個人的な感情もあり、十戸武とやりたかったけれど、どうしても代表同士やりたいと麗衣ちゃんが強く望んでいたし、長野に関しては姫野先輩が戦いたがっていた。
下僕君には特訓の最後の週はボクサー対策を集中してやらせたので、残りは必然的にテコンドー使いが相手になってしまった。
只でさえリーチの差があるのに、蹴りが主体では更に距離が遠くなる。
麗衣ちゃんや姫野先輩が仮想テコンドーで慣れない蹴りを取得してスパーリングしてはくれたけれど、やはりリーチもスピードも圧力もすべての面でこの男の方が上だった。
空手もやっていたとはいえ、基本的には至近距離での戦いを主体とするボクシングベースの私には相性が最悪の相手だったけれど、後悔しても遅かった。
でも、そんな事は言っていられない出来事が隣で起きていた。
何と、あの下僕君が相手からダウンを奪っていたのだ。
その様子を横目で見て状況を確認すると、私はすぐに気を取り直した。
この戦いをさっさと終わらせたら今日こそ下僕君とちゅーして、麗衣ちゃんと間接ちゅーするんだ。
だから師匠がみっともない姿を見せられないよね。
というか、元ボクサーらしい事を殆どしていないよね……。
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