第70話 ボウガン相手に作戦もクソも無い

 身毛津の手に持つボウガンを見て俺はヤツの正気を疑った。


 喧嘩とは言え最低限の暗黙のルールというものがあるだろうに。


 喧嘩において凶器を使うことはあるにしても飛び道具の使用は禁忌タブーであるのだが。


 そもそも相手以上の腕力と強さを見せつける事が不良達の矜持であり、尊敬を集めるのだが、凶器、しかも飛び道具を使ってしまえば尊敬など得られるはずも無い


 これで邊琉是舞舞ベルゼブブが勝利を収めたとしても他の不良達から認められる事は無いだろうに。


「テメー……そんな物持ち出しやがって。自尊心プライドはねーのかよ!」


 麗衣は身毛津を睨みつけた。


「そんなモンどーでも良いんだよ! それよりか、天網にやられた火傷の痕が復讐しろって疼くんだよぉ!」


 そう言って、身毛津はボウガンの引き金を引いた。


 ボウガンを撃つのにもテクニックが必要なはずだが、何処で訓練したのか、狙いはあやまたずに長野の肩に突き刺さった。


「ぐわああああっ!」


 素手の格闘では比肩する者が居ない長野でも、離れた距離から放たれるボウガンが相手では成す術がなかった。


「なっ! 大丈夫!」


 勝子は今まで戦っていた相手であるにも関わらず、長野の身を案じた。


「ぐうっ……これしき平気だ……だが、お前等もお嬢様も危ない……早く逃げるんだ……」


 長野は矢に刺された肩を抑えながら、苦しそうな表情で勝子に答えた。


「平気な訳ないでしょ! ……あの柔道野郎! 姫野先輩の仇を討つのは私なのに、余計な事しやがって!」


 勝子は今にも身毛津に飛び掛からんばかりの勢いだったが、長野は勝子の肩に手を置いた。


「落ち着け! 俺も恐らくお前も刃物や鈍器なら対応できるが、銃や弓矢相手の格闘訓練を受けた訳じゃないだろ?」


「くっ!」


 勝子は悔しそうに唇を噛みしめた。


 二人とも空手を経験している為、対武器の護身術は身に着けているかも知れないが、飛び道具相手に素手で戦う事を想定した訓練は受けていないだろう。


 俺も伝統派空手の知識があるので、教則本的な対武器の護身術についてなら少しだけ知識はあるが、弓矢など飛び道具を想定した技術は寡聞にして知らない。


 長野と勝子という近距離戦に置いては絶大な戦闘力を誇る二人も飛び道具の前では無力であった。


 そんな事を見越してか、身毛津は勝ち誇った様に言った。


「オイ! デカブツ! テメーと俺をぶん殴っていたアマはハリネズミにしてやんぜ!」


 新たな矢をセットし、十戸武の方に向けて身毛津がボウガンを向けると、流石の十戸武も青褪めた表情を浮かべていた。


 そんな十戸武の前に麗衣が守る様な位置で立った。


「み……美夜受さん?」


 タイマン中の敵である麗衣が十戸武を守ろうとしている事に驚いたのか?

 十戸武は不思議そうに声を上げた。


「十戸武……あたしがアイツを引き付けるからテメーは逃げろ」


「で……でも、私達決闘しているのに?」


「うるせーよ! テメーが傷つけられるところなんて見たくねーんだよ! さっさと逃げろ!」


「だ……駄目だよぉ! 私だって美夜受さんが誰かに傷つけられるところなんて見たくないよぉ!」


「はぁ? 何言っているんだ? 今まで散々あたしの事ぶん殴っていたくせに?」


「美夜受さんだって、私を一杯殴ってくれたじゃない?」


 この危機的な状況でも二人が庇い合おうとしている事が気に入らないのか、身毛津は吠えた。


「るせーぞ! この気色わりぃ変態レズども! お望み通り二人纏めて殺してやるよ!」


 身毛津は二人の方向にめがけてボウガンを放った。


「危ない!」


 麗衣は十戸武を庇う様にして抱きかかえると地面に倒れ込むようにして横っ飛びで矢を避けた。


「麗衣!」


「麗衣ちゃん!」


 俺と勝子が麗衣のもとに駆け付けた。


「馬鹿! 一箇所に集まったらお前らまで狙われるだろうが! リーダー命令だ! 早く逃げろ!」


 十戸武を身毛津から守る為に背を向け、十戸武の項と後頭部を両手で覆い、的にならない様に抱きかかえながら、横目で俺達に言った。


 十戸武は珍しく動揺したように真っ赤な表情で麗衣の胸元で小さく縮こまりながら抱き着いていた。


「残念だけどリーダー命令でもそれだけは聞けないよな」


 そして、俺は勝子に言った。


「聞いてくれ勝子。アイツのボウガンは連射出来ないみたいだから、俺が先に突っ込んで盾になるよ。勝子は俺の後から付いて来て、アイツがボウガンを撃った後ぶっ飛ばしてくれないか?」


「はぁ? 何言っているの? まだ見習いのお前にそんな事させられる訳ないでしょ!」


 勝子は始めて俺に対して本気で怒っていた。


 勝子としては俺が心配というより俺が傷付いたら麗衣が悲しむからという理由だろうけど。


「やるなら逆だよ! 私が盾になるからお前が柔道野郎をぶちのめしなさい!」


 俺を怪我させない為に言ったのかも知れないが、勝子らしくなく、良い策とは思えない。


 勝子の方が俺よりも盾役の的としては小さいし、何より俺の力量では赤銅亮磨を倒した身毛津を倒せるか分からない。


 それに俺が盾になって負傷しても大した戦力ダウンになら無いし、勝子なら確実に身毛津を仕留められるだろう。


「説教なら後で聞くさ。じゃあ、作戦通りいくぜ!」


 ボウガン相手に作戦もクソも無いが、これ以上引き止められて決意が鈍らぬ内に俺は身毛津に向かって走り出した。


「うおおおおおおおっ!」


 ボウガンに対する恐怖を振り払い、勇気を奮い立たせるように俺は叫びながら身毛津に向かって突っ込んで行った。


「まっ……待って! 小碓武! お願いだから止めてよ!」


 勝子はらしくない切羽詰まった声を上げながら、俺の後を追いかけてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る