第71話 赤髪の美少年(?)のブラジリアンキック

「待て! 小碓!」


 聞き覚えのある男の声が俺を制すると同時に、身毛津のボウガンに何かがぶつかり、水がはじける様な音と共に爆ぜた。


「何だこりゃ? 水風船か?」


 身毛津が矢の部分にぶら下がり破けたゴムの皮のようなものを見て首を傾げた。


 俺達も突然の出来事に理解が追い付かず、身毛津同様に首を傾げていると、聞き覚えのある第三者の声が駐車場中に響き渡った。


「おっと! 動くんじゃねーぞ身毛津! ソイツはガソリンだぜ!」


 俺を制し、身毛津にガソリン入りの水風船をぶつけたのは赤銅亮磨あかがねりょうまだった。


「テメーは俺に落とされたクソ雑魚じゃねーか! 何の真似だ!」


 身毛津は亮磨に向かって怒鳴りつけた。


「テメーラ邊琉是舞舞ベルゼブブが麗と天網のタイマンを邪魔するつもりだって情報が入ってきたからテメーラを潰しに来たんだよ」


「これから麗と天網のアバズレをボコって輪姦まわすって時に邪魔しやがって、ウザってー野郎だな! 先にコイツで撃ち殺してやろうか!」


 身毛津がボウガンを亮磨に向けると、亮磨はジッポーの火を付け、隣のスカジャンに迷彩ズボンを履いた身長170センチ近い赤髪の美少年が水風船をポンポンと掌に弾ませていた。


「次はテメーの体にぶつけるぜ。ハンバーグになりたく無きゃ、ソイツを捨てな」


 赤髪の美少年が持つ水風船の中にはガソリンが入っているのだろう。

 そして亮磨がジッポーで引火すれば身毛津は丸焼きになる。


「くっ! テメー何が目的だ! 天網は勿論、麗だって元々はテメーラの敵だろうが!」


「その通りだな。だが、俺達は麗にも天網にも完全に敗北している。だがテメーラ邊琉是舞舞ベルゼブブには負けてねぇ」


 亮磨がそう言うと、隣で赤髪の美少年は不満げに言った。


「えーっ! 俺は美夜受麗衣には病院送りにされたけど、天網とは戦ってないから負けてないって!」


 一個下ぐらいの年齢に見えるけれど声変わりの前なのか?


 一人称は「俺」なのに赤髪の美少年は女の子みたいな声だった。


「いや、ミオ。確かにあの時お前が居たら天網の一人ぐらい倒せたかもしれねーけど、今更そんな事言っても仕方ねーだろ」


「まぁ、亮磨兄貴がそう言うなら良いけど……」


 ミオと呼ばれた赤髪の美少年は不満そうだが渋々と亮磨の言う事に従った。


 亮磨兄貴と言っている事は、この美少年は亮磨の弟なのか?


 アレ?


 おかしいぞ?


 巷では「赤銅三兄弟」と呼ばれていたと思ったけれど、ミオと呼ばれるこの美少年を合わせたら四兄弟になるはずだが?


 まぁ今はそんな事よりも、俺達を助けるかの行動を取っている亮磨の目的の方が重要だった。


「あ? テメーは結局何がしてーんだよ!」


 飛び道具による絶対的な優位が奪われた身毛津は苛立ちを隠さずに吠えた。


「麗も天網も関係ない。お前等、邊琉是舞舞ベルゼブブと俺達、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの喧嘩だ」


「あ? そんな事言って、火をつけるつもりか?」


 警戒感を露わにする身毛津を嘲る様に亮磨は笑った。


「ブルってるんじゃねーよ! テメーがボウガンを捨てればこっちは火は使わねーよ」


「……ちっ!」


 身毛津が忌々し気な顔でボウガンを投げ捨てると、亮磨はボウガンにジッポーを投げつけた。


「テメー! 何しやがる!」


 あっという間に火に包まれたボウガンを見て、身毛津は叫んだ。


「テメーの体にガソリンかけてねーだけありがたく思えや。これで少しはやる気になったろ?」


「テメーは殺す! お前等やっちまえ!」


 背後に控えていた邊琉是舞舞ベルゼブブのメンバー二十人程。


 対して亮磨が率いる鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの十人の喧嘩が始まった。



              ◇



「オイオイ何だよコレ?」


 当初は麗と天網の喧嘩だったのに、邊琉是舞舞ベルゼブブ鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの喧嘩になってしまい、麗衣は白けきった様な声を上げた。


「十戸武。どーするんだよ? あたし等はあたし等で喧嘩を続けるにしてもデカブツが負傷しちまったぞ? それに、もし邊琉是舞舞ベルゼブブが勝ったら、また邪魔してくるぞ?」


「……勝手かも知れないけれど少し休戦していいかな? 私、長野さんの治療をしたいし」


「おお。早くそうしてやれ。傷の手当にあたし達の助けは居るか?」


「ううん……一応、応急処置ぐらいなら私一人で大丈夫だから」


「そっか……まぁ、あまり落ち込むなよ」


 恐らく十戸武は長野がやられた事に対して責任を感じているだろうから、励ましているのだろう。


「ありがとう……敵なのに優しいんだね」


 そう言って十戸武は如何にも礼儀作法の指導を受けた事がある事を思わせる美しいお辞儀をすると、長野の許へ走って行った。


「さてと、あたし達はどーするかな?」


鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのが人数的に不利だよね? 加勢した方が良いんじゃ?」


 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードは十名程に対して、邊琉是舞舞ベルゼブブは二十人程。


 二倍の人数を相手にするのは厳しいと思うが。


「いや、必要ねーだろ。あの赤毛、見覚えあるけど、アイツは結構つえーぞ」


 乱戦の中、赤銅亮磨と並び、飛び抜けて強さが目立つのがミオと呼ばれていた赤髪の美少年だ。


 空手的な廻し蹴りを見せたかと思えば、ボクシング風のパンチで相手の意識を刈り取り、流れ作業の様に次々と邊琉是舞舞ベルゼブブの連中を倒していった。


 只、俺は彼を見るのは初めてで、麗衣達がタイマンした時もこの前、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードと行動を共にした時も見た記憶がない。


「俺は見た事無いよ?」


「ああ。アイツは亮磨にあたし達の正体が知られる以前にゲリラで病院送りにした鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーの一人だぜ」


 成程。

 道理で知らないわけだ。


「しかし、アイツ元々それなりの実力はあったけど、前にあたしとやった時より全然強くなってねーか?」


 麗衣は勝子に尋ねた。


「ゴメンね麗衣ちゃん。あの時は私は他の相手とやりあっていたから分からないよ。でも、見た感じ、あの強さは鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのナンバー4じゃないのかな? 技術だけ見ると総長や親衛隊長より強いかも。多分、空手がベースでボクシングをかじっていそう。見た感じ投げ技や組技は使えなさそうだけど、打撃だけ見れば十戸武恵に劣らないかもね」


 勝子はミオという美少年についてそう分析した。


 空手とボクシングを使うのであればタイプ的には勝子に似ているのか。


 亮磨とミオのおかげで人数で劣る鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードが優勢に喧嘩を進め、ミオは身毛津の許へたどり着いた。


「亮磨兄貴! お先にコイツは俺が頂くよっ!」


「あ! テメーずるいぞ!」


 亮磨は三人の敵に阻まれ、ミオに先を越されてしまい悔しがっていた。


「へへへっ。ワリィな。どうしても美夜受麗衣にパワーアップした俺を見て欲しくてね。コイツは良い実験台だぜ」


 ミオはちらっと麗衣に意味ありげの視線を向けた。


 ミオは麗衣にリベンジするつもりなのだろうか?


 だが、身毛津にとってはそんな事情は知った事では無く、ミオに襲い掛かった。


「テメーか! 水風船にガソリン入れたバカヤローは!」


 身毛津はミオのスカジャンの襟を掴もうと左手を伸ばした。


 柔道を使う身毛津に捕まれば赤銅亮磨の様に投げられてしまうだろう。


 だが、ミオは身毛津の手首を強く払うと、ミオは左手を身毛津の左側頭部から後頭部の辺りに引っかけ、右足を引きながら左手で身毛津の上体を引きながら右膝蹴りを胸元に叩き込んだ。


「ぐふっ!」


 身毛津は苦し気に息を吐く。


 だが、身毛津を倒すには至らず、苦しみながらもミオのスカジャンを握った。


「はっ! 捕まえちまえばこっちのモン……ぶっ!」


 ミオは身毛津に頭突きを鼻面に叩き込んだ。


「頭突きはKO出来る類の攻撃じゃないけど、接近戦で相手を掴んでいる時とか手を使えない時とか結構有効なんだよね。それにしても、掴まれたら咄嗟に頭突きするなんて格闘技だけじゃなくて喧嘩慣れしている感じだよね」


 勝子は関心したように言った。


 確かにあまり頭突きOKの格闘技は聞いた事が無いし、試合形式で許可されている競技はほぼ皆無かも知れない。


 更にミオは左膝で身毛津の股間を蹴り上げると、堪らず身毛津はミオから手を離してしまった。


「あーあ。柔道野郎はこの前、十戸武にもあっさり金的喰らってたけど成長ねーな。今度は不能インポになるんじゃね?」


 麗衣は身毛津の事を嘲笑っていた。


 ミオは拳サポーターを嵌めた拳の左ジャブで股間を押さえ、前かがみになっていた身毛津の顔を跳ね上げ、右足・腰・右肩を左に廻し、右拳を内側に捩じりながら力強い右ストレートで身毛津の顔面を撃ち抜く。


 そして、ミオは前蹴りを打つ軌道で左膝を上げた。


「ひいっ!」


 腹を蹴られる事を恐れ、咄嗟に身毛津は腹の前に両腕を上げ、ガードを固めた。


 だが、ミオの胸元で左膝は抱え込まれ、右の軸足を回し、踵を身毛津に向け、爪先が身毛津の頚部に振り下ろされる。


「がっ!」


 中段への蹴りかと思われた蹴りが上段へ変化し、身毛津は対応出来なかったのだ。


 頸動脈に衝撃を受けた身毛津は知覚・運動の両機能を失い、前のめりに倒れた。


「上段変則廻し蹴り……ブラジリアンキックか!」


 フルコンタクト空手の試合等では御馴染みの蹴りを始めて直接目にし、俺は興奮気味に言った。


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