第72話 はぁ? ブラジリアンキック? 今時まだ使う奴が居るんだ

「はぁ? ブラジリアンキックね。アイツ、あたしにもやっていたな。今時まだ使う奴が居るんだって思ったなぁ」


 麗衣は興奮気味な俺と対照的に大して驚くことも無く言った。


「流石の麗衣でもアレは喰らっちゃったかな?」


「はぁ? 何言っているんだ? あたしにブラジリアンキック如き通用する訳ねーだろ?」


 麗衣は俺には大技に見えるブラジリアンキックを如き呼ばわりしていた。


「え? そうなの?」


 麗衣がブラジリアンキックを馬鹿にしている様なので、俺が驚くと麗衣は呆れたように言った。


「あのなぁ……、お前キックで何習っているんだ? 昔ファイトマネー不払いやらの問題で消滅した某超有名格闘技団体のヘビー級とか、タイ人が居なくてレベルの低い階級じゃ見映えだけ良いから凄い蹴りと勘違いされていたけどなぁ、ブラジリアンキックなんざ大した蹴りじゃねーんだよ。ムエタイじゃミドルキックの途中からハイキックに切り替えるなんて朝飯前なんだぜ。空手風の中段受けに対してならブラジリアンキックは有効だけど、ミドルを防ぐ為に両腕のガードを下げるなんて間違ってもしないムエタイには通用しないぜ」


 麗衣は左足の膝を張り出すようにして上げ、左肘を左足太ももの上に置き、左足の指先を下に向けた。


「この構えはムエタイでは『ヨック・バン』って言うんだけど、このガードなら顔面と胸腹部以下を同時に防御出来るだろ? だから中段蹴りだろうが、上段蹴りだろうが完璧に防御するから当たる直前で変化しようしまいが関係ねーんだよ」


「ああ。成程……」


 そう言えば最近キックの試合において、ブラジリアンキックがすっかり廃れたような気がするが、こんな理由があったのか。


「あたしの私見だけど、わざわざインパクトの瞬間が遅れるブラジリアンキックなんか使うぐらいなら初めからガードごと潰すつもりで思いっきりハイキックした方が一直線に打つから当てるのも早いし威力もあるし効くんじゃねーか? まぁ日本人のキックボクサーって割と腕で受けちゃう選手も多いから有効な場合もあるけど、ムエタイ相手には全く意味がないぜ」


 でもそれはストリートファイトの相手がタイ人のムエタイ選手というほぼ有り得ない想定の話じゃないか?


「いや、ムエタイ相手にする訳じゃないし、ストリートファイトじゃあ流石に膝でガードする何て少ないんじゃないか?」


 実際、空手も使う勝子や日本拳法を使う姫野先輩のような猛者でも蹴りは腕で受けているので、ブラジリアンキックが全く通用しないという事は無いだろう。


「それもそうだな。あと、腕でガードしがちな総合の使い手なんかにはまだブラジリアンキックでも通用するかも知れねーけどな。でも武が今後ブラジリアンキック覚えるつもりなら多分試合でも通用しないし、徒労になるだけだからお勧めはしないぜ」


 ムエタイ至上主義の麗衣はブラジリアンキックに関してあくまでも否定的なようだ。


「そうかぁ……。見映えは格好良いんだけどね」


 まぁ、俺の場合まずは普通のハイキック、いや、それ以前にミドルキックを強く打てるようになるのが先だが。


 喧嘩で蹴りの使用を禁止されていた俺なんかでは、ハイキックについて語る資格を得るのはまだまだ遠い未来の話だった。


 そんなこんなで話を盛り上げながら、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロード邊琉是舞舞ベルゼブブの喧嘩を傍観していると手を貸すまでも無く身毛津を倒した鮮血塗之赤道が邊琉是舞舞の連中を制圧した。



              ◇



「よっしゃーああああっ! 俺達の勝利だ!」


 女の子みたいな高い美声で赤髪の美少年・ミオが両拳を掲げ、力強く叫んだ。

 亮磨も強かったが、今回の喧嘩では身毛津を倒したミオが一番の功労者だろう。


「美夜受麗衣! 俺の強さを見ていていたか!」


 ミオはドヤ顔を浮かべ、麗衣を指さすと歩いて近寄って来た。


 以前、麗衣に病院送りにされたというが、ミオの目的は麗衣に対する復讐だろうか?


「ああ。あたしとやった時より随分強くなってたじゃねーか。ボクシングでも習ったのか?」


「まぁな。俺の蹴りはアンタに通用しなかったし、このままじゃ絶対勝てねーと思ってな。退院した後、空手の道場以外に亮磨兄貴が通っているボクシングジムにも行って打撃を磨いていたんだ」


「それは熱心な事だな……で、そこまでして、あたしとリベンジマッチしたいのか? 良いぜ? かかって来いよ?」


 麗衣がサウスポースタイルに構えた。


 サウスポースタイルという事は麗衣が最も得意とするムエタイ風の戦い方を軸にした、いきなり本気モードで、それだけミオの事を警戒しているという事だろう。


 恐らく麗衣が馬鹿にしていたブラジリアンキックのような一見派手な蹴りよりも、寧ろ赤銅亮磨と同じジムで磨いてきたというボクシングのスキルを警戒しているのだろう。


 ミオの方も緊張気味な表情で右手を出す。


 そして、お互いの手が届く距離に近づく。


 まさしく一触即発。


 戦いが始まる直前のピリピリとした緊張感で俺が息を呑んだ、その時だった。


 ミオは麗衣の右手を握ると、更に左手で重ねて手を軽く振った。


「俺はアンタに惚れたんだ! 俺と付き合ってくれ!」


 赤髪の美少年・ミオは目をキラキラと輝かせ、熱っぽく麗衣に告白したので、ずっこけた。



              ◇


 昨日、クリニックで紹介して貰った病院の整形外科で椎間板ヘルニアから来る脹脛痛について診察して貰いました。


 幸いすぐに入院するほどではなく、暫く薬を飲んで様子を見る事になりました。


 入院しなくても良い決め手となったのは足の爪先の押す力、引く力が強かったかららしいです。


 というかキックボクシングでは爪先の力は特に使う事が多く、キックだけでなくパンチの蹴り足でも爪先の力は使う為、何年も前に止めているとはいえ、昔取った杵柄というか普通の人よりも爪先の力はかなり強いだろうから症状が軽く見られた可能性がありますね……。



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