第73話 自分を病院送りにした女と初見の男を口説くって幾ら何でもアグレッシブ過ぎるだろ

「へ?」


 麗衣は緊迫した雰囲気から一転し、拍子抜けしたような表情を浮かべ、同時に俺の隣に立つ勝子から胃を圧迫するかのような殺意を感じた。


 うん。


 勝子の顔は見ない事にしよう。


「試合ならとにかく、女子に喧嘩で負けた何て始めて何だよ。スゲー強くて憧れるし、こんなに美人だし、格好良いし、アンタは俺の理想なんだ!」


 え? 昭和のラブコメじゃあるまいし喧嘩で負けた相手に惚れるってそんな事が現実であるんかい?


「ちょっ……ちょっと待て! 殴られた女に惚れるって多分頭に衝撃を受けた影響で、一時的な気の迷いだろ?」


 麗衣は現状に理解がようやく追い付いたのか、否定する様に前に手を出し、頭を左右に振った。


「いや、アンタに病院送りされた日からアンタの事ばっかり考えていて頭から離れないんだ……なぁ、頼むよ。俺と付き合ってくれ」


 病院送りにした相手の事が頭から離れない?


 しかも復讐心じゃなくて殴られて惚れたってどーゆう心境よ?


「こっ……断る! あたしもテメーもお互いの事何も知らねーだろ! いきなりそんな事言われても困るんだよっ!」


 口喧嘩では無双の麗衣も好意を向けてくる異性には慣れていないのか?


 頬を紅潮させ、唇を震わせながら明らかに困惑していた。


「そこを何とか……絶対に幸せにして見せるから! なっ?」


 コイツ求婚でもしかねない勢いだな。


「ねぇ、小碓武。ここは麗衣ちゃんのカレシアピールをしてあの身の程知らずを止めた方が良いんじゃない?」


 顔を見ずとも勝子の膨れ上がった殺意だけで俺は押しつぶされんばかりだった。


「えっと……そもそも俺と麗衣は付き合っていないからカレシアピールも何もないんで……」


「そんな事言っていたらアイツに麗衣ちゃん取られちゃうよ? この甲斐性無し!」


「イテっ!」


 俺は勝子に爪先を踏まれ悲鳴を上げた。


「勝子こそ、アイツに麗衣が取られても良いのかよ? 俺に押し付けないで自分でアイツを何とかしたらどうなんだよ?」


「そんな事したら私が麗衣ちゃんの事が好きなのがバレちゃうでしょ? それで今の関係が崩れるのは嫌なの。それに私はお前が麗衣ちゃんと付き合うのは許可するけど、いきなりやってきた見ず知らずの男になんか麗衣ちゃんを渡せないよっ!」


 そんな事をコソコソと話していると、ミオは俺の方に近づいてきた。


「えっと、君が麗で唯一の男子だから小碓クンだよね? 亮磨兄貴から小碓クンのことは聞いているよ」


「え? そうなの?」


 亮磨が俺の事何かを弟に話しているのは意外だった。


素人トーシローの癖にセンスがあるし努力家だし、アイツはスゲー奴だぜって、べた褒めしていたよ。俺の事もあんまり褒めないのに亮磨兄貴が他人をほめるのは珍しいんだよ?」


 ミオはまじまじと俺の顔を見ながら話を続けた。


 この美少年に真っすぐと見つめられると何故か心臓がどぎまぎするのだが……。


「へー。結構可愛い顔しているジャン。やっぱり美夜受麗衣とは付き合っているの?」


 年下っぽい美少年に可愛いと言われて頭が痛くなりそうになったが、それはとにかく勝子に怒られそうだが、カレシアピールなんぞ嘘はつけなかった。


「いや。麗衣は友達だよ」


「ふーん……じゃあ、美夜受麗衣……麗衣サンと小碓クン、今は二人ともフリーなのかなぁ?」


「まぁ、俺の知る限りじゃ麗衣はフリーだし、見ての通り俺なんかに彼女が居る訳無いし」


 麗衣はとにかく俺の事までフリーかどうか聞く意味が分からないが、次にミオの口から聞かされた言葉は信じられない内容だった。


「あっそう……じゃあ俺、小碓クンでもいいや。俺と付き合ってよ♪」


 そんな事を言いながら、ミオは勝手に俺の腕を組んだ。


「「「はあああっ!」」」


 俺、麗衣、勝子の三人で一斉に戸惑いの声を上げた。


「ちょっ……ちょっと待て! 衆道の趣味は俺には無いぞっ!」


 俺は慌ててミオに組まれた腕を抜こうとしたが、悪戯っぽく微笑んで掴まっているミオは結構力が強くて離れない。


 その様を見て、俺が組んだ腕を放さない様に勝子には見えてしまった様だ。


「呆れた……小碓武。お前ってそっちの気があったのね」


 勝子は軽蔑するような目で俺を見ていた。


 麗衣の事が好きなお前がそっちの気とか言うなよと思ったが、俺だってそんなつもりは毛頭ない。


 とは言え、実はミオに腕を組まれているのがそんなに悪い気がしないのも事実なんだが……こんな俺は変なのか?


 麗衣はというと、タイマンの時は果敢に撃で男子と渡り合う麗衣も何かを言おうとしても言葉にならないのか、パクパクと魚の様に繰り返し口を開閉させていた。


 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの連中はというとヒューヒューと口笛で囃し立てたり、「いいぞっ! そのまま結婚しろ!」などと無責任に煽る者まで居た。


 どうすれば良いか困っていると、亮磨が助け舟を出してくれた。


「はぁ……ったく、小碓が困っているだろ? 放してやれ。ミオ」


 亮磨はミオに命じると、ミオは亮磨を遠ざけるように俺の背に回ったが腕に掴んだ手は放そうとしない。


「え~っ。今の俺、カレシもカノジョも居ないんだからさぁ、ちょっとぐらいアグレッシブでも良いじゃん♪」


 もしかして、コイツ、両性愛者バイセクシャルかよ。


 それにしても自分を病院送りにした女と初見の男を口説くって幾ら何でもアグレッシブ過ぎるだろ……。


 そんなミオに何時も手を焼いているのか、亮磨は溜息をつきながら俺に謝罪した。


「わりぃな。お前には美夜受が居るのによ」


「いや。俺、別に麗衣と付き合っている訳じゃないんで……ひゃっ!」


 俺は何時も繰り返される問答の返事をしている時、背筋から臀部にかけて指先が這わされ、鳥肌が立った。


「あははっ! 小碓クン良いお尻♪ 初心ウブな反応も可愛い……イテっ!」


 俺のケツを撫でてきたミオの頭に激怒した亮磨の鉄拳が減り込んでいた。


「このアホっ! 年上をからかうんじゃねーって何時も言っているだろ!」


 亮磨は俺から引き離したミオの赤髪の頭を鷲掴みにして無理矢理頭を下げさせた。


「本当にわりぃな。妹がチョーシこいて。こいつには良く言い聞かせるから勘弁してやってくれ」


 えっ? 妹?


「「「ええええっ~!」」」


 ミオが男子かと思っていたのは俺だけじゃなかったのか?


 麗衣も勝子も俺と全く同じ様に驚きの声を上げていた。

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