第52話 十戸武恵VS身毛津守 空手と柔道の対決?
「十戸武! どうしてお前がここに居るんだ? それに……一体何をしているんだよ!」
麗衣は心配とも怒りともとれる表情で、困惑気味に十戸武に尋ねた。
「だから、美夜受さんの獲物を横取りにしている所だよ。詳しい話は後でするから、ちょっとだけ待ってねー♪」
十戸武が完全にこちらを向いてそんな事を言っていると―
「うおおおっ!」
身毛津は両手を広げ、十戸武に掴み掛からんと襲い掛かって来た。
「「危ない!」」
俺と麗衣が同時に警告を発する。
だが、十戸武は身体を素早く右回りに回転させると、空手の試合等に使われている白い拳サポーターで覆われた裏拳を身毛津の頬に叩き込んだ。
「ぐっ!」
跳び込む勢いでカウンターとなり、身毛津の突進は止められ、身体は大きくよろめいた。
「なっ! バックハンドブロー!」
「マジかよ……」
俺も麗衣も思わず驚愕の声を上げた。
普段は虫も殺さぬようなお嬢様と言った風情の美少女である十戸武が大男を殴りつけ、しかも、見たところ俺達が居ない間から一方的に痛めつけているのだ。
学校で見せる十戸武とのあまりものギャップに頭の理解が追い付かない。
「はぁーはぁー……」
身毛津は肩で大きく息をしている。
十戸武は呆れたように言った。
「貴方もしつこいねー。頑丈さだけは認めるけど、これ以上やっても無駄だよ。いい加減に諦めたら?」
「うるせー! 女なんざ一度掴んじまえばこっちのモンだ! そしたらテメーのアソコぶっ壊してやるよ! 拳突っ込んだ後、毛燃やしたら土手焼きにしてやんぜ! ひゃはははははっ!」
身毛津が叫んだ。
「ふーん……そうやって、女の人を今まで沢山凌辱してきたんだ……」
十戸武の目が剣呑に光る。
それは俺達の知らない十戸武の顔で、学校では決して見せた事の無い表情だった。
「じゃあ、貴方が今まで他の女性にやってきたのと同じ事を貴方にしても良いんだよね? やるからには、そう言う事をやられる覚悟があってやっているんだよね?」
そう言うと、今度は十戸武から身毛津に攻撃を仕掛けた。
距離は離れていたが、俺も勝子から教わった両足ステップで(第43話参照)一気に間合いを詰める。
殆ど頭の高さが上下にブレる事も無くノーモーションで踏み込まれた身毛津はあまりもの速さに反応出来ない。
サイドに踏み込んだ十戸武は体重移動と足・腰・肩を回転しながらガードの位置から腕を倒し、力強く外の軌道から左フックを放つ。
縦拳から横拳へスクリューしながら放たれたロングフックはパンチを防ぐ技術の無い身毛津の顎を易々と打ち抜き、殴られた方向に首を大きく捩じった。
この一撃だけでも充分強力そうだが、コンビネーションは止まらない。
フックを喰らい、上体に意識を向けた身毛津に対して、十戸武は身体を斜め前に傾け、膝を上げ、脚を振り下ろす右のローキックで相手の太腿に叩き蹴った。
慣れぬローキックの痛みで身毛津は身体を屈みかけたが十戸武の攻撃は更に止まらない。
十戸武は左ジャブを放ち、下に向いた身毛津の上体と顎を上げつつ、自分がパンチを打ちやすい距離を取ると、ジャブの手を引きながら、肩と腰を回し、会心の右ストレートを身毛津の顎にぶち込んだ。
身毛津の顔は大きく跳ね上がり、酔っぱらいの様に足がもつれ、踏ん張り切れずに後方に尻もちをついた。
「マジかよ……信じられねー……」
目の前で展開されている信じがたい光景に麗衣は驚愕の声をあげた。
麗衣よりも若干身長が小さい、多分俺ぐらいの身長の十戸武が身長180センチはあろう大男から四連打の見事なコンビネーションでダウンを奪ったのだ。
「彼女。確実に使う人間だね。しかも相当強い。多分、都市伝説君やチキンナイフ君なんか相手にならないレベルかもね」
勝子ですらそこまで評価していた。
「膝を上げてから振り下ろすローキックはキックよりフルコンタクト空手っぽいけど、ボクシング風のパンチが伝統空手やフルコンじゃないよね……新空手か?」
姫野先輩が言う新空手とはフルコンタクト空手と違い、グローブを着用し、手技による顔面攻撃を認めたルールで行われる競技で空手団体の他、アマチュアキックボクシングの団体も参加している。
麗衣もアマチュアキックボクシングの選手として新空手の試合にはよく出場しているらしい。
新空手の大会で勝利する事がプロのキックボクサーになる為の登竜門的な位置づけでもあるようだ。
そんな姫野先輩の声が聞こえていたのか、十戸武はこちらを向いて不満げに答えた。
「やだなぁー違いますよぉ。織戸橘先輩。私が使うのはそんな競技向けの空手じゃなくて、もっと実戦的なやつですよぉ」
十戸武は姫野先輩の事を知っているようだ。
こんなところで喧嘩をしているぐらいだ。
学校では素知らぬふりをしていても、彼女も俺達の喧嘩動画を観ていて、俺と麗衣以外にも誰の事なのか調べていたのかも知れない。
「へぇ。そうかい。じゃあ君は何を使うんだい?」
「織戸橘先輩の動画観ましたよー。先輩って、カッコイイだけじゃなくてメッチャ強かったですけど、日本拳法使いますよね?」
「お世辞でもありがとう。ご指摘の通り僕は日本拳法を使うよ」
「お世辞じゃないですよぉ。やっぱり日本拳法使いますよねー。そんな織戸橘先輩なら分かるヒントを言うと
「ボクシング風のパンチと空手の蹴りを使い、日拳のライバル……成程。理解したよ。その男は柔道を使うだけでは君に勝てないだろうね」
日拳のライバルで柔道では勝てない?
一体どういう格闘技だろうか?
俺には想像つかないが、二人の間では話が通じ合った様だ。
「あ。やっぱりそう思います?」
「そうだね。君とは今度、お手合わせ願いたいよ」
姫野先輩から喧嘩を売るのは珍しいな。
日本拳法のライバルってなんだろう?
「あはははっ……そんなつもりで言った訳じゃないんですけれど、私も似た道を志す者として織戸橘先輩に御指南頂きたいです。でも、その前に興味があるのはー」
十戸武は視線を麗衣に向けた。
まさか麗衣と戦いたいのか?
視線の意味に気付いたのか、俺の隣で勝子が肩を怒らせ、今にも飛び掛からんばかりの殺気を放っている。
「貴女……麗衣ちゃんの敵? ならば今すぐぶっ殺してあげようか?」
勝子の言葉を受け、十戸武はヤレヤレという様子で両手を掲げて言った。
「おお怖い怖い……。流石に私一人じゃ全日本アンダージュニア優勝の周佐さんの相手は無理っぽいかもね」
勝子の事も調査済みという事か?
言葉とは裏腹に十戸武は余裕そうな表情を浮かべていた。
「でも、別に喧嘩なんてタイマンじゃなくても良いんだし、同じ人数同士なら、例え周佐さんが居ても私達に勝てるかな?」
このままでは十戸武達と喧嘩する流れになりそうなので、俺は姫野先輩と勝子の前に立ち、十戸武の方を向き、待ったを掛けた。
「ちょっと待って待って! 何で俺達と十戸武が喧嘩する前提で話が進んでいるんだよ? そもそも何で十戸武がここに居るんだ?」
「あーゴメンなさい。確かに小碓君の言うとおりだよね。今日は別に貴方達と喧嘩しに来たわけじゃないしね……もう少しだけ時間頂戴。すぐにゴミのお掃除をするから♪」
再び十戸武は身毛津の方に向くと、よろけながらも身毛津は立ち上がっていた。
「テメー……もう許さねーぞ……犯した後、
「何ソレ? 昭和の事件ネタ? バブル期の話? 今は橋の基部とかに埋めるんじゃなかったっけ? 知識が四十年以上古いんじゃない?」
「うるせー! 死ねや!」
身毛津は殴られる事を覚悟の上で、前傾気味に突っ込んできた。
この勢いでは小柄な十戸武がパンチの一発や二発当てたところで突進を止めるのは難しそうだが―
「ぐおっ!」
十戸武を捕まえられる間合いであるにも関わらず、身毛津は十戸武を掴みもせず動きが止まり、顔は青褪めていた。
「カウンターの膝が……エグイな」
麗衣はポツンと言った。
身長差がある為か、あるいは狙ってやったのか?
十戸武の膝蹴りはモロに身毛津の股間に減り込んでいた。
半身ではなく正面に身体を向いていた為、股間がガラ空きであったのだ。
しかも突進の勢いがカウンターになり、睾丸を破壊せんばかりの威力となり身毛津を地獄の苦しみに叩き落した。
だが、これですら身毛津にとって地獄の入り口の第一歩に過ぎなかったのだ。
この様なローブローの場合、大抵の格闘技の試合であれば回復まで時間を取られるがこれは試合ではない。
回復の間も与えず容赦なく追い撃ちを掛けるべく、十戸武は身毛津の首に腕を掛けると、首相撲の体勢で水月(鳩尾)、脇腹に跳ねる様にリズムよく次々と膝蹴りを突き刺す。
軽量の十戸武の膝蹴り自体はそれ程威力が無いとしても、金的のダメージが回復しない状態で何度も何度も腹部を膝蹴りされる痛みは想像もつかない。
身毛津を充分に痛めつけると、十戸武は身毛津を右前すみに崩し、巨体を引き付け、左足を軸に右脚で前方から身毛津の右脚外側を払い上げると、信じがたい事に、前方に身毛津の巨体が舞った。
身毛津はコンクリートの固い地面に激しく叩きつけられた。
柔道を使う身毛津にとって屈辱的な事に20センチは身長が低い上に空手使いの十戸武に投げられたのだ。
これが柔道の試合であれば、例え十戸武が柔道も使うとしても身毛津を投げるのは無理であろうが、パンチで脳を揺らされ、ローキックで脚の踏ん張りが無くなり、更に睾丸と腹部を散々痛めつけられた後である為、体格差があっても十戸武は身毛津を容易く投げる事が出来たのだ。
朦朧としながらも、身毛津はなんとか横受け身を取った様だが、コンクリートの地面ではダメージを殺しきれない。
「払い腰か。見事なものだ」
姫野先輩は感嘆したように言った。
柔道なら鮮やかな一本と言ったところだが、今は喧嘩中。これで終わる訳では無いし、引き離す審判も居ない。
十戸武は膝を付き、身毛津の両目部分を左手で覆うようにして地面に顔を押し付けると冷酷な笑みを浮かべた。
人差し指から小指までまっすぐ伸ばし親指を曲げた右掌を大きく振りかぶると、喉元に向かって一切の躊躇なく手刀を振り下ろす―
「があああっ!」
喉仏が潰された身毛津は断末魔の咆哮を轟かせると、白い泡を大量に吹く。
大きく身を弾ませた後、ピクリとも動かなくなった身毛津の顔から十戸武が手を離すと、身毛津は目の色を失っていた。
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