第51話 暴走族潰しのチームと暴走族の同盟

「麗衣! 何で駄目なんだよ!」


 亮磨に代わり、俺は尋ねた。


「決まっているだろ? あたし達は族潰しだ。族潰しが暴走族とつるむ訳にいかねーだろ?」


 よく暴走族やチーマーは他者から見ると到底理解出来ないような掟を作っていたりするが、麗衣にとってはそれが鉄の掟なのだろうか?

 ところが、亮磨は思いもよらぬことを言葉にした。


「ならば安心しろ。俺は鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードを抜ける。いや、正確に言うと解散させるつもりだ」


「はぁ? テメー正気か? そんな事言われても信じられるかよ!」


 亮磨の事を信じられないのか、麗衣は否定した。


「お前等とタイマンの前に負けたらこちらが解散するという条件を飲んだだろ。その約束を守ってやるって事だ」


「そもそも総長でもないテメーにそんな権限あるのかよ?」


 麗衣の言う事はもっともだ。

 幾ら特攻隊長とはいえ、赤銅三兄弟の三男では兄二人を差し置いてそんな事が出来るはずはないのだが。


葛磨かずま兄貴は保護監察中にも関わらず捕まってまた少年院行きさ。今度は出所しても地元から隔離されるだろう。鍾磨しょうま兄貴は暫く入院だし、お宅のボクサーに手も足も出ないで一方的にぶちのめされたショックなのか、精神に異常を来したらしい」


 確かに勝子の様な見た目は普通の小さな少女にあんな壊され方したら立ち直れないかも知れないよな。

 自業自得とはいえ、少しは同情した。


「それで今は事実上、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのトップは特攻隊長の俺だが、こんな状況にしたのは美夜受に敗北した俺にも責任がある。だからケジメとして俺の一存で解散させるって事にしたんだ。まぁ鍾磨兄貴が半グレと関わり始めたり、葛磨兄貴が覚醒剤に手を出し始めてから、仲間にこれ以上ヤバい橋をわたらせたくねーという思いはあったから、良い機会だろう」


 女性に対して平気で暴力を振るう事は絶対に肯定できないし、許しがたいが、それでも鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの幹部である三兄弟の中では一番まともな性格なのかも知れない。


「でもよぉ……鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードを解散させるつもりなら、邊琉是舞舞ベルゼブブにお礼参りしても意味ないんじゃねーのか?」


 尚も納得が行かないのか? 麗衣は食い下がった。


「逆だ。このままやられっぱなしのままでは解散に納得しない連中が少なからずいる。邊琉是舞舞ベルゼブブだけじゃなくてうるはに対しても報復を考えている馬鹿も居る。そいつ等を納得させるには麗の協力で邊琉是舞舞ベルゼブブの身毛津と俺がタイマンを張るという形を取るのが一番丸く収める方法なんだよ」


 暴走族の世界も色々立場やら面子やらに囚われて大変なんだな。

 俺から見れば馬鹿らしいの一言だが、小なりとは言えチームのリーダーである麗衣の心には響くものがあったようだ。


「そうだな……テメーも色々大変なんだな。少なくても馬鹿兄貴二人よりはまともそうだし……。良いぜ。その条件で今回のタイマンをテメーに譲ってやるよ」


「ありがとうな。恩に着るぜ。美夜受」


 亮磨が手を差し出すと麗衣は戸惑った様子を見せていたが、目も合わさずにその手を握った。


 こうして一夜限りの暴走族潰しのチームと暴走族の同盟が結ばれた。



              ◇



 俺は同盟の事について勝子に話す為に1時限目終了後、勝子の在籍する1-Aに足を運んだ。

 例の裏サイトと昨日の騒動で、俺達が暴走族潰しをしている事はこのクラスでも知られているのか?

 俺が勝子と話をしている所は周りから奇異の目で見られていたが、勝子は特に気にした様子もない。

 この状況なら今更周りの目を気にする必要もないので堂々と今朝の出来事について勝子に説明を行った。


「いやぁ……話が纏って良かったよ……」


 俺の説明を一通り聞き終わると、席に座っている勝子は不満気に言った。


「別にDV野郎君なんかに頼らなくても私がヤレば良いと思うんだけれどね?」


「そうかも知れないけれど、寧ろ鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの恩を売ってから解散させる事で、今後残党の報復を受けずに済みそうなことは良かったと思うよ」


「報復に来た奴らも全員ぶっ殺しちゃえばいいじゃん♪」


 暫く聞いていなかった「ぶっ殺す」という言葉が久々に勝子の口から出ていた。

 やっぱり勝子は納得しないのか?

 ならば魔法の言葉を使うしかない。


「じゃあ麗衣の決めた事に反対するの?」


 勝子は可愛らしく首をキョトンと傾げると心底不思議そうな様子で俺に言った。


「何で? 私は麗衣ちゃんの言う事は何でも絶対服従だよ。もし、麗衣ちゃんが私にこの場で服脱げって言われたら、躊躇いなく全裸になる覚悟ぐらいあるよ♪」


 魔法の言葉は強力過ぎた……というか何だその例え?

 コイツの場合、麗衣から冗談のつもりで言われても本気でやりそうなので怖い。

 事後報告である事で、強く反対されるのを恐れていたけれど、コイツが極度の麗衣依存症なのが今回は助かった。


「そうそう。下僕君に渡して置くものがあったよ。ちょっと待っていてね」


 勝子は鞄を探ると、手首の部分にマジックテープの付いた黒い二つの指貫グローブの様なものを俺に渡した。


「これって何? オープンフィンガーグローブとはちょっと違うみたいだけれど……」


「格闘技をやっている人じゃないとあまり知らないと思うけれど、これは簡易バンテージって奴だよ」


 俺の知るバンテージとはあまりにも形状が違う為、質問を重ねた。


「バンテージって包帯みたいなやつじゃないの?」


「お前の言うバンテージは拳に巻くのに時間がかかるでしょ? これは巻く手間を省いたバンテージだから簡易バンテージっていうの。インナーグローブとも呼ばれているね」


「へぇー……そうなんだ。格闘技好きだけれど今まで知らなかった」


「まぁボクシング何かの試合じゃ使わなれないから見た事が無いと思うし、どちらかと言えば初心者向けに使われているからね。長時間の使用にも向かないし。只、巻く手間が省けるから、急なストリートファイトの時にも十秒もあればつけられるし、最低限拳を守る事も出来るよ」


「成程ね……。これなら軍手よりはずっと良さそうだね」


 今まで俺は勝子との練習では軍手の指先部分だけ切ったものを使っていた。

 軍手ではいざ喧嘩の時に気休めにしかならないだろうけれど、無いよりはマシかと思って常に持ち歩いていた。


「サイズが合っていたらそれはお前にあげるよ。麗衣ちゃんが使っているのと同じサイズを選んだから多分大丈夫だと思うけれど」


「え? もしかして買ってくれたの?」


「まぁ練習頑張っているからね。軍手じゃ可哀そうだからご褒美って事でね」


「良いのかな……結構高いんじゃない?」


「二千円位の奴だけど。今度麗衣ちゃんがお前にちゅーした時に間接ちゅーさせてくれたらチャラにしてあげるよ。それならば安いものだし♪」


 やっぱり俺に対する好意でくれた訳じゃないんっスね……。


「……後でお金渡すよ」



              ◇



 19時30分。

 タイマンの時間まで後、約30分。

 俺達、麗は姫野先輩の乗るクロカンに乗り、立国川ホテルに向かう事になった。

 クロカンに続くのは高回転コールを鳴らしながらゼファー400に乗る赤銅亮磨を先頭に鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの単車七台。

 二人乗ニケツの単車も居るので人数的には合計十人になる。

 赤銅葛磨と赤銅鍾磨を欠き、麗衣達に寄り以前病院送りされた四人と、この前の戦いで病院送りにされた者も居る為、勢力的には半分になっていた。

 それでもたった四人で乗り込む事に比べれば頼もしい味方だと思えるが……。


「けっ! 珍走とツーリングなんてぞっとしねーな」


 間違って使う人が多いので一応説明するけど、「ぞっとしない」とは「面白くない」という意味だ。

 まぁ、それはとにかく、麗衣は窓を開けて亮磨に向かって文句を怒鳴りつけた。


「オイ! うっせーぞこら!」


 姫野先輩はそんな麗衣を宥める様に言った。


「まぁまぁ。彼らにとって今日の走りが解散式になるんだから、最後ぐらい好きにやらせても良いじゃないか?」


「あたしはあの音が嫌いなんだよ! ったくよぉ……アレを聞かされる度に嫌な事を思い出すんだよ……」


「ねぇねぇ麗衣ちゃん。良い考えがあるよ? どうせ一箇所に集まるんだから、まとめてミンチにしちゃおっか?」


 師匠……頼むから余計な事を言って厄介事増やさないで下さい。

 俺の隣に座る勝子にそう言いたかったが、裏拳でも喰らいそうなので黙っていた。


「いや……よく考えてみたら確かに姫野の言う事も一理ある。約束を守るつもりなら今日だけは勘弁してやるか」


 流石の麗衣も引いたのか? 勝子のお陰で却って冷静になった様だ。



              ◇



「一体何だこりゃ……?」


 唖然として独り言ちた麗衣に限らず、勝子も姫野先輩、赤銅亮磨と鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバー全員驚きの表情を隠そうともしなかった。


 19時45分。

 集合場所の立国川ホテルの駐輪場では地獄絵図の惨状が広がっていた。


 邊琉是舞舞ベルゼブブと刺繍が縫われた特攻服を纏った男達が至る所で無造作に転がっている。


 その数は二十名近いだろうか? うるは鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの合計人数を超えている規模だが、これだけの人数が何者かによって既に蹂躙されていたのである。


「これはどういう事だ? 何が起きたんだ?」


 亮磨も不思議がっていると、姫野先輩は駐車場の奥を指差した。


「君達、あちらを見給え! 身毛津守みげつまもるが誰かと戦っているぞ!」


「「何だと!」」


 麗衣と亮磨は姫野先輩が指さした方向に駆け出した。

 すると、麗衣と亮磨の前に180センチほどある男を中心として、三人のサングラスを掛けた男達が立ちはだかった。

 あたかもSPの如く、鉄仮面を被った様な無表情な男達は麗衣達の行方を阻んでいる。


「何だテメーラは! 邊琉是舞舞ベルゼブブか?」


 麗衣が怒鳴りつけると、左に立つ男が首を振った。


「俺達は邊琉是舞舞ベルゼブブでは無い」


 そして右に立つ男が左の男とそっくりな声で尋ねた。


「お前らがうるはか?」 


「あたしは麗で、このハゲは鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードだ。テメーラに用はねぇ。こちとら身毛津のボケに用があるんだよ?」


 すると、中央に立つの男は口の端を上げて答えた。


「お前達の出番はない。今日の喧嘩は俺達『天網』が代わりに頂いた」


「何勝手な事言ってるんだよ……良いからそこをどけ!」


 亮磨が中央の男に凄んだが、男のサングラスの奥からその表情は読み取れない。


「もうすぐ終わるところだ。大人しく見て見ろ」


 中央の男が親指で指した方向を見ると、亮磨は驚愕していた。


「はぁーはぁー」


 激しく息を乱している身毛津はまるで顔の中に石でも詰め込まれたように凸凹に腫れ上がり、片目が塞がり、額や鼻、唇から流れる血に塗れていた。

 そんな身毛津に相対するのは時代がかった白い特攻服に『天網』と刺繍された小柄な人物であり、胸にさらしが巻かれていた。


「さらしって事は、女の子? ……ってあの娘はまさか!」


「えっ? ……マジかよ? 嘘だろオイ!」


 今度は俺と麗衣が二人で驚愕する番だった。


 姫カットで前髪が揃えられた黒髪ロングのお嬢様風少女はよく知っている。

 彼女はタイマン中でもあるにも関わらず、余程余裕があるのか? こちらを向いて微笑んだ。


「あれれ? もう来ちゃったの? 獲物横取りしてゴメンナサイね♪ 美夜受さん。小碓君♪」


 無垢な笑顔を浮かべながら、紅の如き返り血で頬を染めた少女。

 その正体は何とクラスメイトの十戸武恵とのたけめぐみだった!


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