第91話 伝統派空手の組手 周佐勝子VS吉備津香織(1)息詰まる攻防

 勝子と香織が取り決めたルールは以下のようなものだった。


・時間 1分30秒

・両者ともに拳サポーター・スーパーセーフ着用。

・香織のみ軽量プロテクターとレッグガード着用。

・【有効】中段・上段への突き・打ちは1ポイント。

・【技有り】中段蹴り。2ポイント

・【一本】上段蹴り。倒れた相手への突き・蹴りは3ポイント。

・顔面・頚部へのコントロールされたコンタクトは可。上段蹴りでのスキンタッチは可。

・足払い・片手のみ使う投げは可

・得点部位 得点部位:上段・中段への突き・打ち・蹴り。(顔面、頭部、頚部、胸部、腹部、背部、脇腹)

・禁止事項 攻撃部への過度の接触技(コントロールされていない技)、危険な投げ、股間攻撃、下段蹴り、関節蹴り、押し合い掴みあい、膝蹴り、バックブロー、倒れた相手への直接攻撃。

・判定 6ポイント差で勝ち。時間内に6ポイント差がつかない時はポイントが多い方が勝ち。

・引き分けの場合は1分延長。

・明らかに禁止事項を犯したが、軽微で相手に損傷のない場合は「警告」、2回目は「反則注意」または「反則」となり、「反則」の場合は、相手の勝利が宣告される。

・禁止事項の行為が重大または悪質であり、あるいは相手に相当の損傷が見られる場合は、段階を踏まず一回目であっても「反則注意」あるいは「反則」が宣告される。


 大雑把なルールだった麗衣の組手と違い、ほぼノンコンタクト空手の女子の試合に近いルールを設定し、香織の希望できちんとポイントを集計して勝敗も決める事にした。


 また、勝子は拳サポーターとスーパーセーフのみ着用し、香織はそれらの防具の他、皮製の軽量プロテクターとレッグガードを着用させた。


 本来のノンコンタクトの試合ではスーパーセーフと軽量プロテクターとレッグガードではなくメンホーと呼ばれる顔面の防具とインナープロテクターと足サポーターを使用するのだが、麗衣の家には無く、香織も準備してこなかった為、代用品を使う事にしたのだ。


 香織は勝子と同じ条件でよく、軽量プロテクターとレッグガードは要らないと言っていたが、勝子が久しぶりのノンコンタクトルールでやる為、怪我を防ぐ為の配慮であると説得され、香織も渋々従った。



                🥊



「お互い礼をして」


 審判である麗衣がそう言うと、二人は互いに向かって立礼をした。


「始め!」


 麗衣の合図で組手が始まった。


 二人とも両腕は脇を締め、肘を曲げ、両腕の拳を互いの顔面に標準を合わせるように構え、前足を内側に向け、軽く膝を曲げた。


 勝子はステップを踏みながらも小刻みに拳を突くような仕草を見せ、香織は前後にステップしながら隙を伺っている。


 ダン!


 最初に仕掛けたのは勝子の方だった。


 左の刻み突きを放ちながら勝子が素早く踏み込むが、明らかに距離が遠い。


 香織が左手でパリングして左掌を左脇に引きつけるとともに、後ろ足を強く突っ張るとともに腰を充分回転しながら右拳の逆突きでカウンターを狙った。


 だが、これは勝子の誘いだった。


 頭一つ横にずらすスリッピングをしながら香織の逆突きを躱すとともに、中段突きをプロテクターで守られた香織の胴に打ち込む。


 これは以前勝子が俺に教えてくれたテクニックで(第42話参考)見事に手本を示した。


「やあっ!」


 スキンタッチ直後、拳を引きながら気合を込めた勝子の声が響く。


 スキンタッチの瞬間の見極めが難しいノンコンタクトの試合では声でアピールするのも重要なのだ。


「有効!」


 今度は審判である麗衣の凛とした声が響いた。

 中段突きは有効だから1ポイント勝子に入る。


 これで

 勝子1-0香織


 両者が離れて組手が再開される。


 今度は香織から上段の刻み突きで攻めてきた。


 勝子はバックステップやスウェーなどで逃げず、右斜め前に踏み込んで香織の刻み突きを抜いた。


 香織が間を詰めている為、勝子は後ろ足を動かさず、前足のみを右斜め前方に踏み込んで中段へ逆突きを命中させた。


「有効!」


 再度勝子に1ポイント入る。


 勝子2-0香織


 まだ開始30秒も経っていないが、早くも勝子が2ポイント先取した。


「流石ですね。ボクシングをやっている周佐先輩相手だと、香織ちゃんでも突きだけだと分が悪いですね」


 勝子と同じくボクシングをやっているという吾妻さんは感嘆の声を漏らした。


「ミットを受けた感想だと香織の突きも相当早かったけどね。まぁ勝子が相手じゃ誰でもああなるよ」


「でも、これはボクシングの試合じゃないですからね。ここからが香織ちゃんの反撃ですよ」


 吾妻さんは突きの差を見せられても香織の勝利を信じているようだった。


 組手が再開され、勝子が再び突きの間合いに入ろうとすると、香織は前に向けた軸足の爪先を回転し、身体を回転させながら中段蹴りを放った。


 あれは俺がミットで直接受けた蹴りで、軸足を踏み込む時に爪先を前に向け、膝を真っすぐ引き上げると相手に足の動きを見せ難くさせる事で初動が悟られにくく、軸足の爪先を軸に身体を回転させている事から爪先から踵分の距離が出る強い蹴りだ。


 勝子は両腕で蹴りを受けると、表情が少し曇った。


 キックボクサーである俺や麗衣であれば脛で受けようとするが、空手の経験者である勝子は蹴りを腕で受けてしまう癖が身についてしまっているのだろう。


 あの押し込む様な蹴りはミットで受けても結構威力があったが、直接腕で受けてしまえば相当な衝撃なのか?


 如何に勝子とは言え、瞬時には動けなくなった。


 その隙を見逃さず、香織は蹴った左足を戻す反動を利用し、左の上段突きで勝子のセーフガードを打つと、プラスチックが凹む鈍い音が鳴った。


「「「おおおっ!」」」


 俺、姫野先輩、恵が驚嘆の声を上げる。


「ゆっ……有効!」


 麗衣は戸惑いを見せながら有効を宣言した。


 無理もない。


 空手のルールとは言え、勝子が面に突きを喰らうなんて滅多にお目にかかる事は無かっただろうに。


 少なくても俺は勝子とのマススパーでは当てた事が無い。


 これで

 勝子2-1香織


 組手が再開されると、再び香織は中段蹴りから仕掛けた。


 またもや勝子は両手で中段蹴りを受けてしまい、ガードが下がったままである。

 香織は中段蹴りを打った後に横向きの姿勢のまま、膝を下げず、膝の高さを保ったまま引き足の反動を利用し、上段蹴りへ繋げた。


 上段蹴りは3ポイント入る為、一気に勝子を追いつき追い抜く算段なのだろう。


 だが、香織が相手にしているのはあの周佐勝子だ。そうは問屋が卸さない。


 中段蹴りから上段蹴りへ繋げる蹴りの二段蹴りだが、勝子はスウェーバックで巧みに躱した。


「「「おおおっ!」」」


 中学生組も高校生組も問わず、大技を回避した勝子へ称賛の声が上がるが、攻防はまだ終わらない。


 勝子は蹴り終わりで若干バランスを崩し気味な香織の前足に、重心を落としながら足払いを仕掛けた。


「なっ!」


 不安定だった蹴り終わりに足を引っかけられ、完全にバランスを崩してしまい香織の方を応援していた吾妻さんは思わず声を上げてしまった。


 バランスを崩すと言っても一瞬だが、その隙は勝子にとって充分な物だった。


 伝統派空手の上段蹴りの場合、両足の爪先を横に向けると素早い上段蹴りが出来るが、足払いで横向きになった体勢から素早い上段蹴りを香織のスーパーセーフを被る頭部に軽く命中させた。


「一本!」


 上段蹴りは一本の為に3ポイント勝子に入る。


 勝子5-1香織


 残りの秒数は後20秒と言ったところだ。

 最早勝負ありかと思われたが、ここから香織が驚異の粘りを見せた。


 残りの秒数が少ないにもかかわらず、香織は下がっていた。

 勝子は6ポイント差の勝ちを狙っていたのか?

 判定で逃げ切るつもりは無いようで、積極的に攻めて行った。


 まっすぐ香織を追い、順突きで攻撃を仕掛けるが、これは香織の誘いだった。


 スウェーバックで勝子を引き込む瞬間、臀部を相手に向け蹴り足を真っすぐ上げ、蹴り足の足裏で勝子の頭部を巻き込む様にして上段裏廻し蹴りを放った。


 さっき俺が間抜けにも見とれていて、まともに喰らってしまった香織の得意な蹴りだ。

 勝子は流石なものでダッキングして躱したが、僅かに頭部に掠めていた。


「いっ……一本!」


 微妙な判定だが、麗衣はスキンタッチしたと判断したのだろう。


 今度は一本取り返した香織に3ポイント入る。


 勝子5-4香織


 残りは数秒だが勝子が逃げ切れるのか分からなくなってきた。


「やああああっ!」


 一か八かという気持ちだったのだろう。


 香織は軸足である後ろ足を引き付けると同時に、前足を大きく踏み込み、身を沈めながら中段突きを放つと勝子は微動だにせず、あっさりとその突きを喰らっていた。


「有効!」


 有効で香織に1ポイント入る。


 勝子5-5香織


 そして組手を再開した直後、1分30秒の時間終了を告げるタイムウォッチが鳴り響いた。


 もしかして、わざと勝子は延長戦を狙っていたのか?


 俺の頭にそんな疑問が過る。


 幾ら速いとはいえ、香織の中段突きが勝子に当たるとは思えなかった。

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