第126話 織戸橘姫野VS当摩蹴隼 姫野先輩最後のタイマン

 結局俺達麗と叛逆之守護者ガーディアン・オブ・ザ・リベリオンは代表を決めて3対3のタイマンを張る事になった。


「いつも通り、あたしが最初に行くからな!」


 麗衣は自分がタイマンを張る事を主張したが、姫野先輩は首を横に振った。


「切り込み隊長は僕に譲ってくれないか?」


「何でだよ? 最初はあたしからって決めてあるだろ?」


「半年近く君の役に立てていないし、恐らく僕が喧嘩するのは今日が最後になるだろう。だから、君に僕の最後の喧嘩を観ていて欲しいんだ」


 姫野先輩に頼まれ、麗衣は数秒黙り込んだが、溜息を吐きながら頷いた。


「はぁっ……そうか。確かにそうだよな。OK分かった。頼んだぜ」


 俺にはあれ程頑なにタイマンを譲らなかったのに、やけにあっさりと姫野先輩にタイマンを譲った。


「麗衣。如何して譲ったんだ?」


「タイマン譲って欲しかったお前からすれば不満だろうな。お前にはワリィけど、姫野の最後のタイマンってヤツを観てみたいんだ」


「……そうかよ」


 俺が麗衣から目を背けると不満を感じ取ったのか? 俺の肩に手を置いてきた。


「そうフテるなよ。アイツはあたしの憧れなんだ。だから姫野の最後の勇姿を観てみて―んだよ」


「最後の勇姿……か」


 そこまで信頼されている姫野先輩の事が羨ましく思えた。



 ◇



「俺の相手はアンタかい? 一応女みたいだな? 俺は当摩蹴隼たぎまけはや。フルコン(タクト空手)を使うぜ」


 ポツポツと半端に髭を伸ばし、バンダナを頭に巻いた身長170代半ばで20代後半と思しきオッサンが姫野先輩に告げた。


「良いのかい? 自分が何を使うか簡単に喋って?」


「ハッ! 年上の人間への言葉遣いがなってねーな? お前等女子供に流派なんざ知られても大して問題ねーよ」


「人間の価値とは年齢にあるとは限るまい? 君の様に無駄によわいを重ねるだけ重ね、人に迷惑をかける事も顧みないクズに何の経緯を払えと?」


 恐らく十歳は年下の姫野先輩にそう言われ、当摩たぎまは激怒した。


「このクソガキが! 優しくしてりゃ調子に乗りやがって!」


 当摩は遠距離からワンステップすると、立ち位置から外側から蹴る様にしてローキック、いやカーフキックを放ってきた。


 姫野先輩は前足を後ろ足の後方へ大きく退き、後ろ足を引き寄せて後退する、日本拳法で言う後替足後退でカーフキックを躱した。


「知ってるぜ! お嬢ちゃんが『後の先の麗人』言われている日本拳法の使い手だろ? 日本拳法なんざカーフキックはおろか、ローキックも許可されていない欠落競技だろ?」


 当摩は更に踏み込んで、再びカーフキックを放つと、姫野先輩は足を軽く上げ外に向けるとあっさりカーフキックをカットした。


 成程。カーフキックをローキックの様に只膝を上げてカットしようとすると脹脛に当たってしまうので意味がない。

 だが、カットする足を少し外側に向ければ簡単に防げるし、寧ろ蹴った方が痛いのだ。

 当摩が靴を履いていなかったら足の甲を痛めるか、骨折していた可能性もある。


「ハアッ! 何で日本拳法にない技を防げるんだよ!」


 当摩は驚愕の表情を浮かべていた。


「何やら最近巷では流行っているようだが、カーフキック何て殆ど足払いと似たようなものだからね。ローキックにしても日本拳法の試合では太腿あたりに足払いをかけてくるような選手も居るんだよ? こんな見慣れた軌道が日本拳法ぼくらに通用するとでも思うのかい?」


 ローキックの使用が禁止されている日本拳法においては代わりに足払いが重要な攻撃手段になっている。技を受ける側とすれば面と胴を警戒するだけでなく、足まで警戒しなければならなくなるからだ。


 因みに空手の試合でも足払いは許可されているが特に競技空手では制約が厳しいし、フルコンタクト空手の試合でも近年許可されたようだが日本拳法とは積み重ねの歴史が異なる。


「この!」


 ならばと当摩は前足に重心を乗せた移動突きを打ってきたが、踏み込んで来たタイミングで姫野先輩はカーフキックのお返しと言わんばかりにサッと足払いを仕掛ける。


 バランスを崩した当摩に向かって姫野先輩は左軸足の膝を軽く曲げ、右膝を体の横に抱え込むと、正面に向けた腰を回転させながら、膝をスナップさせて素早く廻し蹴りを中段に放つ!


「せいっ!」


 日本拳法の試合の様に姫野先輩は声を上げた。


 これがもし日本拳法の試合ならば一本だろうが、敵は胴への攻撃に慣れたフルコンタクト空手の使い手。


 怯まずに姫野先輩に上段突きを放って来た。


「せいりゃあっ!」


 だが前屈構えで中段逆突きを放つ当摩に合わせ、姫野先輩は下から上に跳ね上げる方向に蹴る揚げ蹴り、日本拳法で言う『待ち蹴り』でカウンターを喰らわせると、左の蹴り足を下ろしながら踏み込み、右の後ろ足の膝を高い位置で抱え込むと勢いよく腹部に踏み込む突き蹴りを放ち、当摩を突き放した。


 分かり易く例えるなら『揚げ蹴り』は空手の前蹴りで『突き蹴り』はキックボクシングの前蹴ティープりの様なものだ。


 素早い『揚げ蹴り』のカウンターでダメージを与えた直後、『突き蹴り』で当摩を押し返して距離を取る。


 同じ前蹴りでも二種類の蹴りで使い分けているのだ。


「クソっ!」


 思うように間合いが詰められず、当摩は苛立ちをあらわにした。


 日本拳法とフルコンタクト空手では距離感が全く異なる。


 至近距離からの打ち合いがメインのフルコンタクト空手に比べ、総合格闘技と同じく組技がある日本拳法の間合いは遠い。


 当摩は突きの距離まで強引に攻めるのは難しいと判断したのか?


 蹴り足側の手を反対側の耳の横に振り上げて上体を大きく捻り、腰の捻りに合わせて膝を外側から引き付けると、腕を肘から鋭く振り戻す反動で廻し蹴りを放つ。


 だが、それを読んでいたのか?


 姫野先輩は蹴りを恐れる事なく踏み込むと当摩の蹴りが当たる前に側拳、つまり縦拳で当摩の顎を打ち抜くと、当摩の体勢は崩れ、蹴りは不発に終わった。


「よしっ! 良いぞ姫野!」


 空手等において相手が攻撃してくるタイミングを捉えて自分の技をめる事を『先をとる』というが、これは三種類に分類される。


 相手の攻撃が出る寸前にこちら側から攻撃を仕掛ける事を『先の先』、相手の攻撃を出させておいて抑え込み、すかさず反撃するのを『後の先』、そして、相手の攻撃が出てくる瞬間に同時に飛び込んで相手より先にめる事を『対の先』と呼ぶ。


 『後の先の麗人』などと呼ばれる姫野先輩だが、『後の先』だけでなく現代格闘技のスピードに適応した『対の先』のカウンターも得意な様だ。


 『対の先』で出合いを制した初めての顔面へのクリーンヒットに麗衣をはじめ、麗のメンバーが沸いた。


 だがこちらのパンチが当たる距離は相手のパンチが当たるリスキーな距離でもある。


「死ねや!」


 当摩が肩のスナップを効かせ、体重を乗せた重い中段突きを放つ。


 この距離での攻防はフルコンタクト空手を使い、圧倒的な打たれ強さもあると思われる当摩が有利かと思われた。


 だが、姫野先輩は半歩後退しながら、前手の掌拳で当摩の突きの前腕部付近を下に払い落とすと、その当摩の手首を両手で掴み、ぐるりと腕を回転させ、内側に屈折させて引き込むと共に、容赦なく顎を蹴り揚げた!


「あ……が……」


 当摩は姫野先輩相手に何も出来ないまま白目を剥くと地に突っ伏した。



 ◇



「うわあ~『対の先』も『後の先』も凄かったよ! 特に最後の小手捻捕から右面揚蹴は綺麗なコンビネーションだったね!」


 同じく日本拳法の使い手である美鈴先生は感心したように声を上げた。


 小手捻捕は『流煙の形』という日本拳法の形に含まれる逆捕り技の一種とのことでグローブ有りの試合では使えなさそうな技だが、実戦でサラッと使ってしまうのが姫野先輩らしい。


「いいえ。先生程じゃありませんよ」


 一発も攻撃を喰らう事なく、傷一つなく戻って来た姫野先輩はそう謙遜した。


「やっぱり姫野はつえーよ……これが最後の喧嘩だと思うと勿体ねーよな」


 麗衣は少し寂しそうだった。


「僕も残念ではあるけれどね。でも、君の周りを見てごらん? もう君のチームはたった三人しか居なかった弱小チームじゃないんだよ。それに武君が物凄いスピードで強くなっているじゃないか。君とのスパーリングの話も聞いたよ」


「そりゃ皆つえーし特に武の成長っぷりには驚かされたけど……」


 二人に褒められ少し面映おもばゆい気分になった。


「安心して良い。武君はそう遠くない未来に僕を超えるだろう。そして君もね」


 姫野先輩が麗衣の頭を撫でると麗衣は困ったように横を向いた。


「武はとにかく、あたしに関してはリップサービスのしすぎだぜ。何時まで経ってもアンタはあたしの……」


 麗衣は何か言いかけたが、現状を思い出し話題を変えた。


「いや、話は後にしよう。次こそあたしが行くぜ……って何してんの? 美鈴ちゃん?」


 美鈴先生は白い布地の拳サポーターを嵌めていた。


「見ての通り、次は私が行くからね」


「いやいや。現役教師が喧嘩なんてダメだろ?」


「今さら何を言っているの? 君達と一緒にカチコミに行った仲じゃない?」


「そりゃそうだけどよぉ……さっきは喧嘩しちゃダメだとか言ってなかったか?」


「気が変わったの。あの人達が少年だったらこんな事しないけれど大人の旧車會だっていうから話は別だよ」


「だからって美鈴ちゃん……オイ! 待てよ!」


 麗衣の言う事を聞かず、待っている次のタイマン相手の所へ美鈴先生は歩いて行った。


 止めようとする麗衣の手を姫野先輩は掴んだ。


「離せよ! あのおバカな先生を止めなきゃなんねーだろ!」


「行かせてあげてくれないか?」


「駄目に決まっているだろうが! 喧嘩まで部外者を巻き込めるか!」


「そんな事は美鈴先生は気にしないよ。それにこれは僕の我儘だけれど、美鈴先生は僕の憧れの人だったからね。是非戦うところを観てみたいんだよ」



◇◇



 本文中の話に出てくる武と麗衣のスパーリングにつきましては『ヤンキー女子高生の下僕はキックボクサーを目指しています!』をご覧ください。

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