第127話 衣通美鈴VS膳夫羽吹 拳士の闘い

 麗衣は姫野先輩の言う事を渋々と認め、美鈴先生がタイマンを行う事を見守る事にした。


 既に1敗して後が無いからなのか?


 相手はリーダーと思しき膳夫かしわでが前に進み出てきた。


「俺は膳夫羽吹かしわではぶき叛逆之守護者ガーディアン・オブ・ザ・リベリオンのリーダーだ」


「私は衣通美鈴。立国川高校の体育教師をしています」


 付き合う事も無いのに美鈴先生は丁寧に自己紹介をしていた。


「ハッ! 教師が喧嘩なんか出来るのか?」


「勿論喧嘩なんかしたくありませんけれど、貴方達みたいな人はみすみす放置は出来ません」


 美鈴先生はそう言うとやや半身になりながら右足を後ろに引き、左手を前に出し、両拳を鳩尾の高さで揃えた日本拳法の中段構えで構えた。


「アンタもさっきの女と同じ日本拳法か? じゃあ余計負けられねーな!」


 美鈴先生の構えを見てそんな事を言うと、膳夫も中段構えに構えた。


「負けられねーって言っているし、あの構え……アイツも日本拳法ですか?」


 俺は姫野先輩に訊ねた。


「いや、違うね。彼の拳の高さを見てごらん?」


 前手の左の拳は鳩尾の高さに構え、奥手の右拳は胸の高さで構えられている。


 確かに構えが微妙に異なり、俺には具体的に何の競技なのか分からなかったが、美鈴先生はすぐに何か分かった様だ。


「へぇ……そっちがそうなら、私も」


 美鈴先生も同じように右拳を胸の辺りに構えると、掌を下に向けた。


「何だ? もしかして、お前も拳士なのか?」


 構えを変えた美鈴先生を見て、膳夫は驚いたように声を上げた。


「本当は日本拳法が専門だし、はなるべく喧嘩とかじゃ使いたくなかったんだけどね。こんな事に使うんじゃ宋道臣そうどうしん先生が嘆くと思うからね」


 宋道臣の名は聞いた事がある。


「確か少林寺拳法の開祖の方ですよね?」


「そうだよ。美鈴先生は日本拳法を始める以前は少林寺拳法をやっていてね。最近、日本拳法の練習が無い日には少林寺拳法もまたやり出したと聞いているよ」


 多忙な社会人なのに複数の格闘技をやるなんて滅茶苦茶タフな人だな。


「それは初めて聞く話ですね。前、半グレの事務所に乗り込んだ時は日本拳法の技以外使わなかったっぽいですけどね」


「それは多分美鈴先生の信念じゃないかな? 少林寺拳法って基本的に護身術だし、不殺活人という理念もあるからね」


 宋道臣は戦後の荒廃した世の中で暴力を振るう者を懲らしめていたらしいが、無法者を制した後、行動を改める様に諭していたらしい。


 嘆かわしい事に他の流派をいたづらに貶めたり、喧嘩が強くなる事をアピールするような格闘技系のジムや道場も存在する中、宋道臣の事は少林寺拳法に限らず格闘技に携わるトレーナーに勉強してもらいたいものだ。


 もっとも喧嘩が強くなる事が目的でキックボクシングを始めた俺は人の事を言えないけれどね。


「じゃあ、何でわざわざお前も少林寺拳法のスタイルにするんだ?」


 膳夫の疑問に対し美鈴先生は答えた。


「こんな事に使うのは間違えだって事を教えてあげる為だよ」


「面白れぇ……出来るモンならやってみな!」


 膳夫は奥足を内側に捻りながら腰を捻り、奥手による縦拳の逆突きを上段に放ってきた。


 美鈴先生は斜め前に身体を捌きつつ、腕刀で払うようにして膳夫の突きを受けると間髪入れず、脇腹にカウンターの中段突きを極めると素早く間合いを切った。


「チッ! 内受突きか! どうやら本当に少林寺拳法を使うようだな!」


 脇腹を押さえながら膳夫は悔しそうに言った。


「あれが『千鳥入身ちどりいりみ』と言う奴だね。突きの軌道を躱す様に斜め前に出る事で反撃をしやすい場所に移動する少林寺拳法の動きだ」


 ボクシングやキックでも使われる動きではあるが、攻撃を仕掛けて来るところに斜めとは言え前に移動するのは勇気を要する。


 パワーで圧倒する男子の攻撃を下がらずに前へ出て捌く辺り、姫野先輩と同じく美鈴先生の勇気も技量も半端ではないのだろう。


 尚も膳夫は強引に距離を詰めて逆突きで襲い掛かるが、美鈴先生は右肩を前に出す様にして体を捻り攻撃を躱すとすかさず膝をあげ、爪先を横に廻す様にして廻し蹴りを鳩尾に決めると、素早く蹴り足を引き、体勢を戻すと再び間合いを切った。


「アレは『流水蹴り』だね。あと、前の手の掌を下に向けるのを『一字構え』って言うんだけど、アレで突きを躱した後に蹴りで打たれても前の手で防ぐことも出来るんだ」


 成程。突きは上体で躱し、蹴りは前手で押さえる。

 恐らく他の格闘技ではない構えだが、中々合理的かも知れない。


「姫野先輩は少林寺拳法についても詳しいんですね」


「そりゃあ、僕は美鈴先生のファンだからね。以前、色々聞いた事があるし、個人的に手ほどきを受けた事もあるんだよ」


 その後も膳夫は攻撃を仕掛けては美鈴先生のカウンターを喰らった直後に間合いを切られ、力づくに制圧出来ない。


 同じ拳士であっても志と技量が全く違う様だ。


「ならば……これで如何だ!」


 膳夫は奥足を前に出しながら後ろ手で突く、空手で言う追い突きで離れた距離から突きを放った。


 これは推進力を伴う為に威力も高い突きだが、体を開きL字に構えなおした美鈴先生は前の手で突きの軌道を逸らす様に内受けすると、受けた手のスナップを効かせ、鞭の様に腕をしならせて目を引っぱたいた。


「ぐわっ!」


 目を打たれた膳夫は堪らず目を押さえるが、目の痛みで手を上げてがら空きになった脇に美鈴先生は容赦なく逆突きを喰らわせると、膳夫は前傾姿勢になった。


 更に美鈴先生は膳夫の後ろ側に入ると膝が曲がる様に足刀蹴りを入れるとガクンと力が抜けた様に膳夫は膝を着いた。


「え? 目潰しですか? えげつないですね……」


「少林寺拳法では基本の当身だから驚く事はあるまい。それよりか今の一連の技を『千鳥返ちどりがえし』と言うらしいが見事だね」


「確かに……これなら非力な女性でも男性を制圧出来る技かも知れませんね」


 少林寺拳法の使い手は初めて見るが、これでも専門ではないというのだから美鈴先生の技量は素人の俺から見ても感嘆すべきものであった。


「さぁ、まだ続ける?」


「まだまだだ!」


 後ろに廻ったにも関わらず、美鈴先生は止めを刺さなかったので回復時間を与えてしまった。


 それが仇となり、美鈴先生は右の手首を掴まれてしまった。


「ヤバイ! 掴まれた!」


 麗陣営の誰からともなく悲鳴が上がった。


 だが美鈴先生は肘を脇腹につけて五本指を開く『鈎手』の体勢を取ると間髪入れず再び目打ちを喰らわせた。


「ちっ!」


 今度は膳夫は目を閉じて防いだ様だが、美鈴先生は膳夫の手首を支点にし、自分の肘を前に突き出し、掴まれた手首を中心に肘を回転させると掴まれた手首が抜けた。


 そして相手の手首に中指と薬指を引っかけ、手の甲の人差し指の部分を押し込むと膳夫の体勢が人の字型に崩れ、その頭の角度は徐々に地面に近付いていた。


 美鈴先生は足を後ろに引きながら身体を開くと、膳夫は地面に尻餅を着いた。


「凄い! 掴まれていたのに相手を倒した!」


 まるで漫画に出てくる達人のような動きに驚嘆の声を上げたが、相手を倒すだけでは終わらなかった。


 膳夫を倒した勢いを利用して手首を操作し、クルっと回転させ膳夫を裏返しにすると手首を極めつつ全体重を乗せて肩を押さえながら、足の甲と脛で脇腹と背中を押し付けた。


「ぐわあああっ!」


 膳夫は耳障りな甲高い声で悲鳴を上げた。


「『逆小手』から『裏固うらがため』の連携か。ああなっては敵も抵抗出来まい」


 姫野先輩が呟いた通り、アレでは抵抗のしようもあるまい。


「どうする? 降参する?」


「降参する!」


「私の勝ちって事で良いかな?」


「お前の勝ちだ!」


 美鈴先生が降参を促すと男らしさの欠片も無く、あっさりと膳夫は降参した。


「じゃあ、こっちの勝ち越しだから喧嘩は終わりって事で良いね?」


「お前らの勝ちで良い! だから早く手を放してくれえええっ!」


 余程痛いのか?


 膳夫は耳障りな悲鳴を上げていた。


「分かりました」


 ここに至り、ようやく美鈴先生は膳夫を解放した。


「貴方、剛法に頼りすぎだよ? 柔法とバランスよく学ばないと本当の意味で少林寺拳法を習得したとは言えないですよ?」


 美鈴先生は膳夫向かって合掌すると、こちらに戻る為背を向けた。


 だが―


「美鈴先生! 後ろだ!」


 姫野先輩が悲鳴を上げるが時はすでに遅し。


 戦いが終わったばかりと油断していた美鈴先生の美しい顔を背後から放たれた廻し蹴りが打ち抜くと、美鈴先生は糸が切れた人形の様に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


 幾ら技量があろうが、背後から油断していたところ全力でハイキックを喰らえばどんな達人でもひとたまりもないだろう。


「テメー! 汚ねーぞ!」


 麗衣が怒りの咆哮を上げると、膳夫は挑発する様に耳をかっぽじりだした。


「タイマンは無効だ。要は勝てば良いんだよ!」


「上等だ……テメーら全員ぶち殺してやらあっ!」


 先陣を切って麗衣が膳夫に向かって走り出すと、すぐ後に亮磨先輩と姫野先輩が着いて行き、その後に恵、澪、香織、静江が続いた。


 出遅れた俺と吾妻君も後を追おうとしたが、勝子に手を掴まれて止まった。


「待って! 武と香月は一緒に美鈴先生を守って! 先生が気を失って無防備なところこれ以上殴られでもしたら危ないから!」


「分かったけれど、どうして俺達が?」


「姫野先輩ですら我を忘れているのにアンタらだけが一番冷静そうだったからね。」


 実のところ俺も腸が煮えくり返っているが、怒りに身を任せて全員で突っ込み、美鈴先生の身に万が一の事があってはならない。


「分かりました! ボクは美鈴先生に指一本触れさせません!」


 美鈴先生とは知り合ったばかりの吾妻君も同じ想いの様だ。


 吾妻君が簡易バンテージを嵌めだしたのを見て、俺も簡易バンテージを取り出して手に嵌めた。


「俺も了解した! お前は当然暴れて来るんだろ?」


「ええ! 貴方達が美鈴先生を守ってくれるなら後顧の憂いは無いしね」


 慌ただしくオープンフィンガーグローブを嵌めながら勝子はそう言ってくれた。


「おう! ぶちのめしてこい!」


「下僕の癖に生意気だけど今だけは言うことを聞いてあげるよ!」


 急いでオープンフィンガーグローブを嵌め終えた勝子は乱戦となった敵陣に突っ込んで行った。

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