第125話 最高の馬鹿で最高の教師

「折角温泉街に来たから温泉街の廃墟巡りでもしようぜ」


 唐突に麗衣はそんな事を言いだした。


「うん。面白そうだね! 行こう行こう!」


 真っ先に賛成したのは子供の様に瞳を輝かせながらコクコクと頷いた美鈴先生だった。


 いや、先生。廃墟に入るのって不法侵入なんだけど教師がそれでいいんかい?


「折角温泉入った後なのにわざわざ汚れそうな場所に行きたくないよ」


 それに旅行先でまで犯罪行為をしでかすのは御免だし、という本音を隠しながら言った。


「じゃあ、武は宿で留守番してろ」


 麗衣が素っ気なく言うと勝子は麗衣の肩を突きながら言った。


「待って麗衣ちゃん! 下僕武の事だから皆の脱ぎたての下着を盗んだり、残り香を嗅ぐ為にくんかくんかするのが狙いで残るに違いないから置いてけないよ!」


「勝子じゃねーんだから、そんな事するかよ! ゴフっ!」


 酷い言いがかりされた上に反論すると理不尽にも間髪入れずに裏拳でぶちのめされた。



 ◇



 変態扱いされたまま残る訳にもいかず、吾妻君には「ボクので我慢してください」等と言われたので仕方なく麗衣の我儘に付き合う事にした。


 まぁ帰ったらまた温泉に入ればいいだけだし、と考え直す事にした。


 温泉街にはバブル崩壊後に倒産したホテル等の施設が解体されることも無く多くの建物が廃墟として残されている。


 廃墟巡りなどには絶好のスポットなのかも知れないが、犯罪に巻き込まれる可能性もあり危険なので止めて欲しいのは本音だ。


 まぁ、俺の過去を知る者からすれば天網や邊琉是舞舞ベルゼブブと喧嘩したのは廃墟だから何を今更と言われそうだが……。


 美鈴先生がホテルから近場の廃墟に向けて車を走らせていると背後から複数の爆音が聞こえてきた。


「このクッソうるせー蠅みたいな音は赤銅のゼファーじゃねーよな?」


 麗衣の表情が喧嘩の時の様な険しいものに変わった。


 明かな違法改造車は車の横に並ぶと目の前で挑発するようにウィリーした。


 直後に5、6台の単車は隣でブンブン空ぶかしをしながら美鈴先生と姫野先輩の車を追い抜いて行った。


「何だよ? こんな所にも珍走が居るんだな。飛んで火にいる夏の虫ってヤツだな」


「麗衣駄目だよ! 姫野先輩と亮磨先輩の卒業旅行なんだから!」


 俺は麗衣に自制を促した。


「るせーな。あたしがそのつもりでもその卒業生二人の方が先に火が付いちまったぜ?」


 亮磨先輩のゼファーがスピードを上げ、美鈴先生の車を追い抜くと姫野先輩もクロカンのスピードを上げ始めた。


「美鈴ちゃん! ワリィけどアイツ等追いかけてくれ!」


「放っておく訳にも行かないし仕方ないわね……、喧嘩は絶対にダメだからね!」


 美鈴先生は車のギアを上げて姫野先輩達の後を追った。



 ◇



「へぇ。奇しくもおあつらえ向きの廃墟じゃねーか?」


 珍走を追いかけた先に廃墟が現れ、そこの駐車場跡と思しき場所には集会予定だったのか?


 特攻服姿の30人ぐらいの男達が集まっていた。


「オイコラアっ! さっき挑発していたクソ野郎出てこいやあっ!」


 ゼファーから降りた亮磨先輩はこの人数にもビビらずに手近な単車を蹴りつけ、怒鳴り声をあげた。


「んだテメーは! 殺すぞ!」


 すぐさま集まった男達が亮磨先輩を取り囲もうとするところ、そうはさせじと姫野先輩や中学生チームが牽制する様に駆けつけた。


「あたし達も行くぞ! 美鈴ちゃんは待っていな!」


「いいえ! こうなったら私も行きます!」


 この状況を見て逃げようと言いださない辺り、この先生も只者では無かった。


 俺達もバンから降りて駆けつけた。


 こちらも11人。


 人数が多い事から当初は相手方も少し躊躇したようだが、すぐにこちらが殆ど女子ばかりだと分かると態度が一変した。


「何だテメーら? わざわざレイプされに来たんか?」


 品の無い声で暴走族達はゲラゲラと笑い出した。


「テメーらこそ、わざわざ麗に喧嘩売るとはなぁ。テメーらが好き勝手出来るのは今日までだぜ?」


 麗衣の一言で空気が変わった。


「麗だと?」


 ざわざわと暴走族達は騒ぎ出した。


「コイツ等が麗かよ!」

「あの有名な暴走族潰しか!」

「暗くてよく分かんなかったけど確かにニヤニヤ動画で観た顔だな」

「アイツがレイン・ウルフか!」

「後の先の麗人と……魔王サタンズ・鉄槌ハンマーまで居るぞ!」

「て、なるとあの小さいのが幻影之右イリュージョンライトか?」


 神奈川にまで麗の名前が鳴り響いていたのは驚いたが今はネットの時代だ。

 動画やSNSを通して全国の暴走族達に知られていても不思議ではない。


 それよりも幻影之右イリュージョンライト


 何じゃそりゃ?


「ねぇ? 恵って何時からそんな中二病っぽいあだ名付けられていたの?」


「いや、周佐さん以外で右って言ったら武君の事じゃないの?」


「まさかぁ! そんな訳ないじゃん」


 そんなやり取りをしていると、パンチパーマにサングラスと言う前時代的な姿をした文字通りオッサンが暴走族どもの先頭に立ち威嚇するように言った。


「ガキどもが! 麗だか何だか知らねーが、俺達『叛逆之守護者ガーディアン・オブ・ザ・リベリオン』に喧嘩を売るとは良い度胸だな」


 そのメタルバンドみたいな暴走族らしくない名前はどういうセンス何だ?


「あ? オッサン達から喧嘩売って来たんだろ?」


 亮磨先輩もツイと前に出て両手をハンドポケットに突っこんだまま顎を突き出して近寄ろうとすると、その亮磨先輩を美鈴先生が遮った。


「何だよ美鈴ちゃん? コレは俺が売られた喧嘩だ。止めないでくれよな」


「御免なさいね。只、この人達がどうしても許せなくてね。私に譲ってくれないかな?」


「ハァ! 譲るって美鈴ちゃんにか?」


 亮磨先輩は怒りも忘れたかの様に驚いた表情をしていた。


 美鈴先生が前に出ると、普段学校では絶対に見せない鋭いまなざしでパンチパーマの男を睨みつけた。


「貴方達、旧車會とかいう奴なの? この子達みたいに若い子のヤンチャならとにかく、いい年して人に迷惑をかけて恥ずかしいと思わないの?」


 男性相手に怒鳴り合いは慣れていたとしても女性相手だと却って躊躇いがあるのか?

 その剣幕に一瞬パンチパーマの男は怯んだように見えたが、恐らく暴走族の代表としての自尊心が彼を引き留めた。


「ハッ! それが如何したって言うんだよ! テメーラ他所モンが人のシマで良い気になってんじゃねーぞ!」


 理屈も何もあった物じゃないけれど、パンチパーマは言い返すと他の暴走族の連中もぞろぞろと距離を詰めてきた。


膳夫かしわでさん! コイツ等麗を倒せば叛逆之守護者ガーディアン・オブ・ザ・リベリオンの名が上がりますよ! やっちまいましょう!」


 人数的に有利なコイツ等が袋にするつもりなのだろうか?


 こちらは女子が多いとはいえ全員格闘技経験者で一騎当千の強者ぞろいだ。


 負けるとも思えないが双方に多数の怪我人が出る可能性は高い。


「だったら私と一対一で勝負しなさい! それとも女相手に逃げる卑怯者なの?」


 本来止めるべき立場の美鈴ちゃんは真っ先にタイマンを申し込んだ。


 いや、違う。


 俺達を怪我させない為に自分から美鈴ちゃんは喧嘩を売りに行ったのだろう。


 愛する生徒の為なら自らが傷つくことも恐れない。


 衣通美鈴とはそんな最高の馬鹿で最高の教師なのだから。

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