第56話 女子会とは何ぞや?
公立高校は休日に当たる土曜日。
俺は
そもそも女子会に俺が混ざったら女子会じゃなくね?
という根本的な疑問はとにかく、何をするんだろうか?
JKの女子会というと年齢的には居酒屋は無いから、喫茶店やレストランとかに集まって好きな物を食べながら楽しくお喋りすることなのかなと思うけれど、あの三人がそんな事をするイメージを全く持てないのだが……。
「えっと。ここかな?」
メールで送られた麗衣の家の住所をゴーグルマップという地図アプリで確認し、この場で間違いないとは思うが。
「麗衣の家って床屋さんだったのか?」
床屋の前によくある三色のグルグル回転している円筒形の看板、所謂サインポールは置いていないけれど、自動ドアのような透明な出入り口から覗く中の風景は鏡が三枚ほど貼られている。
只、床マットのような物が敷かれていて床の上には殆ど何も置かれておらず、床屋で使う様な椅子が無かった。
「変なところだな……」
「変なのはお前だよ! 人の家覗き込んで何してるんだ!」
突如背後から掛けられた声にビックリして、振り返った。
「麗衣! 君の家って理容室だったの?」
背後には水色のパーカーに艶めかしい褐色の脚を覗かせたショートパンツ姿の麗衣が立っていた。
「バーカ! 椅子もねーのに如何やって髪切るんだよ? まさか客立たせたまま髪切るのかよ?」
「まぁ……そりゃそうだよね」
「と、言いたいところだけど半分正解な。あたしの爺さんが生きていた時、理容室経営していたんだけど、一昨年死んじまってさ。理容室は畳んだけれど、親がキックを初めたあたしの為に改造して練習場所にしてくれたんだ」
「へぇ―……」
「将来的にはここをマイクロジムにしたくてさ。キックか空手のトレーナーしてみたいんだよな」
マイクロジムとは少人数対応の小型のジムの事であり、最近流行のパーソナルトレーナーが開業する際に個人事業形態として、よく勧められている。
「だから麗衣はキックのトレーナーの資格を取りたいんだね」
「ああ。まずは今のジムで実績を積みながら勉強するのが先だけどな。将来的には独立して選手を送り出せるようにもなりてーかな?」
こう見えて、将来の事まで考えている事に感心した。
俺は将来何をしているんだろう……俺も強くなったら選手になってトレーナーの資格を取って、麗衣を嫁にして夫婦でトレーナーというのも良いかも。
いやいや、待てよ俺。
まだ高校生だし、流石に想像を飛躍させすぎだろ?
俺がそんな事を妄想しているとは知る由も無く、麗衣は俺を促した。
「まぁ、こんなところで突っ立ってねーで、とにかく中に入れよ」
「ありがとう。おじゃましまーす」
俺は入口に立つが自動ドアが開く気配が無い。
「わりぃな。自動ドア電気とおってねえから」
麗衣は手を押し付けて自動ドアを開くと、俺を中に招いた。
◇
生まれて初めて女子の家の敷居を跨いだが、ここはそんな事は感じさせない奇妙な空間であった。
はっきり言って床屋に来た感じとあまり変わりなく、緊張のしようも無い。
「もうすぐ姫野と勝子も来るからよ。適当にストレッチでもして待っていてくれ」
「え? ストレッチ?」
はて? 女子会でストレッチとは珍妙な事を言う。
「麗の女子会って言ったら異種スパーリング会の事なんだよ。都合よくお互いのベースが違うから他の競技を経験しておくことで色んなタイプと喧嘩できるように備えておくんだよ」
「それのどこが女子会なんだよ……」
麗衣達三人でお茶シバく女子会じゃなくて、お互いをシバき合う女子会なんて全く想像してなかった。
「そうだよなぁ。お前が加わったから女子会って呼び方は改めねーとな」
いや、それ以前の誤用だろ?
「ねぇ……もしかして、女子会って単に女子が集まっているのを女子会って呼ぶと思っていたの?」
「あたしの事を馬鹿にしているのか? 社会生活にお疲れのOLが居酒屋に集まって野郎の悪口を言いまくる会の事だろ? それをあたしは健全な使い方をしているだけだ」
そういう面もあるだろうけれど、OLのお姉さんが聞いたら怒りそうな、偏見に満ちた物の言い方のような気もするが……。
「でも女子だけのスパーリングの事を女子会とは流石に言わないでしょ?」
「いや、スパーが終わったら皆で駄菓子パーティーするけど?」
「女子会ってそんなので良いんスカ……」
そんな事を言っていると、自動で動かない自動ドアを開いて姫野先輩と勝子が中に入って来た。
「おはよう麗衣君。武君」
「おはよー麗衣ちゃん。今日も一段とエロ可愛し格好良いし素敵だね♪ ついでに下僕君。今日も相変わらず冴えない顔をしているね♪」
姫野先輩は至って普通に。
勝子も、まぁいつも通りという意味では至って普通に挨拶してきた。
「うーす。姫野。勝子。ありがとよ。勝子も可愛いぜ」
「おはようございます姫野先輩。おはよう師匠。師匠は今日も可愛いですね」
「ありがとー麗衣ちゃんにそう言って貰えて心臓が止まるほど嬉しいよ♪ ……嘘つくな下僕武死ね。下僕の癖に馴れ馴れしいよ! あと師匠って言い方止めろと何回言わせるの?」
勝子は麗衣と俺が同じ意味の言葉を使っても全く異なる返答を行った。
「はっはっはっ! お前等そんな事言っているけど最近本当に仲いいよなぁ? 本当は付き合っているんじゃねーの?」
コノコノと言わんばかりに麗衣は俺を肘で突いた。
十戸武や亮磨など周りはというと俺と麗衣が付き合っていると勘違いしているし、麗衣の方は俺と勝子が付き合っているのと勘違いしている。
姫野先輩はというと―
「……ふむふむ成程。武君にハーレム主人公属性という新たなフラグがたったのか。これは
等と意味不明な事を言っている。
「武と勝子って結構似ているところあるしな、お似合いだと思うし、あたしも安心するんだけどなぁ……」
たまに麗衣は勝子と俺が似ているというけれど、苛められっ子の俺と麗最強の勝子で一体何処が似ているんだろうか?
それはとにかく、俺と勝子が付き合うと何故麗衣が安心するのだろうか?
実は勝子から好意を持たれている事に対して、重荷を感じているという事は無いだろうけど、何か理由でもあるのだろうか?
「いや。だから、それ勘違いだから……」
「ハイハイ、そう言う事にしておいてやるよ。……ところで、姫野。あたしから没収したサンドバック持ってきてくれたか?」
麗衣は話題を変え、俺が事情を知らない事を姫野先輩に聞いた。
「……一応持って来たけれど」
「マジ! 早く返してくれよー♪」
麗衣は姫野先輩に縋りつき、甘える様な声で懇願したが、そんな麗衣を姫野先輩は冷ややかな目で見下ろしながら言った。
「……一旦返すけど、怪我が完治するまで君は使っちゃ駄目だよ? その為に没収したんだから」
どうやら麗衣にサンドバックを使わせない為に没収したらしい。
「んだよケーチ!」
麗衣は子供の様にそっぽを向いた。
「まぁ、あと全治まで二週間とは聞いているけれど、早ければ一週間後にでも治るだろう。それまで我慢したまえ」
「あーあ。つまんねーな。折角集まったのにスパーも出来ねーし」
「まぁ、今日は武君のアドバイスを頼むよ」
「へいへい。わかりやしたー」
やる気の無い声で麗衣は床マットに寝転がりながら言った。
オイ。ちょっと待てよ。
俺にアドバイスって、もしかして俺もこの化け物みたいな女ども相手にスパーをやれというのか?
「ええっと、質問ですけど、俺もスパーするんですか?」
「その通りだよ。今回は天網と四対四の対決になってしまったからね。なるべく君一人では戦わせないつもりで、誰かしらが相手を一人早く倒したら君の代わりに戦うつもりだけれど、それまで最低限持ってくれるのが理想的なんだけれどね」
姫野先輩は溜息をついた。
「申し訳ないが、君も見習いとは言え麗の一員だから、天網から見れば僕達と変わらないし、狙われてしまうのは避けられない。だから最低限、身を守る程度には戦えるようになって欲しいんだ」
「それは俺も希望している事ですが……勝子に少し格闘技を習っているだけで、いきなり姫野先輩や勝子の相手になると思えませんが……」
「大丈夫。安全の為にボクシングのパンチグローブとスーパーセーフを着用して、脚にはレガース着用。胴体への攻撃はライトタッチのマススパーリング形式で行うから、怪我のリスクは少ないと思ってくれ。君の方は全力を出してくれていい」
でも、勝子のパンチってスーパーセーフあっても思いっきり効くんだよな。
マススパーリングと言う言葉を信じるしかないか……。
「天網のメンバーはまず長野君と十戸武さんが空手と柔道をミックスした総合格闘技に類似した空手を使うから、ベースが似た日本拳法を使う僕が仮想彼らだと想定してやって欲しい。あと、言うまでも無くボクサーは勝子君が仮想相手になるだろう。テコンドー使いは僕達では仮想相手になれないけれど、今度麗衣君が完治したらやって貰おうと思う」
麗衣は蹴りが得意だから仮想テコンドーという事か。
「まぁテコンドーでよく使うバックスピンキックやら踵落としやら、練習したのは空手時代以来だし、特に回転系の蹴りは、あたしが参加している女子のアマチュアキックボクシングの試合じゃ使えないから上手くねーけどな……まぁ技の幅広げる為に今度練習しとくわ」
「勿論勝子君以外は本家と同じレベルで真似するのは無理かもしれないが、それでもいきなり自分のベース以外の慣れない相手と戦って困惑するよりは良いだろう」
という事ではじまった女子会という名のスパーリング会で、いきなり俺は勝子に意識を吹っ飛ばされたのは説明するまでも無い。
◇
床屋を改造したようなジムは実在しました。
どうやらジム移転前の仮の場所として使用していたみたいですが色んな意味で酷い場所でした……。
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