第88話 これじゃあ練習どころじゃない?(2)いにしえの絶景?
大伴さんに対して「卑猥な目で見ている」とのあながち間違っていないレッテルを貼られ、引き離され、次は吉備津さんのミットを受ける事になった。
秘かに吉備津さんの胸元に目をやると、年齢相応に慎ましいものだった。
うん。
これなら大伴さんの時の様に俺の集中力が乱れる事は無いだろう。
そんな俺の失礼な内心を面に出さない様にして、吉備津さんに言った。
「宜しくね。吉備津さん」
「宜しくお願いします。小碓先輩。アタシの事は『香織』で良いですよ」
恐らく澪の恋人(?)三人娘の中では最も快活で、リーダー格と思われる吉備津さん……香織は微笑みながら俺に言った。
「分かった香織……。って呼んで良いかな?」
「嬉しいです武先輩!」
香織もさり気なく小碓先輩ではなく武先輩と俺を呼んでいたが悪い気はしない。
「じゃあ、早速始めようか?」
「ハイ! では行きます!」
香織は伝統派空手の使い手なので、構えも突きも蹴りもキックボクシングとはかなり異なる。
香織は爪先を内側に向け、軽く膝を曲げた姿勢から、胸ぐらいの高さに腕を構え、左手をミットに向けるように前に突き出し、右手は胸の辺りに構えている。
俺が香織の拳の構えに合わせ、対角線上にミットを構えると、まず、香織は前足を踏み込みながら刻み突き、ボクシングで言うジャブでキックミットを打つと、後ろ足を引き付け、前足を踏み込みながら右腕を引き、逆突き、ボクシングで言う右ストレートを打ち、後ろ足を引きながら右腕を引き、前足を踏み込みながら再度刻み突きを打った。
俺も最初に覚えたワンツースリーのコンビネーションの空手バージョンだ。
刻み突きがメインという事もあるが、とにかく突きが早い。
次は軸足を移動させず、前足のみ出入りさせて逆突きのミット打ちを行う。
伝統派空手の逆突きはカウンター的な要素が強く、真っすぐに踏み込まず斜め前に身体を開きながら打つのがコツらしい。
「良いね! 良い感じだよ!」
「ハイ! ありがとうございます!」
褒めると、香織は素直に喜んでくれた。
この様な感じで突きのミット打ちを行い、突きが終わると次は中段前蹴りのミット打ちだ。
「アタシ。蹴りの方が自信あるんですよ」
へぇ。突きも結構良い感じだったけれど蹴りは更に得意という事か。
「そうなんだ。俺と逆だね」
「武先輩のパンチ凄いですからね。動画観ましたけど、あのワンツーって伝統派空手の経験あるんですか?」
どうやら吾妻さんと同じように俺の動画を観ていたらしい。
彼女が言うのは岡本忠男にクリーンヒットさせた距離が延びるワンツーの事か。
右ストレートの打ち方が伝統派空手の追い突きとか順突きと言われる突きの打ち方と共通点があるが、他の格闘技ではあまり使われていないパンチだ。
「いや。空手は小学の時、すぐに止めちゃったんだよね……格闘技歴は一ヶ月程だよ」
「ええっ! たった一ヶ月の格闘技経験であんなハードパンチ打てたんですか? 凄いですよぉ!」
香織は俺の手を両手で握り、俺を褒めだした。
「凄いですね……アタシより少し身長が大きいぐらいで、こんなに可愛くて強いなんて……まるでカズ君みたい。澪ちゃんが惚れる訳ですよぉ」
何故女子であるカズ君こと吾妻香月さんと比較されるのか良く分からないけれど、この子も澪と同じくバイセクシャルなのかも知れない。
そんな事を考えていると、麗衣の訝しむ様な視線がこちらに向けられたので話を打ち切る事にした。
「ええっとお……話はまた次の機会にして、今度は蹴りを見せてよ」
「ハイ! では中段蹴り行きます!」
俺はミットを持って中腰に低く構え、斜めに持つと、香織は俺に対して横を向いて半身になって構える。
香織は軸足を引き付け、踵を着地させるとミット目掛けて足を振り抜いた。
ミットを蹴った瞬間腰を切り、素早く蹴り足を戻すとすぐに蹴り足を着地させ、次の蹴りを放つ。
蹴りを打つ時、無意識に腕を引いてしまうものだが、香織は腕を残し、素早い蹴りを連打していた。
空手の蹴りというとキックボクシングよりも軽いものを想像していたが、香織の蹴りはスレンダーな見かけによらず中々重い。
無論、麗衣の蹴りのスピードや威力には劣るが、経験が浅いジムの入門クラスの男子の蹴りよりはずっと早く、重い蹴りに感じた。
「どうですか? アタシの蹴りは?」
額の汗を少し捲った半袖で拭いながら香織は聞いてきた。
袖の奥から腋が少し覗いてエロいよという感想はとにかく、真面目に答えた。
「凄く早くてビックリしたよ。それに蹴りも思った以上に重たいよ」
「ありがとうございます! 蹴った後に体重を乗せて押し込む様にして蹴ると強い蹴りになるんですよぉ~」
フォロースルーを効かせた蹴りとでも表現するべきだろうか?
そして、ムエタイの蹴りの様に打った後の軸足の踵がこちらを向いているのは、軸足の爪先を回転させる事で爪先から脚の踵分距離の出る上に強い蹴りを打っているのだ。
「でも、こんな強い蹴りだと寸止めは出来ないんじゃないの?」
「中段蹴りは当てても良いルールなので強い蹴りを打っても良いんですよ。じゃないと相手が止まりませんしね」
伝統空手の教科書通りであれば、蹴りだし三分、引き七分の割合でスナップを効かせるのだが、蹴り足を引いてしまうと相手の突進を止める事が出来ない。
離れた距離から突進してくる伝統派空手の試合で、蹴り足を引いてしまうと相手の推進力を弱めるのは難しい。
だが、香織の言うように押し込む様に蹴る事により、キックボクシングの前蹴り(ストッピング)と同じで相手の突進を止める事が出来る上に、更に突きなど次への攻撃にも繋げやすそうだ。
「あと、速さだけならもう少し上げる方法があるので、そっちもやって見せますね」
「うん。見せてくれ」
香織は重心を軸足に残したまま前足を蹴る動作に入ると前足をさらに上げ、軸足を引きつけながらミットを蹴ると、蹴り足をすぐに戻し、戻した反動を利用して腰を切りながら素早く蹴った。
教科書通りであれば、先ずは軸足を寄せてそれから蹴り足で蹴るというツーモーションで行うが、香織の蹴りは寄せ足と蹴りを同時に行いワンモーションの蹴りの為、普通に蹴るよりも早い。
「凄く早いね! これなら少なくても格闘技やっていない男子は防げないと思うよ!」
正直、俺もこの蹴りを防いだり躱せる自信がない。
恐らく伝統派空手のスピードは立ち技系格闘技の中でもトップクラスだから当然といえば当然だが、年下の小さな美少女がこんなにも強そうなことに衝撃を受けた。
「ありがとうございます! 今度はアタシが一番得意な上段裏廻し蹴りをみて下さい!」
「ああ。分かったよ」
「ハンドミットはないみたいなので、後ろ足を振り抜くので必ず避けて下さいね」
ハンドミットとはハイキックなど高い打点の蹴りを練習する際に使用する片手で握って持つローストチキンの様な形状のミットで、主に空手の練習時に使われるが、キックではあまり使われていないような気がする。
「受けるんじゃなくて、当たる寸前で躱せばいいんだね。分かったよ」
俺はキックミットを外すと、香織が蹴りを打ちやすいように構えを取って見せた。
「じゃあ行きますね」
香織は横向きで俺に接近すると蹴り足を俺の頭部の高さまで真っすぐ上げて、頭部を巻き込む様に蹴り足を放ってきた。
避けられるように少しスローに打ってくれたようだが、その気遣いは香織の蹴りがじっくり見れるようになってしまい、却って惨事の原因となった。
香織の引き締まった脚の付け根、太腿、お尻の形がくっきりとしたブルマ姿に目を奪われた。
そして、伸ばし切った太腿の付け根から覗くブルマの裾から僅かにはみ出た白い布地に目が釘付けになる。
もしかして、あれが、いにしえの絶景と言われたハミパ……
バコっ!
昭和期の思春期の少年達が一体どういった思いでこの絶景を眺めていたのか理解しかけたその刹那、俺の意識は令和の時代からも引き離された。
蹴り足がモロに側頭部に入り、俺は無様にも自分より小さな女の子に踏み倒される様な形で地面に突っ伏した。
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