第90話 新メンバーが加わりました(大伴静江:フルコンタクト空手)

「静江ちゃん! 大丈夫!」


 香織は倒れた大伴さんに声を掛けると、全員の心配そうな視線の中、大伴さんの目には意識の光が灯った。


「あ……れ……わたし……どうしたのかなぁ?」


 大伴さんはパチパチとまたたくと、元の舌たらずの口調に戻り、辺りを見回した。


 さっきまでの大伴さんとの態度の違いに俺達高校生チームは戸惑っていると、澪が大伴さんに声を掛けた。


「静江は麗衣サンと組手やっていて途中まで良い勝負してたんだぜ」


「えええっ! じゃあ、もしかして、スイッチ入っちゃってたのかなぁ?」


「あ……うん。あと、結構失礼な事も言っていたけれど、その調子じゃ覚えてないよね?」


 吾妻さんが困ったような顔で大伴さんに告げると、大伴さんはさあっと顔が青褪めた。


 失礼な事って、確かに「クソビッチ」とか「死ねや!」とか叫んでいたな……。


 大伴さんはマットレスに頭を擦り付けると必死に謝り始めた。


「あわわわっ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」


 あまりにも必死に謝りだすので、落差に驚いていたが麗衣は大伴さんの頭を撫でてやった。


「気にすんなよ。試合だったらアレは褒められたモンじゃねーけど、喧嘩の時はあの位の気概が無きゃな。それに、お前がこんなに強いって事が分かっただけでも本気出してもらって良かったぜ」


「ほっ……本当ですか? その……許してもらえますか?」


 大伴さんが恐る恐る頭を上げると、麗衣は手を差し伸べながら言った。


「許すも何も、寧ろ、こっちから仲間になってくれってお願いして良いか? 静江?」


「はっ……ハイっ! ありがとうございます!」


 大伴さんは俺達の方を向いて言った。


「み……皆さんもわたしのことを静江と呼んでください。よろしくお願いします!」


 俺達は一斉に拍手で歓迎した。


 こうして、澪が連れてきた中学生チームから先ずは一人。


 大伴静江さん……静江が麗の新しいメンバーに加わった。



                 🥊



「やっぱり麗衣先輩は凄いですね。アタシ達の中で一番パワーがある静江ちゃんを力でねじ伏せちゃうんですから。一体あの細い体の何処にそんな力があるんですかね?」


 香織は俺に聞いてきた。


「俺もよく分からないけれど、練習量が凄いし経験もあるからじゃないかな?」


 麗衣が強いのは今更驚かないけれど、静江の強さには驚いていたが、当の静江の気持ちは俺達とは違うものだった。


「わっ……わたしは自分の土俵でも敵わなかったんですね。……わたしって弱いかもです」


 静江ががっくりと項垂れていると、麗衣が静江の頭を撫でながら慰めた。


「弱くなんかねーよ。スゲーパンチで心が何回も折れそうになったぜ。あたしが中坊の時より全然つえーって。だから自信持てよ。な?」


 麗衣が優しく微笑むと静江は頬を赤らめていた。


 また麗衣に惚れた女が増えたか……。


 そんな静江の様子を微笑ましく見守っていた香織は不意に気合を入れるように両手で自分の頬を叩き、表情を引き締めると麗衣に言った。


「次はアタシがテストをして貰って良いですか? 組手はどなたにして貰えるでしょうか?」


 香織がそう言うと「じゃああたしが」と麗衣が言いかけるのを遮って、勝子が香織の前に立った。


「貴女のテストは私がやるよ」


「オイオイ勝子。リーダーのあたしが力を測らなきゃ意味ないだろ?」


 麗衣は不満を漏らすと勝子は麗衣に反論した。


「麗衣ちゃん、さっきの組手で大分ダメージ受けて回復してないでしょ? そんなコンディションで伝統派空手のスピードに太刀打ち出来ると思う?」


「うっ……まぁ、無様にボコられて終わりだろうな」


「ベストコンディションじゃないと正しい力なんて測れないでしょ? だからここは私に任せて、麗衣ちゃんは審判をやっていて」


 普段は「麗衣の命令には絶対服従だよ。麗衣ちゃんに服を脱げと言われたら教室でも全裸になる自信があるよ」と言って憚らない勝子だが、赤銅亮磨を倒した後に赤銅鍾磨と引き続き戦おうとするのを止めたり、麗衣が致命傷にならないタイミングでストップを掛けるのは躊躇わないようだ。


「分かったよ。香織の相手はお前に任せるぜ」


「ありがとう麗衣ちゃん。私があの子が使い物になるか見極めるからね」


「あたしみたいに本気だして怪我させたりするなよ」


「それは保証できないね。鼻伸ばしていた下僕君との練習を少し見ていたけれど、あの子相当強いよ。それにノンコンタクトルールの空手は久しぶりだから力加減できないと思う」


 サラッと怖い事を言う勝子だが、香織は寧ろ喜んでいた。


「麗最強の誉れ高い勝子先輩にお相手して頂けるなんて光栄です! ルール無しならアタシなんか秒殺でしょうね」


「まぁ、ルール無しでも貴女のスピードを相手にして秒殺は流石に無理だよ」


「お世辞でもありがとうございます。でも、ノンコンタクトのルールでしたら勝っちゃっても良いですか?」


 香織の挑発的な台詞に周囲の空気が凍り付く。


 この子、もしかして勝子の恐ろしさが分かっていないのか?


 今この場で勝子に香織が殴り倒されはしないか、ひやひやしていたが、勝子の答えは意外な物だった。


「良いわよ。寧ろ、ちゃんとした空手の練習を二年も前に辞めている私に勝てないようじゃ、心細いぐらいだしね」


 勝子は特に表情も変えずに拳サポーターを嵌めて言った。


「麗衣ちゃんと同じで私も拳サポーターは久しぶりだよ。じゃあ香織。ルール決めようか?」


 勝子は香織とルールの打ち合わせを始めた。



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