第24話 周佐勝子VS赤銅鍾磨(2)魔王の鉄槌

 鼻血をボタボタと流しながら、何とか鍾磨は立ち上がった。


「てっ……テメー。ボクシングじゃねーのかよ? 騙しやがったな!」


 鍾磨は騙されたと思い、怒りの表情を浮かべる。


「騙したって、人聞きが悪いこと言うなぁ……これ喧嘩だから何もボクシングやっているからってボクシングだけ使わなきゃいけないなんてルール無いでしょ? だったら貴方も顔面突き使ったら空手フルコンじゃない。騙したのかって文句言われたら受け入れるの?」


「ぬうっ……」


 勝子の言う事は最もであり、鍾磨は反論する言葉を失った。


「それとね、私も一応、空手の経験あるから。だからね、貴方が段とってない理由が警察に届けないといけないからって嘘だって知っているからね」


 勝子の言葉でギャラリーはざわつき始め、鍾磨は青褪めた表情になった。


「段取ったら警察に届ける必要があるなんて嘘。どうせ昔の漫画に載っていたか、人伝に聞いた都市伝説でしょ?」


 そういえば俺も何かで黒帯をとったら警察に届け出ないと駄目だと聞いた事があるが、あれはデマだったのか?


「だって、私、一応黒帯だけど警察に届け出ろなんて話聞いたことないもん」


 勝子の台詞を聞き、ギャラリーのざわめきは一層激しいものになった。


「オイ……まじかよ。何時も親衛隊長に聞かされていた話ってフカシだったのか?」

「いや、あの女が嘘ついている可能性があるよな……」

「でも、動きといい、蹴りといい、あの女が黒帯だって本当っぽいよなぁ?」

「……となると、やっぱり鍾磨さんが嘘ついているのか?」


 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバーが鍾磨に対して不信感を抱いていると、一人の男が大きな声を出した。


「おい! ネットで調べてみたら、どうやら都市伝説らしいぜ!」


 どうやら不信に思ったメンバーの一人がスマホで検索した様だ。

 あーあ。仲間の癖に、この空気で止め刺しちゃうか。

 俺は少しだけ鍾磨の事を同情した。


「どう言う事だよ! 親衛隊長! 嘘だったって言うのか?」

「仲間の俺らに嘘ついてたんかよ……」

「嘘くせーとは思っていたけど、どうして俺らを騙していた理由説明しろよ!」


 鍾磨は口々に非難され、鍾磨は逆切れした。


「ガタガタ騒ぐな! 茶帯だからってこの中で俺より強い奴が居るのか? 試したかったらいつでも相手になるぜ! それに俺は顔面なしのフルコンルールなんざ真面目にやる気はねぇから段とってねーだけなんだよ! 分かったらその口閉じていろ!」


 短気な亮磨のストッパーとして、比較的冷静に見えた鍾磨だが嘘をばらされて本性を現したようだ。

 ギャラリーは鍾磨の一括でシンと静まり返るが、微妙な雰囲気は隠しようがなく、メンバーの顔を見れば誰もが鍾磨に対する不信感を抱いているのは一目瞭然だった。


「格好悪いねぇ。貴方って大方、ピンチを美化して大袈裟に誇張して話して武勇伝にしちゃうタイプでしょ? そんなの自分だけ気持ちよくなっても、周りから陰口叩かれて良く思われていないって事ぐらい知っておいた方が良いよ♪」


 あれか、後輩や部下など目下の人間に過去の武勇伝を語ると嫌われるってやつか。

 いい歳の芸能人の過去の悪さ自慢をしている番組など見ると気分が悪くなるが、何処まで真実か分からないし、誇張を証明する術も限られている。

 そもそも正常な神経があれば、恥じるべき過去をやたらと語るべきではないと思うのだが。

 まぁ目の前の暴走族は自らを恥ずべき正常さが無いから暴走族などやっているのだろうが。


「うっ……ウルセー! 俺は武勇伝で嘘なんかついた事ねーよ!」


 あ、図星だったか。

 恐らく勝子としては適当にカマをかけただけだろうに。

 この人、亮磨より単純かも知れない。


「ハイハイ。ぜーんぶ貴方の言う事は信じますよ。都市伝説君♪ そんな貴方にビッグチャンス!」


 ぬっ、と勝子は都市伝説君こと鍾磨に音も無く近づく。

 勝子はあと半歩で鍾磨のパンチが届く距離に接近し、両手を下げ、上体を脱力し、体を正面に向けた。


「これから私はボクシング以外一切使わないのと、1分あげるから自由に攻撃していいよ♪ それまで私から一切反撃しないから」


 これってボクシングの試合でたまにあるノーガードで挑発する奴か。

 それにしても1分間反撃までしないとは徹底している。


「姫野せんぱーい。という訳で今から1分計って貰えません?」


 勝子は気安く姫野先輩に頼み、姫野先輩は呆れ気味に答えた。


「そんな事しないで本気でやればいいのに……これじゃあ麗衣君の事言えないよ?」


「いや~麗衣ちゃんと違ってちゃんとファーストコンタクトで実力差を測っていますから大丈夫ですよ!」


「……」


 勝子の言葉を受けてか、俺の隣で麗衣は物凄く渋い顔で黙り込んでいた。


「仕方ないね……スマホのストップウォッチ使うからちょっと待って……」


「舐めやがって!」


 姫野先輩がスマホのストップウォッチを準備する前に、鍾磨は勝子の顔面に向け正拳を突く。


「なっ!」


 だが、勝子はダッキングで頭を下げ、髪が触れる程ギリギリの距離で正拳をかわした。


「ふうっ。危ない危ない」


 勝子は可愛らしく唇を尖らせながら言った。


「もー都市伝説君は気が早いんだから♪ せんぱーい。お願いしま~す」


「準備OK。よーいスタート!」


 姫野先輩はストップウォッチのアプリを起動して勝子に開始を伝えた。


「くそっ……」


 鍾磨は正拳突き、逆突き、鉤突き、追い突き等、次々と拳を振るう。

 勝子は前傾姿勢でベルトラインまで頭を下げ、ボディを隠す事により攻撃の的を顔に絞らせ、頭を絶えず動かしながら、ダッキング、ウィービング、スウェーで全ての攻撃をひょいひょいとかわした。


「す……凄い」


 ディフェンスマスター。

 軽量級でもKO率が高い試合が増えた現代のボクシング界ではすっかり見なくなったタイプだが、ある意味ハードパンチャー以上に見ごたえがあるボクシングを魅せてくれる。

 ディフェンスが得意なボクサーが防御に徹した時、並みのスキルでは到底パンチを当てる事など出来ない。

 だが、それはあくまでもボクシングのルール内の話だ。


「くそ……ならば、これならどうだ!」


 パンチが届かないのならば、蹴りで下半身、あるいは胴を狙うと考えるのは必然であろう。


 何らかの蹴りを打とうと鍾磨は膝を上げる

 すると、勝子は蹴りを打つよりも前に鍾磨の斜め前にステップインしながら、右ストレートを内股に打ち込んだ。


「ぐあっ!!!」


 鍾磨は内股を打ち抜かれ、バランスを崩し倒れた。


「テっンメー! まだ1分経ってねーだろ!!!」


 鍾磨が吠えると、勝子はニコニコと例の黒い笑みを浮かべながら言った。


「姫野せんぱーい♪ もう1分過ぎてますよね?」


「あーもう1分過ぎていたよ。言い忘れていてごめーんごめーん」


 ワザとらしい棒読みのような口調で姫野先輩は答えた。

 絶対1分過ぎてないだろ……。

 まぁ合図の前に鍾磨はかかって来たから人の事は言えない気がするし、所詮は喧嘩中の相手の口約束を信じる方がどうかと思うが。


「さてと、じゃあ良い具合に都市伝説君の心が折れてきただろーから、そろそろ死んでくださいね♪」


 勝子が防御に徹すれば攻撃は全く当てられず、頼みの綱であるボクサー殺しのローキックですら勝子には全く通用しないのだ。

 確かに鍾磨の心は折れかけているだろう。

 両腕を下げていた先程までとは対照的に、両腕を掲げガードを固めた所謂いわゆる亀ガード状態に勝子はなった。


「あれが本来の勝子のスタイルだ。次で決まるぜ」


 若干興奮気味に麗衣が言った。


「え、ボクサー型じゃなくてファイター型なの?」


 ボクシングにおいて、ボクサー型とはアウトボクシングを得意とするタイプで、ファイター型とはインファイトを得意とするタイプの事である。

 先程のスピードやディフェンス能力から、勝子はボクサー型かと思っていたけれど違うのか?


「勝子は小柄だからファイター型の方が向いているんだ。それに勝子のディフェンスは超一流だけど、攻撃は超一流を突き抜けたレベルなんだよ」


「そんなに凄いの?」


「勝子は中坊の時、ファイタースタイルで全日本アンダージュニア女子ボクシング・45キロ級に出場して優勝した経験があるんだよ」


「え?」


 全日本アンダージュニアって中学生以下ではボクシング最高峰の大会じゃなかったっけ?

 それって、将来のオリンピック出場候補レベルじゃ?

 本当だとしたらプロとは言え四回戦に過ぎない亮磨とは格が違いすぎる。

 というか、なんでこんなところで喧嘩なんかしているんだ?

 ある意味、麗衣以上に色々と謎の多い娘だった。


「論よりは証拠だ。目を離すなよ。次で決めるぜ」


 ウィービングし、頭を振りながら勝子は鍾磨に接近した。


「舐めんな!」


 鍾磨は左回し蹴りを勝子のガードの上に叩き込む。

 ガードの上とは言え、初めて鍾磨の攻撃が勝子に触れた。

 だが、勝子は蹴りの軌道でガード毎体を捩り、ダメージを殺した。


 スリッピングアウェーというパンチと同じ方向に顔を反らしダメージを殺す高度テクニックがあるが、あれのボディガードバージョンとでも言うべきだろうか?

 WBA世界ライトフライ級王者・京口紘人選手がボディフックをガードする時に行うテクニックに似ている。

 最小限にダメージを殺し、更に、左へ体をねじる事によりタメが生まれた。


「ハイ! 死んでください♪」


 少女の皮を被った死神は宣告すると鍾磨の懐に入り、顔一つ分ずらして前側に体重移動する。

 左腕を曲げ、タメの反動を利用し腰を回転させ、鍾磨の腰の下側からパンチを放つ。


「ぐぶっ!」


 勝子の左リバーブローは肝臓部に突き刺さり、信じがたい事に恐らく二十キロは上回る身体が浮き上がる。

 鍾磨はまるで睾丸を殴られたかのような青ざめた表情になった。

 だが、鍾磨にとっての真の地獄はここからであった。


 右拳をフックの様に肩に拳を掲げ、鍾磨の潰れた蛙のような顔に向けて振りぬいた。



 オーバーハンドライト



 右ストレートと同じ体重移動で打つが、山なりに打ち降ろされるように放たれるパンチの軌道が異なる。

 フックとストレートの間といえば聞こえはいいが、喧嘩パンチのようなモーションの大きいパンチであり、単発では見抜かれやすいパンチである。

 だが、コンビネーションやフェイントを織り交ぜれば相手に当てる事も可能であり、大抵不意に喰らうので、その威力は凄まじい。

 恐らくボクサーにとって左フックと並び、最強の威力を持つパンチの一つであろう。

 また、長身の相手にも有効なパンチであり、小柄な勝子にはうってつけであった。


 胴へのダメージで意識が下に向いた鍾磨の顔面に勝子のパンチが減り込む。


 これはかつて、元WBC世界スーパーフライ級王者・川嶋勝重氏が初回KOで世界王者になった試合を含め、対戦相手から多くのダウンを奪ったボディブローからオーバーハンドライトの必殺コンビネーションだった。


 オープンフィンガーグローブは裸拳に近い拳の威力を伝え、鍾磨の鼻を文字通り陥没させ、上下前歯をへし折る。


 それでもフォロースルーが止まらぬ勝子の拳は鍾磨の両足を宙に舞わせた。


 顔面を破壊され、華々しく複数の前歯と鼻血を撒き散らした鍾磨の体は暫しの空中遊泳の後、受け身を取る意識すら無く、激しく地面に叩きつけられた。


 この時の様子は後に不良達の間で畏怖と恐怖を持って語られ、勝子はこのような異名で呼ばれる事になる。


 『魔王サタンズ・鉄槌ハンマー


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