第23話 周佐勝子VS赤銅鍾磨(1)ボクシングじゃない?

 麗衣が姫野先輩から治療を受けている間、周佐勝子すさしょうこ鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの親衛隊長・赤銅鍾磨あかがねしょうまと相対していた。


うるはのリーダーはリタイアか……まぁ、結果的には亮磨が、最低限の仕事はこなしたという事だな。で、お嬢ちゃん。まさか、お前が俺の相手をするのか?」


 チェックの為、オープンフィンガーグローブを勝子から渡され、鍾磨は若干戸惑い気味に尋ねた。


「うん。貴方の相手はこの私がしてあげるから。覚悟してね♪」


「……何かの冗談じゃないか? 一応聞いておくが、素人が興味本位で喧嘩したいとか、お宅のリーダーが亮磨に勝ったから自分も何となく勝てそうとか、そんな事を考えているんじゃないだろうな?」


 オープンフィンガーグローブの柔らかさを確認しながら鍾磨は尋ねた。

 見るからにヤンキーで口の悪い麗衣と違って、少し小動物的な可愛さを感じさせる以外は普通を絵に描いたようなこの二つおさげの少女とタイマンするのは流石に気が引けるようだ。


「あっ。もしかして私が使と思っているの? 大丈夫。私もボクシングを使から」


「フン。ボクシング……ねぇ」


 鍾磨は自分よりは20センチ近く背の低い勝子を見下ろし鼻で笑った。

 鍾磨が馬鹿にするのも無理がない。

 アマチュア女子ボクシングで言う最軽量級のピン級(46キロ以下)程度の体格しかない女子がボクシングをやっているからと言って、体格で上回り使男子相手に喧嘩で敵うはずが無い。

 大方ボクシングをかじり、少しばかりの経験を得て自信をつけたから男子にも負けないと勘違いしているのであろうと高を括っていても不思議ではない。


「あと、お兄さん。私は自分も何となく勝てそうなんて少しも思っていないよ」


「そうだよな。お嬢ちゃんがせいぜい出来そうなのは少しでも俺にダメージを与えて、あとはあの少しは体格が良い女に代わってもらうってところだろ?」


 鍾磨の考えでは、勝子は少しでも自分を消耗させる為の繋ぎで、本命は女子としては長身の姫野先輩と思っているようだ。

 だが、次の梢子の台詞で鍾磨の表情は凍り付いた。


「え? 変なこと言うなぁ。私が麗衣ちゃんの敵である貴方をぶちのめすのを姫野先輩に譲るとでも思うの? 貴方はね、この後何か月かは病院のベッドで過ごすことになるんだから♪」


 それって、って言いたいのか?

 口達者な麗衣以上に恐ろしい事をさりげなく言っているよな……

 その様子を見て姫野先輩は至って真面目な表情でぼそりと呟いた。


「マズイね……彼は死んだね」


「え? 勝子ってそんなにヤバイんですか?」


「まぁ麗衣君があそこまでやられなければあるいは無事だったかもしれないけど……相当溜まっていたみたいだね……」


「なんつーか……幾ら珍走相手とは言えダチの殺しは見たくねーんだけどな……はぁ~だから、あたしが一人で何とかしようと思っていたんだけどな……」


 麗衣までそんな事を言う。

 勝子の心配ではなく、敵の心配をするってどんだけだよ???

 こんなやり取りをしているとはいざ知らず、鍾磨はオープンフィンガーグローブのチェックを終え、勝子に返した。


「特に問題は無い。使えばいい。……だが、俺の事を随分と舐めてくれたな。後悔するぞ?」


 どうみても喧嘩とは無縁な普通の少女にしか見えない勝子にコケにされ、鍾磨も冷静さを失いつつあるようだ。


「予め言っておくが俺は空手を使う。茶帯だがワザと段を取っていないんだぜ?」


「ふーん……にねぇ……。で? それがどうしたの?」


 オープンフィンガーグローブを手に付けながら勝子は平然と言った。

 鍾磨の台詞を聞いた時、勝子の目が少し嘲笑の色が浮かんだように見えたのは気のせいだろうか?

 空手と聞いても全く臆する様子も無い勝子を見て、鍾磨は苛立ちを隠さずに言った。


「分からないか? お前のボクシングがどの程度のものか知らないが、握りしめたナックルのパンチしか使えない、ガチガチのルールと階級制で守られている欠落格闘技だろ?」


「制限されているからこそ、他の競技にはない高度なテクニックがあるのだけれどね。それはとにかく、半端な茶帯君がよくも他の競技を馬鹿にできるよね?」


「言ってくれるじゃねぇか……なら見せて貰おうじゃねーか」


 鍾磨は左足を前に、腰を落とした状態で脇を軽くしめ両手を顎のあたりに上げた。

 構え的には麗衣と亮磨の間位のスタンスだ。


「ふーん。フルコン(タクト空手)かな? そっちもパンチを顔面打てないって意味じゃ欠落格闘技じゃないの?」


 オープンフィンガーグローブの装着が終わり、拳を握り具合を確かめながら勝子は言った。


「確かに試合のルールじゃあ顔面突けない事になっているけどな。生憎これは試合じゃない。女だろうが遠慮なく打たせて貰うぜ」


「ふーん。貴方の攻撃が当たれば良いね♪ じゃあ、始めよっか!」


 まるで幼い子供が遊戯でも始めるかのような調子で開始を宣言すると、勝子は一足飛びで鍾磨の懐に飛び込んだ。

 速い!

 まるで燕のようなスピードだった。


「何!」


 勝子の余りもの速さに仰天したのか、鍾磨は勝子の動きに反応出来なかった。

 左手の肩を回し腕を伸ばし左のジャブ、というよりは殆どストレートの様な勢いでパンチが放たれ、鍾磨の顔面を捉える。

 顔面攻撃に慣れない為か?

 あるいは勝子の見かけによらず、想像以上にパンチが重いのか?

 鍾磨の首は只の一撃で大きく傾き、ぐらついていた。


「この!」


 鍾磨は打ち返そうとするが、振り上げた拳の勢いを止めざるを得なかった。

 既に勝子はバックステップで蹴りも届かぬ間合いに逃れていたのだ。


「成程。凄いスピードだな。フルコンじゃ殆どお目にかからない速さだ」


 基本的に肩より下の攻撃のみ許され、顔面への攻撃がハイキックのみ許可されているフルコンタクト空手においては必然的にスピードよりもパワーの方が重視される。

 無論、中には主に小兵の選手がスピードでかき回して蹴り主体で活躍する選手も存在するが、少数派であろう。


「でもよぉ。ボクサーの弱点はさっきお前のお仲間が晒していただろ?」


 麗衣はミドルキックで亮磨の腕を破壊しようとし、ローキック一撃で一度は亮磨を地に這わせた。

 仮に鍾磨の蹴りが麗衣に匹敵するとしたら、勝子は危ないのでは?

 そもそも、スピードは凄いが、亮磨よりも勝子が強いとはどうしても思えないのだが。

 そんな事を考えていた俺の考えを見抜いたかのように、麗衣は話しかけてきた。


「大方、あの野郎があたしより強かったらどうするのか? とか、さっきあたしがぶちのめしたDV野郎よりも勝子が強いなんて思えないとか、そんな、仕様も無い事考えているんだろ?」


 どうやらDV野郎とは赤銅亮磨あかがねりょうまの事らしい。

 本来の意味合いと微妙に違う気がするが、女を平気で殴れるから、そんなありがたくない異名を付けられてしまったようだ。


「まぁ……それはそうだけど」


「大丈夫。アイツが実力は本当に茶帯か、もしかしたらそれ以下のレベルだろうし、それよりか勝子の実力はDV野郎なんか比較にならないからな。だから、くだらねぇ心配しないで、勝子の事よく見ていな」


 勝子に対して絶大的な信頼を抱く麗衣に言われ、俺は勝子の戦いに視線を戻した。

 勝子は鍾磨の周りを縦横無尽に動き回り、鍾磨は攻めあぐねていた。

 リング内であれば、強引にロープ際に追い込み捕まえるという事も出来るかもしれないが、これは公園内での戦いであり、そんな囲いは存在しない。


「このクソが……」


 せわしなく動き回る勝子を攻撃する事もままならない為か、鍾磨は焦りの表情を隠そうとしなかった。

 恐らく、選手としてフルコンの組手や試合でも暴走族としての喧嘩でもこれほど動き回るは未経験であろう。

 絶えず動く上半身への攻撃はまず選択肢に入らないだろう。

 これだけ早く動かれると麗衣がやったようにガードの上からミドルキックで腕を破壊するという事も不可能に近い。


「でもよぉ、足を止めりゃ良いんだろ? ボクサーなんざ足を止めりゃ只の動かない的だぜ!」


 勝子の動きを追い、彼女がバックステップしたところ無理矢理距離を詰める。


「捉えた!」


 膝を上げ、爪先を半回転させ、振り下ろすように勝子の脚に向けて鉈の如き蹴りが振り下ろされる。

 すると――


 全ての聴衆が度肝を抜かされる、信じがたい光景を目にする事になった。


 勝子は左足を軸に、鍾磨の蹴りの方向に向かい前転し、鮮やかに蹴りを躱す。

 そのまま前転の勢いで回転し、真っすぐに伸ばした右足の足刀が鍾磨の顔面に叩き込まれる!

 グシャアッ

 そのまま鍾磨は踏み倒され、地面に叩きつけられた。


「どっ……胴回し回転蹴り?」


 俺がポツンと呟いたその直後。


「「「ボクシングじゃねー!」」」


 ギャラリーは一斉に吠えていた。

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