第22話 勝利と選手交代

「やった……のか?」


 俺は仰向けに倒れ、白目を向いている亮磨と空手で言う残身の構えで立ちながら亮磨を見下ろす麗衣の双方を見比べた。

 衝撃で静寂に包まれている中、姫野先輩は言った。


「勝負あり……だね。仮に立ち上がったとしても、アレじゃあもう戦うのは無理だろう。何より心は完膚なきまでにへし折られただろうしね」


 凄い……本当に麗衣は暴走族の男子、しかもグリーンボーイとはいえ、ボクサー相手に勝ったのだ。


「亮磨さん!」

「特攻隊長!」


 暫くは唖然としていた鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードのメンバー達だったが、目の前の現実をようやく認識すると、大慌てで亮磨の周りに駆け付けた。


「オイ! さっさとそのゴミを片付けろ! 次が待っているんだからよぉ!」


「ちょっと待ちたまえ!」


 麗衣は続けて鍾磨と戦うつもりであったようだが、間髪入れず姫野先輩が腕を掴んで止めた。


「んだよ姫野? 放せよ!」


「んだよじゃないよ……君はこれから応急処置をしないと駄目だ」


 姫野先輩は呆れ顔で極めてまっとうな意見を述べた。


「あ? 要らねーよ。さっさと親衛隊長とやらをぶちのめして、珍走ぶっ潰すぞ……ってイテッ!」


 興奮が収まらない麗衣の頬を勝子は水に濡れ冷えたハンカチで押さえつけた。


「麗衣ちゃ~ん。まさかまだヤルつもりなの?」


 背筋が寒くなるような笑顔で勝子は問い、麗衣は若干気圧されながら答えた。


「あっ……当たり前だろ? 勝ち抜きだし、あたしが勝ったんだから次も当然あたしがやるべきだろ?」


「うーん……でもねぇ。今日の麗衣ちゃんのボクシング観てたらとてもじゃないけれど、これ以上任せられないね♪ アレ0点だよ♪」


「うっ……あっ……アレは本調子じゃなかったんで……次は真面目にやるからよぉ……」


「良い訳なんて麗衣ちゃんらしくないなぁ~どうせジムの昇級審査のボクシングスパーリングに向けて良い練習台とかぐらいに考えて相手を舐めていたんでしょ?」


「……ハイその通りです」


 委縮した麗衣の声が段々小さくなっていく。

 本当にこの勝子って何者なんだ?


「全く……そんな事なら何時でも私に頼めばいいのに。遠慮しなくて良いんだよ?」


 え? もしかして勝子も何か使、麗衣とスパーリングできるぐらい強いって事か?


「いや……自信が根こそぎ削がれるだけだから遠慮するよ……」


 はぁ? 麗衣にそこまで言わせるってどういう事だよ???


「と・に・か・く。私は滅茶苦茶怒っているんだからね~♪。水を口につけてくれなかったから……じゃなくて、。だから次は私に任せて麗衣ちゃんは大人しく姫野先輩に治療して貰ってね♪」


 プロボクサーをあんなの呼ばわりかよ……本当にこの娘何者だよ?


「で……でもよぉ。あたしがリーダーだし責任というものもあるし、あたしが行かなきゃ……」


「ん? 何か言った?」


 勝子はこれ以上の問答は無用とばかりに、ニコニコと黒い笑みを見せながら麗衣の顔をじっと見た。


「ハイ。頑張ってください……」


 まるで嫁の尻に敷かれている旦那の様な体の麗衣には、亮磨を蹴り倒した時の威厳は少しも残っていなかった。


「うん。じゃあ行ってくるよ♪」


 麗衣は諦めたような表情で手を掲げると、勝子は麗衣の手を強くタッチした。

 勝子とすれ違い、麗衣がこちらに向かって来る。


「凄かったよ麗衣……あっ!」


 俺は麗衣を称賛しようと声をかけたその時、麗衣はまるで何かに躓いたかのように前に倒れそうになった。

 俺は慌てて両腕を広げ、麗衣を支えた。


「麗衣! 大丈夫か!」


 俺の肩に顔を乗せた麗衣は顔を上げもせず弱弱しい声で言った。


「わりぃ……実は立っているのもやっとなんだよな……」


 俺にだけ聞こえるような小声でそっと囁いた。


「なっ……そんな状態で戦っていたの?」


 もしかして姫野先輩や勝子には知られたくないのかと思い、俺は小声で聞いた。


「アドレナリンが出ていたからなんとかなったけど……確かにこんなザマじゃあ勝子は御冠おかんむりだよなぁ」


 力無く、俺の肩に寄りかかりながら麗衣は言った。

 俺に多少なりとも気を許してくれているからなのだろうか?

 こんなにも隙だらけで、こんなにも弱弱しい麗衣の姿は初めて見た。

 胸元に麗衣の乱れた吐息を感じ、俺の心臓の鼓動は自然と早くなっていた。


「ゴホン。あー、えっとーそのー、その姿を見られたら確実に勝子君が小碓君を殺してしまうよ。だから離れた方が良いと思うよ」


 姫野先輩はさりげなく冗談には聞こえない警告を発した。


「あーでもよー、コイツに寄りかかっているとスゲー楽なんだよ。このまま寝て良いか?」


「まぁ小碓君が死んでも良いなら止めはしないけど、まずは治療が終わってからにしたまえ」


 いや、止めろよ。

 やはり、この先輩も麗衣の仲間だからまともじゃないという事か?


「仕方ねぇな……」


 麗衣は腰を下ろし、胡坐をかいた。


「よしよし。良い子だね。ワセリンを出すから、ちょっと待ちたまえ」


 この人達はワセリンを普段から携行しているのか?

 やはり暴走族と喧嘩するから怪我が絶えないという事だろうか……。

 疑問はとにかく、特に麗衣の唇の出血を止めるにはワセリンによる応急処置は早く行うべきだろう。


「まぁ、次もあたしがやりたかったけど、勝子に任せときゃ大丈夫だろ」


 ここに来て俺は疑問に感じた。

 妙な迫力があるけれど、麗のメンバーでも一番小柄で一番普通っぽい勝子がそんなに強いのだろうか?


「ねぇ麗衣。次の相手は鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの親衛隊長だけど、勝子は大丈夫なのか?」


 俺の問いに麗衣は首を傾げた。


「もしかして、勝子の事を心配しているのか?」


「いや……とてもじゃないけど腕っぷしが強そうには見えないからさ……変な迫力はあるけど」


「はははははっ! やっぱりそう見えるか!」


 麗衣は何故かおかしそうに笑った。


「ちょうどいい機会だ。よく見ておけよ、あの娘はな……周佐勝子はうるは最強なんだよ!」

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