第109話 十戸武恵VS土折伊織(2)プロレスラーになれるって言われていたぐらいタフなので
「あはははっ。君、少しぐらい強いみたいだけど、こんな事向いてないよ? ……って返し蹴り喰らったら、それどころじゃないか」
股間を押さえて悶絶している私に土折さんは話しかけてきた。
返し蹴りって相手の蹴りを巴受して、返しに股間部を蹴り上げるという日本拳法の最も恐ろしい技の一つだったよね。
股間部が急所なのは実は男子も女子も同じで、金的が存在しない女性は股間を蹴られても平気だと勘違いされやすいけれど、女性の恥骨は骨盤の構造上衝撃が響きやすく、骨折もしやすい。
某有名女子サッカー選手が試合中に股間を蹴られてトイレで出血をしたとの話や人気の女子空手選手が悶絶したという話もあるらしい。
麗衣さんも中学時代、姫野先輩に返し蹴りを喰らって外陰血腫になったと以前聞いた事がある。(「魔王の鉄槌~オーバーハンドライト 最強女子ボクサー・周佐勝子の軌跡」 第22話)
「爪先入ってないかな? そしたら君、めでたく処女卒業だったけれど、ちょっと外した感じだったね。まぁでも、局所はきちんと効く様に蹴り上げたから、外陰の血管が断裂して処女喪失したみたいに血だらけになっているかもね」
他の女性にも同じ事をしていたかのように詳しい口ぶりだった。
土折さんは私の髪を掴み、蹲る私を無理矢理引っ張り上げ、私の顔を覗き込んだ。
「やっぱり良い顔するねぇ。本当に苦しそうだ♪」
そう心から嬉しそうな声で言うと、私の首に両腕を巻きつけ、一切の手加減抜きに水月に膝を突き刺した。
「うぐっ!」
「失敗失敗。これじゃあ君の苦しんでいる顔が見えないよね?」
再び私の髪を引っ張り上げると、空手の正拳突きの様に捻り突きで私の左右の胸を激しく打った。
「あうっ!」
急所である胸を打たれ、私は苦痛の声を上げた。
もしかして、女性の急所ばかり狙っているのか?
先程まではあれ程紳士的に見えた土折さんの顔は、女性を痛めつける事に快楽を覚えるサディスティックで、醜く歪んだ物に豹変していた。
「さてと、もう一発蹴り上げて股間を完全にぶっ壊しても面白いんだけど、どうしよーかな?」
「つっ……土折さん……きっ……聞きたい……事が……あるんですけど……」
私は消え入るような声で土折さんに聞いた。
「あれぇ? 君まだ喋れる元気あったの? 何? せめて優しく抱いて欲しいとかなら聞かないけど? 痛くするのは決定事項だからね♪」
私は土折さんの言う事を無視して質問した。
「あっ……貴方の……言っていた事は……全て……嘘なのでしょうか?」
「オイオイ。何言ってるの? まだ俺の事信じていたの? 全部嘘に決まっているジャン。警察庁の次長とか上級国民とか、そんなことある訳ないジャン」
「その事ではなく……麗衣さんの事を優しいと言って下さった事や……君達の強い絆は羨ましいと言って頂けた事です……」
「はぁ。そうだねぇ。正直に言えば、見捨てりゃいいのにわざわざ突っ込んでくるのは只の蛮勇っていうか馬鹿だし、絆って言うかレズっぽくて気持ち悪いと思う。まぁこっちとしては無料のソープ代わりになるから逃げないでくれてラッキーだったけれどね。あと女子を思いのままに壊すって中々出来ないからね」
「分かりました。貴方はそう言う人だったのですね。じゃあ遠慮はいりませんね?」
「はぁ? 今更何を……うぐっ!」
私は会話中の土折さんの睾丸を叩き潰すつもりで腰を入れて蹴り上げた。
「ぐわああああああっ!」
今度は土折さんが悶絶する番だった。
「騙された事は分かりましたけど……これも周りを欺くための演技の可能性もあったから好きに殴らせてあげたのですが……その可能性は無いと判断しました」
地面に這いつくばった土折さんは私に聞いてきた。
「なっ……いっ……今までわざと喰らっていたというのか? まさか……返し蹴りもか?」
「ハイ。私、見える攻撃なら大体我慢できますから。長野さん……長野賢二さんにはプロレスラーになれるって言われていたぐらいタフなので」
プロレスラーは基本的に攻撃を躱してはいけないから、他の格闘技に比べ打撃に対する耐性が強い。
「長野賢二だって? ……まさか、大東塾の長野賢二の事なの?」
「よくご存じで。私、長野さんの弟子なんですよ」
私はフルコンタクト空手の様に、長野さんに毎日私のボディを打たせて耐える訓練していた。
長野さんは物凄く嫌がっていたけれど、悪を裁く為とは言え、人を傷つけている私が代償として苦しい思いをするのは当然の事と思っていたから、鍛えるだけが目的ではなく、自罰的な意味も込めてボディを打ってもらっていた。
だから私に水月の攻撃は殆ど効かないし、女性の急所である胸を打たれても効かない。
前は膝蹴りのプロフェッショナルである麗衣さんの膝を何発も喰らい、戻してしまったけれど、幸い、土折さんの膝は麗衣さんより威力が上でも単発だったから耐える事が出来た。
鍛える事の出来ない局所への返し蹴りの衝撃だけは流石に耐えかねたけれど、土折さんに質問したりして時間稼ぎをしたおかげで、ようやくアドレナリンが分泌され一時的に痛みも和らいだように感じる。
「……そう言う事か。分かったぜ」
私の話を聞いて、土折さんの表情と口調が変わった。
彼はすっくと立ち上がり、ポケットに手を突っ込むと、二つの黒いインナーグローブを取り出した。
ボクシングの簡易バンテージと同じで、日本拳法のグローブの中に嵌めるもので、パンチを打った時の拳や手首に受ける衝撃を和らげる効果がある。
「大東塾のレジェンド、長野の弟子とあらば。是非真剣勝負を願いたい」
土折さんは両手にインナーグローブを嵌めながら、そう言った。
「こちらは初めからそのつもり何ですけれどね……」
「今までの数々の非礼は申し訳ない。ここからは
長野賢二という男は一線を退いても同世代の腕に自信がある格闘家にとって、一度は手合わせしたいブランドなのかも知れない。
その弟子である私ならば、真剣に立ち合ってみたいという気分に変わったのかも知れない。
「そうですね。心を入れ替えて下さったのならば謝罪を受け入れます。私も正々堂々と戦います」
互いに立礼をし、構える。
左中段の構えを取った土折さんはすり足、日本拳法で言う寄足で前進してくる。
まだ距離が遠い。
でも、土折さんは水月に構えられた奥手の右手で裏拳を返す。
一瞬フェイントかと思ったけれど、開かれた掌から何かを投げつけてきた。
ビシッ!
投げられた何かが私の額に直撃し、額が割れたような激痛が走る。
間髪入れず、土折さんは寄り足で前進しながら推進力を利用して右の側拳で襲い掛かって来たが―
「な……にゃ……?」
間抜けな声を上げた土折さんの顔に私の踵が減り込んでいた。
私は額に何かぶつけられても構わず、左足を踏み込み、膝を沈み込ませながら土折さんに踵を向け、軸足を素早く回転させ、エルボーを回転するように素早く上体を回し、背を向けた後、蹴り足を早く膝を伸ばしスナップを効かせた上段への後ろ廻し蹴りを放っていたのだ。
土折さんも逆突きを仕掛けてきたので強烈極まりないカウンターとなった。
結構有名な話だけれど、中部大学助教授・理学博士、吉福 康郎氏の「最強格闘技の科学」(福昌堂発行)という著書によると、キックボクシング、日本拳法、中国拳法、空手、それぞれ大学生の一流の競技者を集め、逆突き、移動突きの威力を測定したところ、意外な事に身長178センチ95キロの空手の選手や、身長185センチ75キロのキックボクサーの突きの威力を上回り、身長169センチ、65キロの一番小柄な日本拳法の競技者が最大の威力(逆突きが550キロ。移動突きが506キロ)を測定した事が書かれている。(45~48ページ)
逆突きだけでなく、移動突きも最大の威力を測定した日本拳法だったけれど、その格闘技でもトップクラスの威力の推進力がある移動突きのカウンターを蹴りで受けたのだ。
男女の性差があるとはいえ、当然ただでは済まない。
「あ……が……」
陥没した鼻と折れた前歯から華々しく血を吹き出すと、土折さんは前のめりに崩れ落ちた。
私は額から血が出ていることに気付き、足元を見ると、小さな石つぶてが血で濡れていた。
石つぶてを拾い上げ、私は土折さんに言った。
「言いましたよね。私、見えている攻撃は耐えられるんです。貴方が何かをしてくるのは分かっていましたから、何が起きても瞬きをしないように意識していました」
この程度で土折さんの事を卑怯とは言わない。
寧ろ、こんな手に頼らざるを得ない程弱い相手に苦戦した自分が反省しないといけないと思った。
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