第101話 忘れ物は何ですか?

 単純な戦力扱いにしたいと思っていた訳じゃねーけど、厄介な子を抱え込んじまったな。


 あたし……美夜受麗衣は香織が帰った後、溜息をついた。


 勿論香織の過去には同情するし、あたし個人の感情としては手伝ってやりてーが、まさか色恋沙汰の話まで持ち込んでくるとは思わなかった。


 今まではあたしと勝子と姫野の三人でやっていたから人間関係で悩むなんて事は無かった。


 だから、あたしの無茶にも付き合ってくれたし暴走族を潰す事だけ考えていればよかった。


 でも、顔が割れて、今まで見たいなゲリラ戦法が通用しなくなった今、チームの人数を増強するしかなかった。


 澪が連れて来てくれた三人は多分全員あたしが中坊の頃よりもずっと強い、スゲー奴等だった。


 だけどよぉ……格闘技、特に武道をやる奴なんて勝子や姫野みたいなストイックな奴ばっかりかと思っていたけど、考えを改めざるを得ないかな? まさかあんなに恋愛にアグレッシブな奴が居るとは思わなかったぜ。


 いや、香織の場合、過去を乗り越えるにはそうせざるを得ないと思い込んでいるんだろう。


 レイプ体験を上書きするために他の男とセックスし、それを忘れ去る。


 その白羽の矢がウチのチームで唯一の男子、武に立ったという訳か。


 いや、今は唯一の男子じゃねーか。香月もああ見えて男だったな。


 それはとにかく、そんな事が香織にとって良い事なのか?


 本当にそんな事で過去を払拭できるのか?


 そもそも香織はどこまで本気で武に好意を寄せているのか?


 あたしには恋愛といえる経験が無いからイマイチよく分からない。


 いや、……多分、昔は姫野の事が好きだったんだろうな。


 それが単なる憧れなのか、恋なのか。


 姫野からアイツのを聞かされた時は一生側にいてやっても良いと思った事は決して同情や憐れみでは無かったはずだと思う。


 あたしの事はとにかく、香織にとって何が正しいか何てあたしが判断出来る事じゃないし、香織より一年長く生きているというだけであたしから何かを言うのはおこがましい。


「まぁ……あとは武が如何するかだ」


 アイツは格闘技のスキル面で言えば著しい成長を見せている。


 恐らくボクシングスキルでは既にあたしを上回っているかもしれない。


 あたしでも素人の珍走ならパンチで倒せるし、アマチュアの試合でもグローブが厚手の16オンスグローブのパンチでKOした経験もあるから、ボクシングスキルも女子としてはそこそこやる方だと思うんだが、今のアイツとパンチのみでスパーをしたら正直勝てる気がしない。


 ホンの一ケ月前、アイツにジャブから教えてやった事が遠い過去の様だ。


 本当にスゲー奴だと思うし、そう言った意味では香織は見る目があると思う。


 でも、忘れてはならないのは武は一ヶ月前に自殺しようとしていたという事だ。


 香織と付き合うとすれば人間的な成長を見せるかもしれないが、もし失恋をした時、また自殺を考えたりしないだろうか?


 いや、流石にそれは考えすぎか……。


 どうも考えすぎちまうのは良くない癖だ。


 武と弟が被って気まぐれに武の自殺から救ってやったりしたけど、武は弟とは違うんだよな。


「まぁ、余計なお節介にならない程度に見守るしかないかな……」


 やたらと干渉せず、かと言って突き放さず。


 幸い中学生チームでは話を付けてきたらしいから、中学生チームで揉める事は無いだろう。


 高校生チームではまぁ、恵は恋愛に興味なさそうだし、姫野はのせいで男子を好きになる事は無い。


 問題が起きる可能性があるとすれば勝子だ。


 アイツは気付いてないかも知れないけれど、中坊の頃からずっと見ていて勝子が武以上に親しくしている男子は見た事が無いし、勝子のあんな安らいだ顔、あたしにだって滅多に見せた事が無い。


 なのに武と恵が付き合いだしたら勝子はどういう態度を取るだろうか?


 まぁ、内部分裂なんて事は起きないと思うが、最悪どちらかが麗を抜けるとかはありうるよな……。


「あーやめだ! やめだ!」


 こんな事を考えていたあたしって本当に嫌な奴だよな。


 あるかないか分からない未来の事何か考えても仕方ないだろ。


 勝子には悪いが、仮に勝子が武に好意を寄せていたとしても香織と武が付き合う事になればそれを邪魔する事は出来ない。


 それに香織が武と付き合いたい意志を告げてきたのは香織なりの気遣いだ。


 もし、高校生チームで武に気がある奴が居ればさっさと武に好意を伝えろという譲歩だろう。


 この事を勝子に伝えるべきだろうか……。


「んっ……」


 そんな事を考えていると、中学チームが着替えていた辺りに一枚の紺色の布地が落ちていることに気付いた。


「アレは何だ?」


 あたしが拾い上げて、広げてみると、それは紺色のブルマだった。

 この光景。もし男子がやったらまごう事の無い変態だよな。


「オイオイ、一体誰がこんなもん忘れて行ったんだよ……」


 中学チーム全員の連絡先は既に聞いていた。


 メールかSNSで知らせようかと思ったが、こんな事を文字で知らせるのは如何かと思い、電話を掛ける事にしたが、一体誰のだろう?


「サイズは澪や静江のだと小さいよな? 香織のだとすれば少し大きそうだけど……」


 澪は身長170センチ近くあるからヒップのサイズもそれなりにあるだろうし、静江は胸も尻もデカい安産型なのでもっと大きくないと履けないはず。

 逆にスレンダーな香織には大きそうだ。


 まさか香月のって事は無いよな?

 アイツはスパッツ履いていたもんな……というかそもそも男だし。


 結局、今回ブルマを履くことを提案したという香織に聞くのが早道だと思い、電話を掛ける事にした。


「ハイ……吉備津です。美夜受先輩ですか?」


 社会人の如く、コールが3回鳴る前に香織は電話に出た。


「遅くに悪いな。美夜受だけど」


「わざわざ電話して下さってありがとうございます! あと先程は夜分遅くにお伺いして申し訳ありませんでした!」


 香織が電話越しに頭を下げている光景が目に浮かんだ。

 電話をしただけなのに大袈裟な奴だな。


「そんなに改まんじゃねーよ。それよりか、お前等の中でブルマ忘れて行ったヤツ居ねーか?」


「え? 麗衣先輩のおうちにブルマを忘れて行った子が居ないかって事ですか?」


「まぁそうだ。だけど、見た感じ、お前等の中でサイズが合いそうな奴はいなそうだったけど……」


「ああっ! 思い出しました! もしかしてそれ、カズ君に履いて貰おうかと準備した奴ですね!」


 あたしは頭が痛くなりそうな気分になった。


「流石に色々はみ出して履かせらんねーだろ……」


 この子。強さだけで判断してチームに加えるのは間違えだっただろうか?


 いや、それでも3人組の中ではリーダー格で信頼されているようだから、そう判断するのはまだ早すぎるか。


「でもカズ君のブルマだったら見たいと思いませんかあっ!」


「うーん……まぁ一寸はな。でも、超絶美少女かと思い込まされて、はみ出していたら、武じゃなくてもダメージデカいぜ」


「あははははっ! 確かにそうかも知れませんね」


 さっきの武の様子を思い出し、思わず笑いがこみ上げた。


「で、これってお前が準備したブルマって事だな?」


「ハイ。そうです」


「じゃあ預かっておくから、今度取りに来い」


 すると香織は意外な返事をしてきた。


「いえ。誰も使ってないから綺麗ですし、それは御近づきの印に麗衣先輩に差し上げます」


 そんな御近づきの印が一体世の中の何処にあるんだ!


「はぁ? 要らねーんだけど?」


「まぁまぁ。動きやすいですし練習する時にお勧めですよ」


「アホ! 武の前でそんな恰好出来るか!」


「アタシは武先輩にだったら見られても平気ですけどねぇ。じゃあ一人の時なら良いんじゃないですか?」


「要らねーよ! とにかく今度取りに来い! じゃーな!」


 あたしは話をさっさと切り上げて、スマホをマットレスの上に放り投げた。


「ったく……アホじゃねーか? こんなハズイもの着て練習なんか出来っかよ……」


 とはいえ、香織動きやすそうにしていたよな……。

 あのスピードは目を見張ったし、ブルマ履いていた影響もあるのかな?


 あたしは手にしたブルマのサイズを確認した。


「少し小さいサイズだけど履けそうだな……洗って返せばいいか」


 練習で疲れてはいるが、一度思い立つと試さずには居られなかった。



 ◇



 あたしはシャツとブルマ姿になった。


 昭和の頃は本当にこんな下着みたいな格好で体育をやっていたのか?


 当時の女子学生は武みてーな変態の視線に晒されてさぞかし嫌だったろうな。


 ブルマを履いた事が無い訳じゃねーけど、とても人前でこんな格好は出来ない。


 鏡で後姿を見てみると、若干きついのかブルマのお尻の裾から少し白いパンツがはみ出ている。


 武の野郎が喜んで香織のケツを眺めていて上段裏廻しを喰らった時のハミパンってのだよな?


 ブルマの裾を引っ張って隠そうとするが、少し小さい為か、隠れても少し動くとすぐに出てくる。


 まぁ、どうせ一人だし誰にも見られていないから構わねーか。


 ハミパンを隠すのを諦め、あたしは軽くストレッチをするとサンドバックを蹴ってみた。


「おお! 動きやすい!」


 確かにブルマは運動着として考案されたものだけあって動きやすい。


 鏡の前でハイキックを打ってみると、普段は見れない股間部まで足の動きが確認できる。


「ブルマ。結構良いかも知れねーな」


 あたしが鏡の前でハイキックのフォームを確認する為、バレリーナの様に脚を大きく上げ、片腕で支えていた。


 その時だった。


「麗衣ゴメン! ここに財布忘れて行ってなかったっけ……って。麗衣? 何て格好してるの?」


 自動で開かない自動ドアを開けて、武が勝手に入って来た。


 あたしは武に伸ばし切っていた脚、太腿、股間、更にブルマからはみ出していたパンツをガン見されてしまったのだ。


「よお武……こんな時間に連絡も無しに良いところに来たなぁ……今動きやすいからハイキックの練習していたんだ。丁度人相手に威力も試してみたかったところなんだよなぁ~」


「おっ……落ち着け麗衣。俺は何も見てないぞ……」


「テメーの記憶を消してやる! こっちに来い!」


 この後、気絶した武の青春の甘酸っぱい記憶の1ページが綺麗さっぱり消え去った事は言うまでも無い。

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