第100話 麗衣先輩って結局、誰の事が好きなんですか?

 ホンの1ケ月前までは全く接点の無かった武と急に仲良くなって以来、色々な人から同じ質問を受けたのだろう。


 もうその質問何回目だよと麗衣は内心呆れながら香織に答えた。


「はぁ? 付き合ってねーけど?」


「じゃあ、麗衣先輩は武先輩が好きですか?」


「なっ!」


 麗衣は返事に詰まった。


 付き合っている事を疑われこそすれ、そこまで踏み込んだ質問は今まで無かったのだ。


 下手にそんな事を聞けば麗衣に殴られかねないという事や、そもそも武に気がある人間でなければそんな事は聞いてこない。


 中学生チームに可愛いと言われる程度に少し位顔が良いとはいえ、学校では苛められっ子だった武に対して好意を寄せる人物など今までは居らず、そんな質問は受けた事は無かった。


 麗衣は何と言おうか少し考えているようだったが、やがて言葉を選びながら答えた。


「アイツは良い奴だよ。あたしみてーなロクでなしに付いて来てくれているし……可愛い奴だとは思うぜ。ちょっとエロいしパンツはしょっちゅう見られているけどな」


 麗衣は自分の格好と無防備さを棚に上げて武の煩悩について批判した。


「そうですよね~アタシも胸が無いかしっかりチェックされていましたし、澪ちゃんから後になって聞いた話ですけど、あの時ブルマからちょっとパンティーがはみ出ていたらしいんですね。それを見ていて上段裏廻し蹴りを躱せなかったっぽいですね」


「マジかよ? ったくあのヤローはしょうがねーなぁ……今度アイツに注意しとくわ」


「いいえ。注意しないで下さい」


「は? どういう事だ?」


 思わぬ返事に麗衣は香織の意図が分からず、香織に尋ねた。


「今日、ブルマを履く事を提案したの、実はアタシなんですよ。だから当然見られることを想定していました」


「はあっ! 澪の阿保が考えたのかと思っていたんだけど……」


「澪ちゃんの事は悪く言わないで下さい! ああ見えて、一番皆の事をよく見ているし、考えているんですよ!」


 香織が強い口調で言ったので、麗衣は自分の過ちを認め、すぐに謝罪した


「そうだよな。わりぃな。友達ダチを悪く言うつもりは無かったんだが……」


「いいえ。アタシの方こそ年下なのに生意気言ってゴメンナサイ」


 香織は殴られても仕方ないと思っていたのに思わぬ麗衣の寛容さに心を打たれ、自らの態度も良くない事にすぐに気付き、謝罪した。


「まぁ、お前が友達ダチ思いの奴って事が分かったのは良かったぜ」


「ありがとうございます」


「で……話が横道にズレたけど、とにかく、あたしは武に気がねーよ」


「……本当……ですか? じゃあ、アタシが武先輩とお付き合いしたいと言ったらどうしますか?」


 香織は一言でも嘘を見逃さないかのように麗衣の顔をじっと見つめながら尋ねた。


「うーん……それは武の意志によるんじゃないのか? 仮にあたしが武の事を好きだとして、アイツがお前を選んだとしてもあたしが文句をいう筋合いはねーよ」


 視線を疎ましく思いながらも麗衣は至極全うな返事をした。


「そうですか……じゃあ、アタシ。武先輩にアタックしても良いんですね」


「……別に良いけど、今日始めて会ったばかりで幾ら何でも気が早くねーか?」


「あの人。今はぱっと冴えないかも知れませんが、きっと化けますよ。一緒に居るなら、その兆しが分からないんですか?」


 所謂青田刈りというやつかと麗衣は思ったが、彼女にはいまいちピンと来るものが無かった。


「まぁ確かにキックボクシングの技術はスゲー勢いで上がっているけど、魅力って言われても分かんねーな……武は武だし」


「とにかく、皆があの人の魅力に気付いてからじゃ手遅れですよ。その前にアタシが付き合っちゃいますよ? 良いんですね?」


「アタシが如何こう言う事じゃねーな……チームの活動に支障を来さなければ好きにしな」


「ありがとうございます!」


「ただ色恋沙汰がこじれて内部分裂みたいな事だけは勘弁してくれよ。アイツ、他の中坊連中にも何故か人気だろ?」


「それなら心配ありません。さっき話は付けてきましたので、アタシが武先輩にアタックする事は皆納得しています」


「そうか……じゃあ良いんだけど。勝子は如何なんだろうな……アイツは武の事が好きでも好きな事に気付いていないって感じっぽいよな……」


 それって麗衣先輩も同じでは?


 と、言いかけた台詞を藪蛇にならぬように飲み込み、香織は取り合えず自分が武に関する優先権を得た事でこの話題は終わりとし、もう一つの本題と言うべき話題を切り出した。


「話が代わりますけどアタシ、麗衣先輩に一つ嘘を付いていたんですよ。その事を謝りたくて、またここに来たんですよ」


「嘘? お前がか?」


 何のことか分からず、麗衣が首を傾げた。


「麗に入りたい理由の事です」


「ああ……お前等の友達ダチが珍走にレイプされて、それ以来珍走が許せなくなったって言っていたよな……」


「ハイ。というのは嘘なんですよ」


「……それってまさか!」


 麗衣は答えを察しても口にする事が憚れ、ただ香織の瞳を見つめていた。


 香織は哀し気な表情を浮かべた後、着ていたブラウスを脱ぎだし、下着姿になった。

 香織のうっすらとした胸元に目をやり、麗衣は表情を曇らせた。


「これは……」


「煙草を押し付けながらとよく締まるとか言われましてね……あと、下のも行為が終わった後……」


「止めろ」


 麗衣は香織の火傷の痕を隠す様に、香織の体をそっと抱きしめた。


「言いたくない事を無理に言うな……それよりか、そいつ等、さっきの話だとお前等四人でケジメを取らせたって聞いたけど、それは本当なのか?」


「ハイ……それは半分本当で半分嘘です」


「どういう意味だ?」


「アタシ達がやっつけた連中は下っ端だったんですよ……アタシをこんな目に遭わせた張本人は雲隠れして復讐しようにも何処に居るか分からないんです。それにアタシ達四人しか居ないし所詮は中学生ですから、これ以上暴走族と本格的に揉めるのも危険でしたし……」


「そうか……だから麗の活動に加わってソイツを探したいって事か?」


「ハイ。こんな個人的な理由じゃ駄目ですよね?」


 麗衣は首を振ると、強く香織を抱きしめながら言った。


「いや。あたしも似たようなモンだぜ。やられたのはあたしじゃねーけどな……。でも、あたしもお前の力を借りるし、お前もあたしの力を借りれば良い。言いづらかっただろけど、よく言ってくれたな」


「ありがとうございます。本当の事を喋って良かった……」


「他のメンバーには黙っておいてやるよ。特に武には言わねー方が良いな」


「勿論黙っているつもりですが……あーでも……えっちする時に分かっちゃいますね?」


 シリアスな雰囲気から途端に下世話な話になり、麗衣は呆れながら言った。


「いやいや、流石にまだ早すぎんだろ?」


「もう処女じゃないですから関係ありません」


「いや……そう言う意味じゃなくて……なんつーか、もっと自分を大事にして欲しいつーか……」


 何と説得すれば良いのか分からず麗衣は言葉に詰まった。


「アタシ、早く記憶の上書きしたいんですよ。澪ちゃんは幾ら格好良くても女の子だし、カズ君はそもそもその気が無いし、どうしても女の子にしか見えないし」


「だから武の童貞を頂くってか……まぁそれもアイツの意志次第だから、あたしからは何とも言えねーな。でもヤルんならせめて高校入ってからにしろよ。中坊とヤッたとか噂になったらアイツも肩身が狭いだろ?」


「……意外と反対しないんですね?」


「誰でも良いからって理由なら反対するけど、武なら良いんじゃないか? それに、アイツのヘタレっぷりは良く知ってるから、ある意味信頼しているしな」


「何ですかソレ! あははははっ!」


 麗衣としては香織に手を出さないだろうという意味で言ったつもりだが、ヘタレを信頼するという意味不明すぎる言い方が香織の笑いを誘った。


「いやぁ……麗衣先輩に本当のお話をさせて頂いて良かったです……ところで最後に聞きたい事があるんですが、聞いて良いですか?」


「答えられる内容ならな」


「麗衣先輩って結局、誰の事が好きなんですか?」


 やはりこの話題は避けられないのか?


 こういった話が好きな年頃とはいえ、色恋沙汰の話が苦手な麗衣は頭が痛くなった。


「自分でも分かんねーな……多分、初恋をした事があるとしたらアイツだったと思うけど……」


「アイツって誰ですか?」


 ここまで香織に秘密を打ち明けられたら麗衣としても何も言わない訳には行かない。


 悩んだ挙句麗衣はその名を口にした。


「……姫野だよ。まぁ恋愛と言えるものだったかどうかは自分でもはっきりわかんねーけどな」



🥊



 お陰様で第100話目の投稿になりました!

 多くの読者の方に読んで頂く事が日々の励みとなりました。

 まだまだ続く予定なので、今後とも宜しくお願い致します!

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