第133話 織戸橘姫野の秘密(3)
「こんな遅くに呼び出してしまって申し訳ないね……どうしても君に直接話しておきたい事があってね」
既に1時30分を回っていたが、俺は姫野先輩に呼び出されて浜辺に来ていた。
「姫野先輩……さっき麗衣とすれ違った時、泣いていましたけれど一体何があったんですか?」
麗衣と姫野先輩が歩いて行った後、俺と勝子は部屋に戻らず、少し話をしていたら麗衣が泣きながら旅館に戻ってきたのだ。
俺達を見ても無言で部屋に戻ろうとする麗衣の後を勝子が呼びかけながら追おうとしている時、俺のスマホに姫野先輩からメールが届いた。
正直後にしてくれと思ったが、件名に「麗衣君の事について至急相談がある」と書かれていたので、麗衣の事は勝子に任せ、やむを得ず姫野先輩の指定した浜辺に向かった。
「その前に聞きたい事があるのだが、答えてくれないか?」
こんな時に何を聞きたいのか知らないが、俺は麗衣の事が気になったので早く会話を終わらせたくて焦っていた。
「何でしょうか?」
「君は麗衣君の事を愛しているかい?」
思いがけぬ質問に俺は言葉が詰まったが、勝子や亮磨先輩も俺の気持ちを知っているのだから今更姫野先輩に隠し立てする事はあるまい。
「ハイ。好きです」
俺が姫野先輩の目を真っすぐ見ながら答えると、姫野先輩は微笑みながら言った。
「愚問だったね……だから君は今まで必死に努力して強くなったんだろ? 以前、麗衣君からスパーリングの話は聞いたよ。突然本気のスパーリングを申し出たのは勝って彼女の代わりにタイマンしたかったからだってね」
「そうですね。残念ながら勝てなかったからその話は無しになりましたが」
「とはいえ、たかだか半年かそこいらの経験で女子アチュアキックボクシングではトップクラスの麗衣君相手に3回もダウンを奪ってドローにまで持ち込んだのは大したものだよ」
「そうですかね。……というか、そんな話をする為に俺を呼んだわけじゃないですよね?」
「関係ない訳ではないが、話すべき順番を間違えていたね……そうだね。本題に入ろうか」
今度は姫野先輩が俺を真っすぐ見つめながら言った。
「先程、僕は麗衣君に告白された」
ある程度予期していた内容であるが、次の一言は更に俺に衝撃を与えた。
「でも僕は麗衣君を愛しているから断ったんだ。何故だか分るかい?」
言っている事が不明で理解が追い付かなかった。
愛しているのであれば付き合えば良いものを何故断ったのか?
麗衣の事が好きな俺にとって腹立たしくも不快な話だったが、聞かざるを得ない。
「何を言っているのか分かりませんが……同性だから……ですか?」
「そうかい……やはりそれが普通の感覚だろうね」
「いえ、俺の意見としては女子同士の付き合いは構わないと思います」
真剣な話をしている時にふざけているのかと言われそうだが、個人的には百合ものの創作物の影響で女子同士なら良いと思ってしまうし、世の中も以前に比べれば大分理解が進んでいると思う。
第一、 差別や偏見があるとしても麗衣と姫野先輩が気にするとは思えない。
だが、姫野先輩は只、寂しそうに首を振った。
「ふふふっ……女子同士の付き合いという表現で片が付く話だったらもっと単純なんだろうけれどね。君から見るとそう見える訳だ」
姫野先輩が何を言っているのか益々分からなくなった。
「スイマセン、結局何が言いたいんでしょうか?」
本当は麗衣の事が好きと言うのは俺を揶揄う為の嘘なのではないかという思いが頭をよぎり、少しイラついた口調になってしまった。
「不快にさせてしまったようで申し訳ないね……じゃあ、最後に簡単な質問……でも大切な質問で終わらせて貰うから我慢して答えて欲しい」
「簡単な質問?」
「うん。簡単な質問だ。正直に答えて欲しい」
何を聞きたいのか知らないが、早く会話を終わらせて麗衣の様子を見に行きたかった。
「分かりました」
「じゃあ聞くけれど、君は僕の事を男と女。どっちに見えるかい?」
どんな訳の分からない事を聞かれるのかと思ったら、答えるまでもなさそうな質問をされた。
「はぁ? そりゃあ女にしか見えませんよ」
「……そうだろうね。誰から見てもそうにしか見えないだろうね」
また姫野先輩が寂しそうな表情を浮かべた。
暗に自分は女じゃないと言いたいのであれば、思いつくのは一つしかない。
「……もしかして、吾妻君と同じパターンですか?」
すると姫野先輩は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、おかしそうに笑いながら言った。
「まさか! それは想像の飛躍のし過ぎだよ。僕はね、肉体的には完全に女子なのさ」
女装男子の線は一笑に付された。
「あははははっ! そうだね……もし、僕が女装男子だったら麗衣君の告白を断らずに済んだだろうなと思ってね……それならばどれだけ良かった事なのか……まぁ、ある意味女装をしているという事では間違っていないけれどね」
やっぱりこの先輩が何を言いたいのか分からない。
そんな俺の不信感を姫野先輩に悟られたのか?
姫野先輩は謝りながら言った。
「御免御免。そろそろ、告白の件が無くても僕の障害について君に話そうと思っていた頃だからね、聞いて欲しいんだ」
ようやく姫野先輩がこんな時間に呼び出してまで何を伝えたかったのか話す気になった様だ。
「僕はね……トランスジェンダー……性同一性障害なんだ」
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