第132話 織戸橘姫野の秘密(2)

 僕は……織戸橘姫野は予期せぬ暴走族との喧嘩後、麗衣君に「皆が寝た後、二人で話をしてくれないか?」と頼まれ、約束通り、皆が寝静まった頃を見計らい、二人で部屋を出た。


「なぁ……折角だし、少し歩かないか?」


 麗衣君が俯きながら小さな声で言った。


「ああ。分かったよ。浜辺でも歩いてみようか?」


「ああ……そうするか」


 僕達は外に出ると、麗衣君は僕の指に麗衣君の指を絡めるようにして繋いできた。


 僕は驚いて麗衣君の表情を見ようとすると恥ずかしそうに頬を背け、その耳は夜目にも分るほど真っ赤になっていた。


 ここに至り、麗衣君が僕を呼んだ目的を察した。


 止めてくれ。


 折角の決意が鈍るじゃないか。



 ◇



「そっ……そのっ……今日まで色々ドタバタしていて中々機会が無かったけれど、ようやく二人きりになれたな……」


 浜辺に着くと注意して聞かないと潮騒の音にかき消されそうな程小さな声で麗衣君は言った。


「僕が地方へ行くからって今後逢えなくなる訳じゃないし、何時でも連絡取れるだろ?」


「そうだけど……そうだけれどもよぉ……やっぱり、あたしは姫野が居ないと寂しいんだ……」


 麗衣君は繋いでいた手をそっと離すと、僕を真っすぐ見つめた。


「好きだ。姫野。あたしと付き合って欲しい」


 唐突な告白。


 いや……何と無くではあるが麗衣君の気持ちを察してはいた。


 、もっと突き放すべきであったけれど、それが出来なかったのは決別したはずの未練があるからなのだろう。


「付き合っても良いけれど、条件がある」


 僕は麗君にとって、一番最悪な姑息で卑怯な手段を思いついた。


「条件? 何だ?」


 付き合うのに条件を付きつけられるとは思わなかったのだろう。

 麗衣君は首を傾げていた。


「暴走族潰しを止める事だ。そうすれば付き合っても良い」


「なっ!」


 麗衣君は言葉に詰まった。


 十数秒程経って、麗衣君は僕を睨みつけてきた。


「姫野……自分が何言っているのか分かっているのか?」


「勿論分かっているさ。君の方こそが君のやっている事を望んでいると思うかい?」


「あたしの弟は……は……意思の疎通も出来ないけど、あんな目に遭って悔しがっているに決まっているだろ? だから、あたしが無念を晴らしてやんなきゃいけねーんだよ!」


「つまり、君は僕と付き合う事を口実にこれからも僕を都合よく利用したいだけなんだろ?」


「ちっ……違う! 確かに昔はそれが目的でお前に近付いたけれど……今は本当にお前の事が好きなんだよ……」


 麗衣君は必死に否定したし、実際その通りなのだろう。

 だが、僕にとってそんな事実なんかどうでも良いのだ。

 心を鬼にして僕は続けた。


「君がご存じの通り、僕にはがあるからね。君の事は魅力的なに映ったのは確かだよ。だから、中学の時、君に喧嘩を売られては勝つたびにヤキと称して半ば凌辱していたのは楽しい想い出だよ。今思うと僕の障害すら君は利用しようとしていたって事かい?」


 僕の最低な台詞に麗衣君は瞳を潤ませていた。


 駄目だな。


 こんな表情をさせる前に突き放しておけばよかった。


 それが出来ない程僕は彼女に惹かれていたんだな。


「そんな風に思われていたなんて、あたしが悪かったよ……」


 麗衣君は僕から背を向けた。


「今までありがとう姫野。あたしに何か返してやれる事があったら遠慮しないで言ってくれよな」


 それだけ言い残すと麗衣君は旅館の方へ向かって走り去った。


 これで良い。


 これで良いんだ。


 どんなに愛していても、僕では麗衣君を幸せにしてやる事は出来ない。


 だから、本当に彼女の事を想うのであれば遠ざけてしまうのが一番良い。


 傷つけてしまうのは不本意だったが、これは彼女を成長させる為にも良い機会だっただろう。


 僕はスマホを取り出すと、武君宛にメールを打った。

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