第63話 美夜受麗衣(キックボクシング)VS十戸武恵(空手+柔道)(1) ダチだと思っていたのに

 クラスで初めて出来た女子の友達ダチだと思っていた。


 男子も女子も先公も、どいつもこいつも「美夜受には関わるな」と言った感じであたしの事を避けていた。


 避けているのだから当然あたしの事を知らないくせに、やれ学校サボって援助交際エンコーしてるだの、ヤクザの事務所に入り浸っているだの、半グレの女だの、ありもしない事を噂されているのは耳にした事がある。


 不愉快だけど、くだらな過ぎて馬鹿らしいし、事実じゃねーから放っておいたけどな。


 でも、十戸武だけは違った。


 どういう訳か分かんねーけど、クラスの連中がシカトしているあたしに対して、十戸武だけはやたらと親し気に話しかけてきた。


 鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードとのタイマン動画で、あたしがどんな事をしているのか、知られてしまった後はクラスの連中から更に避けられる事になっちまったけれど、十戸武だけは何時もと変わらずあたしに接してきた。


 ―なぁ。十戸武。一つ聞いて良いか?―


 ―うん。何かなぁ? 美夜受さん―


 タイマン動画が学校中に知られてから次の日、あたしの腕に引っ付いて猫の様に頬ずりしている十戸武に聞いた。


 ―その……あたしがどんな事しているか知っているだろ? 例の動画、お前も観ただろ?―


 ―うん。知っているよ―


 十戸武はあっさりと認めた。


 ―あたしの事怖くねーのか? それにあたしと一緒に居たら、十戸武の評判も下がるぜ?―


 ―だからなぁに?―


 どうでも良いと言った感じで、眠そうな声で十戸武は答えた。


 ―だから何って……まぁ、こんな事言いたくねーけどあたしと一緒に居ない方が良いんじゃねーか?―


 すると、十戸武は一転して驚いた様な表情であたしを見つめながら言った。


 ―えええっ! 美夜受さん、もしかして私の事嫌いだからそんな事言うの?―


 ―バカ! そんな訳ねーだろ! あたしはお前の事が心配で……―


 すると、十戸武はあたしの唇にほっそりとした人差し指を当てて、あたしの言葉を遮ると、甘い吐息がかかる距離まで顔を寄せながら言った。


 ―美夜受さんがしている事は凄いと思う。それに、暴走族の被害にあっても泣き寝入りしている人達はきっと喜んでいると思う。大人でも怖くて出来ないような良い事をしているし、凄く格好良いと思うよ―


 その時は十戸武が天網なんて胸糞悪いグループで世直し紛いの事をしているとは知らなかったから、意外な反応にあたしも驚いていた。


 ―私は友達の美夜受さんがこんなに正義感の強い人だって知って凄く嬉しいの。貴女は私の誇りです―


 十戸武はあたしの腰に抱き着くと、潤んだような瞳であたしを見上げながら続けた。


 ―だからお願いします。私を貴女の側に置いてください―


 その真摯な眼差しにあたしは正直気圧されていたけれど、あたしみたいなロクでもない事をしている奴でも側に居てくれるっていうのはスゲー嬉しかった。


 ―友達ダチに何大袈裟な事言っているんだよ。でも悪かったな……心配させるようなことを言っちまって―


 ―ふふふっ……美夜受さん大好きだよぉ―


 十戸武はそんな事を言いながら私を強く抱きしめると、長い睫毛がかかる二重の瞼を閉じた。


 今思えばイチイチ大袈裟な奴と思っていただけで大して気にも止めていなかったけれど、十戸武は本気であたしの事を正義の味方かなんかと勘違いしていたフシがある。

 その行き違いが発展して、十戸武……友達ダチと相まみえる結果になるとは、あの時は思いもしなかった。



              ◇



「ふふふっ……三週間待ち遠しかったよ。早く美夜受さんと戦いたくてウズウズしていたんだから。美夜受さんもそうでしょ?」


 十戸武はこれから喧嘩をするというのにも関わらず、可愛らしく小首を傾げながら尋ねた。


「あたしは戦いたくねーよ」


「じゃあ、どうして最初の戦う相手で私を選んだの? 他の人も選べたじゃない?」


「他の奴がお前をボコるぐらいなら、せめてあたしの手で直接引導渡してやりたかったんだよ」


「ふーん……美夜受さんって、やっぱり優しいんだね。ますます好きになりそう♪」


「それは壮絶な勘違いだ。友達ダチとして、お前の目を覚ましてやるぜ」


「元だなんて寂しいなぁ……まぁ、私達が勝てば仲間になってくれる約束だから関係ないよね」


 そう言いながら、十戸武は白い特攻服を脱ぐと、胸元を中心に強く巻かれたさらし姿になった。


 姫カットの前髪がかかる額には白いハチマキが巻かれ、緑なす長く艶やかな黒髪は束ねられており、その姿は学校の十戸武と異なり、レディースの様にしか見えない。


 それがあたしを更にイラつかせた。

 あたしもジージャンを脱ぎ、黒のスポーツブラとホットパンツの姿になった。

 柔道のスキルがある十戸武相手にはなるべく着衣を掴まれぬように薄着で臨んだ方が良いからだ。


 十戸武は足を肩幅に開くと、拳サポーターを嵌めた左手を前に、右手を奥に手の位置は目線の少し下に構えると、大きく左足を一歩踏み出した。


 対するあたしは、オープンフィンガーグローブを嵌めた両拳をこめかみの高さに上げ、左拳を少し前にやり、左足を前に、爪先を相手の正面に向け、やや前傾姿勢に構えた。


 その姿を見て、十戸武は目をぱちくりさせながら、あたしに尋ねてきた。


「あれ? サウスポースタイルじゃないの?」


「あたしは元K-1ファイターの武蔵選手みたいにどっちの構えでも出来るんだよ。気にしねーでかかって来な!」


 嘘じゃねーけど、オーソドックススタイルは空手時代の名残でパンチ打つ時はこっちのスタイルの方が好きだったりするが、蹴りを優先する時はサムゴーの真似をしてサウスポースタイルにする。


 赤銅亮磨とタイマン張った時に最初はボクシングメインのオーソドックススタイルで、攻撃を蹴り主体に切り替えた時はサウスポースタイルに変えたのはこういう理由があった。


「ふーん……まぁ良いや。じゃあ始めよっか!」


 十戸武は身毛津とタイマンを張った時と同じように、いきなり両足ステップであたしに距離を詰め、左のロングフックを放ってきた。

 縦拳から横拳へスクリューしながら放たれたロングフックをあたしは顎を下げ、肘を顔の横に上げ、拳でこめかみ、二の腕で下げた顎を守るように上半身を固めて顔側面をガードで覆うようにしてブロックした。


 だが、それで攻撃は止まらず、続け様に十戸武は膝を掲げ、空手式の太腿に振り下ろす様な右のローキックを放つ。

 身毛津とやり合っていた時にも使っていた対角線上のコンビネーションだ。

 打撃の素人である身毛津は防ぐ方法すら知らず、あっさりと喰らっていたけれど、キックボクサーであるあたしは十戸武以上の打撃のスペシャリストだ。


 そんなに簡単には決まらないぜ。


 あたしは左足に力を入れて外側に向けて足を上げ、ローをカットすると脛に強い衝撃が伝わる。


 結構固いローだな。

 恐らく十戸武の得意技の一つだろう。


 でも、ここからはあたしの番だ。


 カットした足を真下ではなく、斜め前に落として踏み込み、身体を斜め前に傾け、重心を移動した勢いを使い、十戸武の太股を右のローキックで叩き蹴った。


「つうっ!」


 十戸武の口から苦痛の声が漏れる。


 効いただろ? 十戸武。


 心の中であたしは十戸武に尋ねた。

 左のキック程じゃねーけど、右のキックだってあたしは蹴りの威力に自信がある。


 更にあたしは十戸武の懐に入って、顔一つ分ズラすと前側に体重移動して十戸武の腹の下側から左ボディフックを放った。


「ぐうっ!」


 これで終わりにしてやる!


 あたしは拳を胸の高さに置き身体を振ってタメをつくると、前に出た肩を引く力を利用して身体を回し、水月を突き刺すように右ボディアッパーを十戸武に突き刺した。


 右ローキック、左ボディブロー、右ボディアッパー


 男子でも格闘技未経験者の者であれば、この三連打で確実に悶絶するであろう攻撃だったけれど、不意に喰らった衝撃で意識を飛ばされそうになったのはこっちだった。


「な……に……?」


 あたしは気が付くとよろめいていた。


 私が渾身の右ボディアッパーを水月に叩き込んだ直後、ガードが下がっていたあたしの頬に拳槌けんついという拳の腹すなわち小指側面で殴られていた。


 そういえばバックハンドブローも裏拳で打つと骨折しやすいから拳の腹で打つのが一般的何て話を聞いた事があるけれど、パンチとも違う慣れない衝撃にあたしはグラついた。


 更に十戸武の攻撃は止まらない。


 ボクシング風のパンチを使いながらも空手使いらしく時折掌底や拳槌を交えながら、ショートの左右フックを主体に容赦なく、あたしの顔面を殴打する。

 キックの癖でついガードでブロックしようとしたけれど、殆どのパンチがすり抜けてヒットする。

 フック気味の角度が付いたストレートがあたしの鼻を捉え、鼻血が流れる。


 ったく、折角骨折が治ったのにまた折れたら慰謝料請求すんぞ!


 そんな事を考えながら、あたしも黙って攻撃を喰らってばかり居た訳ではない。

 フルコン時代の様に、空手の捻り突きや鉤突きで十戸武の胸や腹を撃ち、時折ローキックで左右の足を撃つ。

 絶対に効いているはずだけれど、十戸武は倒れない。

 余程腹部も鍛えているのか、まるでフルコンの経験者みたいだ。

 内心、そんな風に関心していたけれど、この我慢比べは遠慮なく顔面も打ってくる十戸武の方に分があった。


「ちいっ!」


 十戸武のマシンガンの様な連打に嫌気がさして、あたしは奥足を引き付けて足の膝を十戸武の腹の位置まで上げてから前蹴りで突き放した。


「はぁ……はぁ……やるじゃねーか十戸武」


 鼻血が出ている為か、息が上がっている。

 比べて十戸武の方は少なくても見た目は平然としていた。


 これはかなりマズイ状況だ。


 赤銅亮磨に比べればパンチ力は大した事が無いし、アマチュアキックの大会でも十戸武より単発ではパンチ力がある選手と戦った経験はある。


 だが、耐久力タフネスと打たれても構わずに連打してくる手数の多さは過去に対戦したアマチュアキックの選手と比べて、間違いなくトップクラスだった。


「そんな事言っても……美夜受さんの方は本気出してないよねぇ……さっきからボディとローキックばっかりで全然顔打ってこないし」


 あたりまえだけど、バレたか。

 とはいえ友達ダチの顔なんて殴る気しねーからフルコンの顔面打ち無しのスタイルで何とかするつもりだったんだけどな。


「テメー如きの相手ならボディとローだけで充分なんだよ」


 打ち合いならば顔面も容赦なく打ってくる十戸武の方に分があったけれど、更にテンションが下がる様な事実を十戸武は言いやがった。


「本気でそう思っているの? だとしたら、私を舐め過ぎだよ? 私は長野さんに毎日ボディを撃たせて耐える訓練しているから、美夜受さんのパンチなんか効かないよ」


 マジかよ。

 勿論手加減しているんだろうけれど、あの化け物っぽい男からそんなパンチ喰らい続けてまで鍛えているのかよ。

 余程のドMでもなきゃ耐え切れねーだろうが。


「あと私の方も本気を出していないんだけれどね♪ そろそろ美夜受さんも本気出さないと、本気出す前にあっさり負けちゃうよ?」


「そりゃあご忠告どうも」


 そんなやり取りをしていたら、武の野郎がやりやがった。


 ボクシング野郎から武がダウンを奪ったのか、岡本ツインズとやらの忠男の方がぶっ倒れていた。


「ははははっ! 十戸武見ろよ! 武がお宅の兵隊からダウン奪っているぜ!」


 あたしは一旦構えを解いて、十戸武に武が戦っている方を指さした。

 これには十戸武も驚いたようで、鈴を張ったような大きな目を見開いていた。


「嘘? 小碓君ってそんなに強かったの?」


「テメーラは武を戦力と考えてなかっただろうな。でも、あたしは信じていたぜ」


 アイツがこの三週間。殆ど弱音を吐かずに、どんなに頑張っていたか。


 本当はアイツにタイマン紛いの事はさせたく無かったけれど、アイツは本気でタイマンに勝つ気で練習に打ち込んでいた事は、その姿勢から伝わって来た。


 ついこの間まで自殺を考えていたアイツの何がここまで衝き動かしているのかは分かんねーけど、大したモンだぜ。


 あたしみたいな嫌われ者について来てくれる変わったヤローだけど、一緒に居て良かった。


「さてと。武には負けらんねーな。さっさと決着ケリつけようや」


 リーダーのあたしが負けて、武を幻滅させる訳には浮かねーな。


 あたしはサウスポースタイルに切り替えて十戸武に宣言した。


「良いぜ。お望み通り、これから本気を出してやるよ」



 次回、いよいよ武が勝子から教わった謎の必殺技が明らかになります!

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