第15話 制裁と信頼

 いつものベースボールキャップを被った麗衣は腕と金髪にシュシュを巻き、形の良い起伏を覆う黒のスポーツブラ上に青いジージャンを羽織り、黒のホットパンツ姿をしている。


「れ……麗衣」


 俺は慌てて時計を見直す。

 まだ7時40分になる前といったところだ。

 集合時間よりも20分は早い。

 マズイ。俺の計画よりもずっと早く麗衣は来てしまった。


「何で武がここに居るんだよ? あたしに関わるなって言っただろ?」


 麗衣は鋭い視線で俺を睨みつけた。


「いや……その……」


 マズイ状況だ。鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの総長はまだ来ていないのに、麗衣が先に来てしまった。


「あれ? 君は小碓君じゃないか? どうしてここに居るんだい?」

「麗衣ちゃんの下僕君。もしかして麗衣ちゃんのストーキングをしていて待ち伏せてたの?」


 場違いな似非雅風な声と、周りの状況も顧みず、とんでもない妄想を語る声。

 二つの声の主、つまり姫野先輩と勝子は麗衣の背後から現れた。


「もしかして、麗衣以外のうるはのメンバーって?」


「そう。姫野と勝子。あたしの三人でチーム麗だ。それよりかよぉ……質問を質問で返すんじゃねぇよ。何でテメーがここに居るんだ?」


 麗の女子でリーダーが麗衣だという事は知っていたが、まさかメンバーまで女子でしかも三人しかいないチームだなんて。

 これで暴走族潰しなんて、とてもじゃないが無謀すぎる。

 何としてでも止めなければいけないが、状況は俺に十分考える時間を与えてくれない。


「ちょっと待てコラ! テメーラ、これはどういう事なんだ! 説明しやがれ!」


 事態を掴みかねた亮磨りょうまが俺と麗衣の両方に問いかけた。


「それを聞きてーのはこっちなんだよ! 一般人パンピー同士喧嘩させてテメーラどういう了見だ?」


 麗衣は怒りに満ちた表情で亮磨に怒鳴り返した。


「あ? テメーがそのクソ雑魚をうるはの代理に立てて総長とタイマンさせようとしてたんじゃねーのか?」


 当然のことながら事情を知らない麗衣は首を傾げる


「話がみえてこねーな? なんで武が麗の代理何だよ? コイツはあたしの単なる知り合いってだけで、友達ですらない。それに只の一般人パンピーだぞ?」


 そこへ棟田とのタイマンを提案した鍾磨しょうまは事情を説明した。


「俺達がここに着いた時、コイツは先に来ていてな。麗は来ないし自分が代理だから総長とタイマンさせろと言ってきたんだ。だが、どう見てもコイツが代理とは思えねーから鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードとは無関係な棟田にタイマンをやらせていた。そもそも、相応の腕かも分からない奴がいきなり総長とヤレといわれても都合の良い話だからな」


「なっ……」


 まさかという表情で目を見開いた麗衣達が俺の方に視線を向ける。


「それは本当か? 武?」


 この期に及んでは誤魔化せない。


「ああ。その通りだ」


 次の瞬間。


「ぐふっ!」


 麗衣の拳は鈍い音を立て俺の鳩尾に減り込み、呼吸が止まった。


「ごぇええええ!」


 丸太で腹を突かれた痛みとはこのようなものであろうか?

 苛められていた時も、例の顔は駄目だとかで腹パンをよく喰らっていたが、それとは比較にならない威力だった。

 俺は地面に盛大に戻し、地面をのたうった。

 麗衣の拳の威力に圧倒されたのか?

 あれ程騒がしかったギャラリーは静まり返っていた。


「コイツは麗じゃねぇ……。余計な事しやがって……、余所者は引っ込んでろ! 姫野!」


 麗衣は大声で姫野先輩に命じた。


「このゴミを邪魔にならねーよーに何処かに片付けとけ!」


「はいはい。リーダーの仰せのままに」


 姫野先輩は俺を半ば引きずるようにして、公園の隅に連れて行った。



               ◇



「小碓君。君は馬鹿だね。どんな気持ちで麗衣君が君を殴ったか、わかるかい?」


 俺を麗衣から少し離れた場所へ連れてきた姫野先輩は俺に問いかけた。


「辛かったのかな……」


「そうだろうね。ああでもしなきゃ、示しがつかないし、君とは無関係である事を装うには、この位しないと向こうさんが納得しないだろ? でもね、少なくても僕は君の事を少し見直したよ」


「どうしてですか?」


 傍から見れば只の馬鹿の無謀な行動にしか見えなかったと思うが。


「君が何を考えているのかよく分からないけれど、君なりに何とかして麗衣君を助けようとしてくれていたのだろ?」


 麗衣を助ける計画は彼女達が予定よりも早く来てしまった事で、ほぼ破綻してしまったが。


「でもね。麗衣君は小碓君があの子に関わった事で、君が傷ついてしまったら本末転倒だと思っているんだよ」


「そんな事は分かっています。でも幾ら何でも暴走族と喧嘩するなんて無謀すぎます。俺を置いてすぐに逃げてください!」


 麗衣達が逃げれば、僅かだが計画が成功する可能性はある。

 俺は一縷いちるの望みをかけた。


「君の気持ちも分かるけど、麗衣君は絶対に暴走族相手に引く事は無い。……絶対にだ」


 姫野先輩は麗衣が絶対に引かない事を繰り返し強調した。

 姫野先輩と麗衣の付き合いは、同じチームであるという以外に、どの程度のものであるか分からないけれど、少なくても俺の知る由もない麗衣の過去を知っている事があるのかもしれない。


「さて、こちらの方が人数では不利だから、あまり君の相手ばかりもしていられないから、そろそろ行くよ。下手に君が捕まって人質にでもされたら足手纏いだから、出来れば逃げて欲しいのだけれどね」


 姫野先輩は麗衣達の元へ戻ろうとする足を一旦止めて、振り返りもせずに言った。


「でも、もし麗衣君の事を信じているなら彼女の戦いを見守って欲しい。彼女を信じてほしい」


 そして姫野先輩は麗衣達の元へ戻って行った。

 こうなったら仕方がない。を今、実行しよう。

 このタイミングでは暴走族潰しは出来ないが、この場では取り合えず、麗衣達を喧嘩させずに済むかもしれない。

 計画を実行すべく、ポケットに入れたスマホを取り出そうとすると――


「あっ!」


 ポケットにスマホは入っていなかった。

 もしかして、棟田との喧嘩中に落としたのかと思ったが、すぐに無い理由を気付かされる。


 再びこちらに寄って来た姫野先輩は俺のスマホをいつの間にか抜き取っていた。


「そうそう。君が誰かに連絡できないように念の為にスマホは預かっておくよ。終わったら直ぐに返すから安心したまえ」


 詳細までは分からなくても、何となく姫野先輩には俺が何かをしようとしている事ぐらいは見抜かれていたようだ。


「言ったよね? 君は麗衣君の戦いを信じて見ていて欲しい。じゃなかったら帰っても良いよ。明日ちゃんとスマホは返すから安心してくれたまえ」


 俺は自分で出来る事が無くなってしまった事を知り、愕然とした。

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