第4話 はじめて奪われたアレ
(オイっ……おい! 生きてるか?)
「んっ……」
声に誘われ、目を開くと、健康的に焼けた褐色の肌に金髪の美少女が愁いを帯びた表情で俺の顔を覗き込んでいた。
前頭部はガンガンするが、後頭部は何か柔らかい感覚で支えられ気持ちいい。
「あっ……あれ? 俺は……何を?」
「ヤバっ! ……もしかして……記憶が無い?」
「えっと……確か一緒に地面に落ちて……助かったみたいだけど……何故か気を失って……何がきっかけだっけ?」
「ああ。やっぱり思い出さなくていいよ……というか、目が覚めたならどいてくれないか?」
「えっ? ……あああっ!」
後頭部がやたら寝心地が良いと思ったら、美夜受の太腿の上に頭を乗せていたらしい。
いわゆる膝枕というものだった。
慌てて俺は身を起こし、美夜受の姿を見る。
現状の認識とともに、こうなった原因を思い出さざるを得なかった。
「えっと……スカート……」
「るせーな。アンタを気絶させちまって、コンクリに頭をそのまま横たわらせる訳にいかないから、渋々膝貸してやったんだよ。だから、まだ履いてねーんだよ。……って、また蹴飛ばされてーのか? こっち見んな!」
美夜受は赤面し、ワイシャツの胸元を腕で隠しながら言った。
そういえばワイシャツのボタンも取れてしまったんだっけ?
下着姿の下半身を少しでも隠すように体を横に向け、ワイシャツを伸ばした。
「ご……御免」
顔を背けた俺に対し、美夜受は更に続けた。
「てか、スカート破けるしベルトも壊れちまったじゃねぇーか。この格好で帰れっていうのか?」
「うっ……」
俺が返答に窮しているとき、二人の女子生徒が小走りでこちらに近づいてくる事に気付き、心臓が跳ね上がりそうになった。
ヤバイ! 人生が終わる前に社会的に抹殺される!
第三者が半裸と言ってもいい美少女のこんな姿を目にすれば、強姦未遂を疑われても仕方がないところだが――
「麗衣ちゃん! 大丈夫っ?」
その場に現れた一人、黒髪で二つおさげの小柄な少女は美夜受を名前で呼ぶほど親しい間柄なのか? 少なくても美夜受の知り合いのようだ。
少女に対し、美夜受は俺の心臓を止めかねない一言を発した。
「見ての通りさ、もう少しで危うくレイプされるところだったよ」
「おいっ! 嘘つくな!」
「無抵抗状態の私のワイシャツのボタン引きちぎって、ベルト壊してスカート脱がして、何回も何回も、あたしの下着姿を嘗め回すような目で視姦し尽くしていただろ? 本当にこのまま犯されるんじゃないかと不安で不安で仕方なかったぜ」
コイツ意外と口が達者なのか?
虚実ないませにして嘘を信用させ、言葉を繰り返す事で強調する巧みな話法に感心したが、社会的生死がかかっている今はそれどころではない。
「そっ……それは全部不可抗力だ! 性質の悪い冗談を言うな!」
活舌が悪いなりに、俺は美夜受の洒落にならない冗談を全力で否定しようとしたが、信じてもらえないのか?
二つおさげの少女は美夜受にかけよると、美夜受の体を俺の視界から隠すように抱き、あたかも鋭利な刃物のような眼光で俺を睨みつけ、恐ろしい事を口走った。
「麗衣ちゃん……コイツぶっ殺していい?」
初見、美夜受の友達という割には普通っぽいと思ったのは俺の印象はどうやら思い込みであったらしい。
ふたつおさげの少女の危険な光を帯びる瞳の色から、何故か美夜受以上の狂気を感じたのは気のせいだろうか?
「いや、殺すとしたらあたしがやるから、こんな奴の為にわざわざ
さらりと恐ろしい事を口走りながら、美夜受は勝子と呼ばれたふたつおさげの少女の体を軽く抱き寄せ尋ねた。
「うん。麗衣ちゃんのジャージ持ってきたよ」
勝子は美夜受に黒い布袋を手渡した。おそらく体育着が入っているのだろう。
美夜受は布袋を受け取ると、もう一人の女子に声を掛けた。
「今日はジャージで帰るしかないよなぁ……。ありがとな。勝子。……あと、姫野。軽トラ来るのおせーよ!」
「まったく……ちゃんと間に合ったじゃないか。それに人の事を散々こき使っているのだから、せめて君には僕の事を先輩とぐらい呼んで欲しいものだけれどね」
風にセミロングの髪を靡かせながら勝子とともに現れたもう一人の女子、姫野と呼ばれた長身の少女は溜息をついた。
こちらは身長が俺はもちろん、美夜受よりも身長が高い。おそらく165センチ以上はあるだろう。
女性としてはかなりの長身で少し羨ましく思った。
長身の姫野は勝子とは対照的に外見は大人っぽく、ハスキーボイスと『僕』という一人称もあって少しボーイッシュに見えた。
「まぁ姫野『先輩』が運転免許持ってなきゃ、そもそもこの計画が成り立たなかったのは確かだけどな」
美夜受が嫌そうに『先輩』を強調していた。実はこの先輩が嫌いなのだろうか?
「3階のカーテンを窓から出した後、学校の作業用の軽トラを拝借して、勝子君とたった二人で重いウレタンマットを積んで……まぁそこまでは良いとして、死角で待機して合図のタイミングで落ちる予定の場所で正確に軽トラを止めてくれって……ちょっと注文多いし、下手したら死んでいたよ?」
ツッコミどころが多々あるけれど、まさか、本当にやるかどうか解らない自殺予告を見ただけで、こんなに手をかけて準備をしていたのか?
「ど……どうして、こんな準備を?」
上履きを脱ぎ、ジャージに脚を通している美夜受の姿をなるべく見ないようにしながら、尋ねた。
「ただの気まぐれ。偶然誰かさんの自殺予告を見て、面白そうだから、ちょっとからかってやろうかと思っただけだし」
これだけの準備をしておきながら『ただの気まぐれ』と言われても誰が信じるだろうか?
「本当にそれだけでこんなに手間がかかる事を?」
「……それだけだよ。それよっか、まだこっち見んなよ?」
あの時カーテンを掴み損ねたら、あるいは軽トラが間に合っていなかったら、間違いなく無事では済まなかっただろう。
文字通り、一歩間違えれば美夜受も死んでいた可能性があるのに、命を賭けながら『ちょっとからかってやろう』で済むものだろうか?
何か本心を隠しているとしか思えない。
「麗衣ちゃん……やっぱり弟さんの事……」
「勝子!」
それは触れられたくない内容だったのか?
何かを言いかけた勝子を制するように美夜受は強い口調で名を呼ぶと、勝子の肩は一瞬すくみ上った。
美夜受は勝子の様子を見て、少し後悔したような表情でトーンを落としながら言った。
「そんなんじゃねーから……悪いな。驚かせちまって」
「あっ……うん。私もごめんなさい」
「だから、そんなんじゃねーって。謝んなよ。それよっか、ジャージ持ってきてくれてありがとな。マジで助かったよ」
美夜受はぐしゃぐしゃと勝子の頭を撫でながら慈しむような表情で微笑んだ。
コイツ……友達の前ではこんな表情も見せられるんだな。
教室では決して見る事のない美夜受の意外な一面をはじめてみた。
勝子も頬を赤らめて少し嬉しそうな表情をしていた。
「ハイハイ。そこのリア充百合カップル。いちゃついてないで騒ぎになる前にここから撤収しましょう」
パンパンと手を叩きながら蚊帳の外状態だった姫野は半ば呆れ気味の口調で言った。
え? そういう関係だったの? この二人?
「キモヲタが喜ぶような事言うんじゃねぇ! あたしはノーマルだって前から言ってるだろ!」
「え~私は麗衣ちゃんならOK。むしろ大歓迎だよぉ♪」
「冗談やめときなよ。姫野はとにかく、このヘタレ男にも勘違いされるぞ?」
「うん。冗談。本当はカップルなんて曖昧な定義じゃなくて、れっきとした、お嫁さんになりたいだけだよ? それはとにかく、計画を聞いた時、私たちがどれだけ心配したか分かる?」
勝子は美夜受の胸元で頬ずりしながら言い、美夜受は溜息をついていた。
「まぁ……今回は心配かけたし、この位良いか……」
尊い……じゃなくて、他の奴がやったら殺されるだろうな。
ある意味、美夜受にここまで接触を許す勝子という少女も只者では無い。
美夜受はヤレヤレと言った表情で勝子の頭をポンポンと叩いてから、俺の方に視線を向けた。
「ところでさぁ……、アンタ。飛び降りた気分どうだった?」
美夜受は真剣な眼差しで更に問いかける。
「それともまだ死にたいか?」
それは九死に一生を得、先程までの仲間との語らいで気の抜けた様子ではない、本気の問いかけであった。
「ああ。気分は最悪だった……もう死にたいなんて思わない」
「……また、アンタを自殺に駆り立てるような事があったとしてもか?」
「それは……」
正直解らない。
飛び降りが嫌ならば、もっと楽に死ねそうな他の方法を考えるかもしれない。
答えに窮していると、美夜受はこちらによって来た。
「……目ぇつぶれ」
「え?」
また蹴られでもするのだろうか?
嫌な予感しかしないが、美夜受は焦ったように俺を急かした。
「いっ……いいから目をつぶれよ! 決意が鈍る前に早くしろ!」
美夜受は何やら上擦った声で言った。
「ああ……」
美夜受の勢いに気圧され、俺は瞳を閉じる。
「良いか? 今日からテメーはあたしの下僕だ」
顔が近いのか? 美夜受の吐息を頬に感じ、甘い香りが鼻孔をくすぐる。
両肩に美夜受の手が重ねられていた。
―そして
「!!!」
「きゃああああああっ!!!」
「ひゅうっ♪」
声にならぬ俺の声。
勝子の絶望すら感じさせる悲鳴。
対照的に煽りひやかすような姫野の声。
何が起こったのか? 感触で何となく理解していたが、目を開いた俺の瞳に映ったものは――
瞳を閉じた美夜受の艶やかに潤んだ桃色の唇は、俺の唇に重ねられていた。
自殺童貞とファーストキス。
今日、俺はこの理不尽で理解不能なヤンキー女に初めてを両方奪われてしまった――
◇
今回は、祖父江直人様に応援コメントを頂いた自殺童貞という言葉が気に入ったので最後に使わせて頂きましたw
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