第3章 ヤンキー美少女の下僕は脱見習いを目指しました

第31話 ヤンキー美少女と下僕が戯れる。ほのぼの回と思ったら麗衣が女殺しだった件

「武! 待たせたな!」


 麗衣は校門の前で待っていた俺に手を振った。


「いや、そんなに待っていないよ」


 今日は麗衣と出かける予定があったのだが、掃除当番だった為、少し待たされていた。


「わりぃな。只、同じ班の連中にはさ、何時もあたしが居ねーのに掃除やってもらっていて悪いじゃん? だから、来ている時は掃除ぐらいしっかりやらなきゃな」


 麗衣は真面目なのか真面目じゃないのか、良く分からない事を言った。

 只、このヤンキー女はヤンキーらしからぬ優しいところがあるので、本気で迷惑をかけていると思っていたのかも知れない。


「しっかしよぉ……あたしの顔見て皆怖がって、掃除やらなくて良いって言うんだよなぁ。ちょっと凹むわ」


 痣はだいぶ引いたが、まだ眼帯と唇のガーゼと鼻筋の絆創膏は貼ったままである。


「うーん……。怖がっているんじゃなくて、そんなに怪我しているんだから気を遣っているんじゃないのかな?」


「そうか? あ、でも女子のある子がいつも掃除中に男子が遊びだして真面目にやらないけど美夜受さんが居るおかげで真面目にやってくれているって喜んでくれたな」


 あー……。男子の気持ち分かるな。

 味方にさえしてしまえば、女子にとって麗衣程頼りになる存在は居ない。


「そうなんだ。その子の名前は?」


「……えーと……なんて言うんだっけ?」


「いや、同じ班の人の名前ぐらい覚えようよ……」


 ここ数日、麗衣は学校に来て授業を受けている。

 麗衣曰く、鼻の骨が治るまで安静にしていないといけないとの事で、自主練が出来ないから仕方なく学校に来ているそうだ。

 怪我が理由で学校を休むんじゃなくて、学校に来る理由にする奴は日本広しと言えど麗衣位のものだろう。

 おかげで、こうして一緒に下校をしている訳だが、他の下校している生徒達の驚きと好奇に満ちた視線を浴びて、ちょっとむずがゆい。

 周りからはどう見られているのだろう?

 流石にカップルとは思われていないだろうけれど、男子の苛められっ子とヤンキー女子の組み合わせは客観的に見て不自然だ。

 麗衣が顔に怪我をしてから学校に来るという、普通とは逆の行動で注目を集めたりしていたけれど、その上クラスカースト最底辺の俺と親しく過ごしている為、周りから一層変人扱いされているようだ。

 まぁ、お陰で最近全く俺は苛められていないので感謝しているけれど。


「あー何か微妙な視線がイテ―よなぁ?」


 周囲にも聞こえるような大きめの声で不機嫌そうに麗衣は言った。


「ちょっと麗衣……あんまり敵を作るような発言は控えて……」


 俺が麗衣を宥めて居ると。


「あ、美夜受さぁーん! 居た居た!」


 所謂姫カットの前髪が揃えられた黒髪ロングのお嬢様風少女が麗衣に声をかけ、駆け寄ってきた。


「ああ。同じ班の……えっとぉ……」


十戸武恵とのたけめぐみだよ。同じ班だから名前ぐらい覚えてよね?」


 十戸武は大して怒った様子は無く、むしろおかしそうに言った。


「うっ……わりぃ。十戸武」


 さっき俺が指摘した事と同じ事を言われ、思わず俺は笑ってしまった。


「ははははっ! なぁ麗衣? 俺の言ったとおりだろ?」


「うっせー。あたしの下僕の癖に生意気だぞ!」


 不意に麗衣は俺の背に回り、素早く腕を首に廻すとヘッドロックを掛けてきた。


「ぐ……ぐるじぃ……」


 麗衣も実は総合を使うんじゃないのか?

 そう思ってしまうぐらい見事なヘッドロックから抜け出す事が出来ず、酸欠死する前に腕をタップした。


「WINNER! 美夜受麗衣選手!」


 何が楽しいのか、麗衣は自分で勝ち名乗りを上げながら腕を解放してくれた。

 お前はプロレスごっこ好きな小学生男子か?


「はぁ―はぁー……」


 息も絶え絶えの俺とドヤ顔を浮かべている麗衣の両方に視線を左右させて、十戸武は笑い出した。


「ふふふふふっ。美夜受さん、格好良いだけじゃなくて、面白いよね」


「はぁ? こんな傷だらけの顔で何処が格好良いんだ?」


「ううん。勿論顔も格好良いけど、なんて言うか態度も……毅然としているし凛々しいし、……あと、掃除の時以外でも、授業の準備で色々重い物運ぶ時とか何も言わなくても手伝ってくれたし、私ひとりじゃ無理だったのに軽々持っていて凄いなぁと思った」


 まぁコイツはガードの上からハイキックで男子プロボクサーを失神させるような化け物ですから。

 ……首を絞められる前だったら十戸武の言う事に賛同していたけれどねっ!


「まぁ普段から鍛えているからな」


「へぇ……ねぇ? ちょっと腕触って良い?」


「ああ。構わないけど……」


 麗衣が妙な顔をしながら、十戸武に許可した。

 十戸武は麗衣の腕の太さを確かめるかのように触ると、あたかも恋人であるかの様に腕に頬を寄せた。


「なっ? ……何するんだよ?」


 思いもよらぬ十戸武の行動に流石の麗衣も困惑していた。


「ゴメンねぇ。もし美夜受さんが男の子だったら付き合って欲しいかも? なんて考えちゃってさぁ」


 やっ……やるなぁ十戸武。

 多分そんなに麗衣と話した事が無いはずなのに、この距離の詰め方は何だ?

 きっと女子同士だから出来る事なのだろうな。

 勝子と言い恋のライバルは女子の方が多くなるのではないか?


「ばっか。折角綺麗な顔しているのにあたしなんかに構っていたらもったいねーよ」


 麗衣は優しく十戸武の身体を放すと、髪をそっと梳いてやった。


「緑成す黒髪って言うのはこういうのなんだろうな。髪の毛だってこんなに艶やかで綺麗だし、きっと十戸武に相応しい良い野郎が見つかると思うぜ?」


 アカン。

 こいつ天然ジゴロだ。

 女殺しだ。

 何処の不良が緑成す黒髪なんて台詞吐くんだ?


 十戸武はあたかも偶像を崇拝するかのような目で麗衣を見ている。

 この表情どこかで見おぼえあるな……。


 ……ああ。思い出したくないを思い出した。

 虫も殺さぬような顔で「ぶっ殺す」というのが口癖のふたつおさげのアイツだ。

 ボクサーの癖にローキック躱すのに胴回し回転蹴りをぶちかましたり、オーバーハンドライトで男の体を宙に浮かせたあの非常識極まりない化け物か。


「あの……その……一つ変な事聞いて言い?」


「ん? 何だい?」


「その……美夜受さんと小碓君って物凄く仲が良いけれど、もしかして付き合っているの?」


 ハイ。お決まりの質問きました。

 分かっていても返事の仕方が分からないので、ご主人様に返答を委ねます。


「は? そんな訳ねーじゃん。武はあたしの下僕だぜ? なっ……なあ? 武?」


 ご主人様は頼りになりませんでした。


 てか、なんでそんな怪しい返答するんだよ!

 ……いや、事実だけど。


 それよりか、他人に麗衣の下僕だって宣言しろ、っていうのか?


 冗談じゃない。


「ああ。俺は麗衣の下僕なんだ」


 反抗の叫びは心の中で虚しく消え去りました。


「ふーん……でも、どうして小碓君は下僕になっちゃったの?」


「えっとぉ~それは内緒だ」


 まさかキスをしてそういう関係になったなんて事は口が裂けても言えないだろうな。


「それは俺がある事の責任をとって……」


 ゴン


 有無を言わさず鉄拳が俺の頭に減り込んでいました。


「あはははっ! 二人とも本当に面白い。お似合いだと思うんだけどなぁ? ねぇねぇ? 本当に付き合ってないの?」


「あたしにも選ぶ権利ってものがあるからな」


 ここに至って麗衣は仏頂面を浮かべた。

 男子相手なら多分例の如く口汚く罵られるんだろうけど、好意的な女子には優しいんだな。


「そっかぁ……じゃあ美夜受さんの恋人候補に立候補しようかな……なんちゃって!」


 十戸武はちょっと悪戯っぽく舌を出した。

 あ、これ多分本音だ。


「これからデートって時にゴメンね。また明日ねー!」


 十戸武は手を振りながら去って行った。

 そのデートとやらの行った先で人を殴る練習をしに行くのだけどね。


「そんなんじゃねーって言うの……。何なんだアイツ?」


「まぁ、麗衣の良いところを知ってくれる娘も居て、良かったと思うよ?」


「武に言われてもなぁ……」


 そう言って麗衣は溜息をついた。


「すいません……」

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