第33話 勝子の謎

「で、さっき聞いていた勝子ちゃんの事をなんで知っているのかって質問だけど、勝子ちゃんはウチのジムのボクシングクラスでサブトレーナーをやって貰っているのよ」


「ええ? アイツ高一ですよ!」


 高校一年生で格闘技のジムでサブトレーナーをやっているという事に驚愕した。

 高校でも部活なら一年生なんてペーペーなのに大人達を相手に指導しているという事なのか?


「彼女の経歴なら文句なしよ。むしろ只のサブトレーナーなんかじゃ勿体ないぐらいよ」


 妃美さんは残念そうに話を続けた。


「彼女は女子ボクシング全日本アンダージュニアで優勝したし空手は黒帯だから、今すぐプロの選手としてデビューしても通用するぐらいのレベルなのだけれどね。本人にその気は無くて自主練とアルバイト出来ればそれで良いって感じみたいね」


「勝子なら三戦もあればウチの団体の王者かマイナーな世界タイトルの王者になれるんじゃないか?」


 キックボクシングは日本国内だけで見ても度重なる分裂騒動で団体が乱立する為、各団体の選手層がボクシングに比べて圧倒的に薄いのが実情だ。

 その為、規模が小さな団体で選手層の薄い階級であれば、試合数が少ないチャンピオンが存在する場合もある。

 それにしても三戦で王者というのは異常な速さには違いないだろうが。


「本当は勝子にはあたしの事なんか構わないでボクシングに戻って欲しいんだけどな……」


 麗衣はポツリと呟いた。


「アイツはボクシングの世界王者はもちろん、それよりも遥かに難しいオリンピックでメダルを狙える器だ。そんな奴がこんなところで腐っていちゃいけないんだよ」


「あーら。麗衣ちゃん? 何気にウチ等のことディスってない?」


「そんなんじゃねーっすよ。只、勝子が選手としてボクシングを止めてしまった事も、あたしから離れられないのも、ある意味あたしの責任だから……」


 麗衣の表情が暗く沈む。

 勝子との過去に一体何があったというのか?

 確かに傍から見ても勝子の麗衣に対する執着は異常ともいえる。

 気になるところだがあまり触れてはならないと察しているのか妃美さんは別の観点から言った。


「うーん……でもねぇ、アスリートって子供の頃天才だって騒がれていても、様々な事情があって日の目を見ない人って一杯いるのよね」


「そんな事分かっています! でも勝子はそんな奴らとは違う! あの子は本当の天才何だよ! あたしなんかと一緒に居る場合じゃないんだ!」


「まぁまぁ。麗衣ちゃんが勝子ちゃんの事を物凄く大切に思っているのは知っているけれど、勝子ちゃんの事は取り合えず置いておいて、今日は小碓君の体験入門でしょ?」


「あ……そうでしたね。わりぃ武……何か変な事聞かせちまって……」


 麗衣は頬をかきながら謝罪した。


「いや。良いよ。俺から勝子の事質問しちゃったんだし」


「ああ。あと、出来ればあたし達が今言っていた事、勝子には内緒にしておいてくれないか?」


 麗衣は両手を合わせ、拝むようにして俺に頼んだ。

 俺にこんな風に頼むのは初めてじゃないだろうか?

 余程過去に勝子との間に大きな出来事があったのに違いない。

 気になるのは確かだが、只の興味本位で聞いてはいけない事なのだろう。


「勿論言わないよ。そもそも勝子は俺の事嫌っているだろうし、あんまり話ししないと思うけど」


「勝子が武の事を嫌う? いやいや。それはないだろ? 案外似た者同士って本人は思っているんじゃねーのか?」


 勝子が俺を嫌っていない?

 勝子と俺が似ている?


 あまりにも予想外の返事に俺は正直困惑した。

 似た者って同士って麗衣を慕っているという意味では共通しているけれど、そんな話じゃないよな?

 格闘技経験者の三人が集まるうるはでも最強のアイツとホンの数日前まで苛められっ子だった俺の何処が似た者同士なのだろうか?

 只、麗衣が冗談を言っているようには思えないが……。


「まっ……まぁよく分からないけど、絶対に言わないから安心して良いよ」


「ああ。助かるぜ。じゃあ、これから無料体験について妃美さんについて説明を受けてくれ。あたしは先に着替えてストレッチしているからよぉ……」


 麗衣がそう言って背を向けたところ、妃美さんは麗衣の襟を後ろからむんずと捕まえた。


「ちょっと待った。麗衣ちゃん。まさかその怪我で練習するつもりなの?」


 妃美さんは黒い笑顔で麗衣に言った。


「いや……えっと……ホラ。武に見本ぐらい見せねーと駄目ですし……。だから、ちょっとだけ……ね?」


 麗衣は舌を出して、両手を合わせて妃美に可愛らしくお願いをした。

 俺だったら一発で落とされて何でも言う事を聞いてしまいそうだが。


「麗衣ちゃんは怪我治るまで一切練習しちゃ駄目よ♪」


 妃美さんはまるで母親が可愛い子供を諭すように言った。


「ううっ……もう三日以上何も蹴っていないので、ウズウズしてるんですよぉ? 少しぐらい良いじゃないですかぁ~?」


 今度は甘えたような声を麗衣は出して、キラキラと瞳を輝かせながら懇願した。


「ダ・メ・ヨ! 麗衣ちゃん折角可愛いのに顔の傷が治らなかったらどうするの! カレシに良いところを見せたいのは分かるけれど、お医者さんの許可が出るまで我慢しなさい!」


「ちぇっ! ……はーい。分かりましたよ。てか、何度も言うようにカレシじゃありませんので!」


 麗衣は口を尖らせて不貞腐れていた。

 これは年上の姫野先輩にすら見せない表情だ。

 麗衣の新たな一面を見れたのかも?

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