第47話 意地とケジメ
「「「亮磨さん!」」」
特攻隊長が成す術も無くやられてしまった様を見ている事しか出来なかった
「てめぇ!」
「止め給え! 君の敵う相手じゃない! それに暴力沙汰で退学になりたいのか!」
「で……でもよぉ……」
姫野先輩が
「それよりか急いで赤銅君を蘇生させなければならない。僕が緊急の措置で蘇生させるけど、単なる失神じゃない可能性もある。急いで保健室の先生を呼びに行きたまえ!」
姫野先輩の迫力に押され、茶髪の男は振り上げた拳を下ろさざるを得なかった。
「わ……分かった。保健の先公を呼んでくる!」
茶髪の男は校舎に向かって走り出すのを確認すると、姫野先輩は横向きに倒れて白目を剥く
「強張ったりして力が入っていると失神じゃない可能性もあるから、無暗に動かしちゃいけないのだけれど、完全に脱力しているね……」
締め技を使う日本拳法を習得している為か、締め落とされた人間の蘇生法も姫野先輩は知っているようだ。
姫野先輩は動かない亮磨を仰向けにし、ワイシャツのボタンを緩める。
そして姫野先輩は赤銅亮磨の靴を脱がし、両足の足首を持つと腰の位置位まで持ち上げた。
「締めて落とされた人間を蘇生させるには、足の血液が脳へ流れやすくする為に足を身体の上に持ち上げるんだよ。幾つか蘇生方法はあるみたいだけど、肩固めは頸動脈を圧迫して脳に酸素が行き渡らない状況だから、多分この方法が良いみたいだね」
ボクシング、空手以外に恐らく柔道も使えそうな勝子は姫野先輩の行為について説明した。
「うっ……」
やがて亮磨はぼんやりとした表情であったが、意識を取り戻したようだ。
「無事かね? 赤銅君?」
姫野先輩が掴んでいた両足を下ろすと、亮磨の顔を近くで覗き込んだ。
「へ……平気だ」
亮磨は姫野先輩から顔を反らせた。
「敵対している僕の助けなど受けたくないのは分かっているが、この後保健の先生にも診て貰うんだ。場合によっては病院に診て貰うんだ」
「……わりぃな」
恥ずかしそうに小さな声で亮磨は言うと、再び煙草を燻らせながら、その様子を見ていた身毛津は笑いながら言った。
「ぎゃはははっ! 女に助けられるとは情けねーな! B級ラブコメしてるんじゃねーよ!」
そして身毛津が煙草を咥えると、先端の火元が吹き飛んだ。
「あのよぉ……テメーが用あるのはあたしだろうが? 勝手に人の庭でイキってるんじゃねーよ?」
何時の間にか身毛津に近づいていた麗衣は横からの素早い揚げ蹴りで煙草の火を消したのだ。
身毛津は巻紙がハの字に破け刻みを覗かせている、不格好に変形した煙草を忌々しそうに眺めると地面に投げ捨てた。
「……テメェが
「あ? キタネェ不意打ち野郎が何言ってんだ? 不意打ちさえなけりゃ今頃テメーの面がボコボコになっていただろうによぉ?」
「何なら今すぐお前をアイツと同じ目に遭わせてやろうか? いや、ションベン漏らすまで締め続けてやるよ」
「……上等だこの野郎!」
麗衣が殴りかかろうとしたので、勝子が慌てて抱き着くようにして麗衣を抑えた。
「勝子! 放せ! この野郎をぶち殺してやる!」
「駄目だよ! 麗衣ちゃん! 代わりに私がやるから!」
「そんな事したら勝子が退学になるだろ! コイツはあたしの客だからあたしがやる!」
「そんな事言ったら麗衣ちゃんだって退学になっちゃうよ! 私なんかどうなっても良いから!」
「良い訳ねーだろ! これ以上お前に迷惑かけたら、どうやって詫びれば良いんだよ!」
さっきは「白昼堂々珍走と喧嘩して退学なんて目も当てられねー」とか「日時と場所を改めて、またお越しいただく」とか言っていた事をもう忘れたのか?
普段はああ見えて結構思慮深い麗衣なのに、暴走族が関わった途端に理性を無くすのは何故だろうか?
俺は困ったので姫野先輩に目を向けると、姫野先輩はやって来た保健教師と共に亮磨の身を起こす手伝いをしていた。
この状況だと……もしかして俺がやるしかないのか?
赤銅亮磨のように落とされるか退学。
どちらも地獄であるが、今の心理や怪我の状態から麗衣を喧嘩させる事だけは絶対に出来ない。
俺は意を決し、歩を進めると、同じタイミングでパトカーのサイレン音が鳴り響き、音は学校へ近づいてきた。
「チッ……
「どうせ邪魔が入るのは想定内だしよぉ、そこの雑魚落としたのは丁度良い挨拶代わりになったろ? 身毛津守でネット検索すれば俺のアカウントのSNSがあるからよぉ、そこにタイマンの場所と日時載せとくぜ! 逃げんなよ?」
そう言うと、パトカーのサイレンを掻き消すかの如く、盛大にマフラーから爆音を鳴らすと校舎の裏門に向かってバイクを走らせた。
「アイツ等事前に学校や校庭の事把握していやがったか」
今時スマホで地図を検索すれば学校の場所ぐらいは簡単に分かるだろうけれど、裏門の存在まで知っていたようだ。
俺の知る限りじゃ、小学や中学には大体正門以外に裏門はあるけれど、高校の場合、裏門が無いのも珍しくないのだが。
脱出経路を確保する為、わざわざ下調べでもしていたのか? ……暇な連中だな。
◇
この後は大変だった。
生徒指導室に呼び出され、俺達は教師とやって来た警察による事情聴取が行われた。
そもそも俺達は手をだしておらず、赤銅亮磨が締め落とされたので、むしろ学校としては被害者側なのだが。
幸いな事にまだ、警察や学校には
麗衣や俺達は、たまたまその場所にやって来ただけで、むしろ
その様に話を纏めたのは意外な事に
身毛津守に手も足も出ないままやられてしまった
あるいは麗に敗れた
それとも自分を助けてくれた姫野先輩に対して思うところがあったのか?
事実は分からないし、言わば
俺達は興味本位で不良同士の抗争に首を突っ込まない様にと釘を刺され、解放された。
◇
「クソ……よりによってDV野郎に借りを作っちまうなんてな!」
麗衣は忌々し気に壁を蹴りながら言った。
「彼なりに男の意地というものでもあるんだろう? 今日は彼の好意に甘える事にしよう。何、彼は手を出してはいないのだから最悪停学になっても退学にはなるまい」
「……気にいらねーな? さっきは助けちまうし、妙にDV野郎の事肩持つじゃねーか?」
「あのまま放っておく訳には行かないからね。人として当然の事をしたまでだよ?」
「どうだろうな……同じクラスで平気で過ごしていたらしいし、お前等本当は出来ているんじゃないか?」
「僕が男性と? まさかね……僕には男性を愛せないよ? 君には僕のある障害を打ち明けた事があるけれど忘れたのかい?」
ふざけた様子から一転して麗衣は頭を下げて謝罪した。
「悪かった……許してくれ」
姫野先輩は謝罪する麗衣の頭をそっと撫でながら言った。
「そんな姿、君らしくないよ? こんな僕でも認めて拒否もしないで側においてくれた君の事をどれだけ感謝しているか……」
「その……DV野郎が族かと思うと苛立っちまうし、絶対に姫野にはあんな野郎に関わって欲しくないと思ったら、つい……本当に悪かった」
麗衣がこんなに真剣に謝るなんて……勝子もそうだけれど、姫野先輩にも何か抱えている事があるのだろうか?
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