第129話 美夜受麗衣VS膳夫羽吹 ハイキックで受けた借りはハイキックで返す
俺と吾妻君は姫野先輩の車のシートに美鈴先生を寝かせると、車の中のクーラーボックスから
姫野先輩から何時も応急処置の為に薬箱を準備している事とクーラーボックスに氷嚢を入れている事は知らされていたし、怪我人が出た時は自由に使ってくれと言われていたのだが、まさか旅行先にまで持ってくるとは思わなかった。
もしかすると姫野先輩は旅行先でも喧嘩になる事を予測していたのかも知れない。
とにかく、応急処置が出来るのは助かる。
まずは状態の確認だ。
意識があれば本人の一番楽な姿勢を取らせるが相変わらず意識は無い。
意識がなくなると、舌根沈下や嘔吐物などにより気道の閉塞が起こることがある。
これを防ぐために、美鈴先生を横向きにして下顎を前に出し、両肘を曲げ、上側の膝を直角に曲げ、後ろに倒れないような体勢にする。
次は気道確保。
幸い呼吸が止まったり乱れたりしている様子は無い。
次は患部を冷やすことにする。
因みに氷の入った袋に霜がついている場合は凍傷防止の為に水で一度洗う必要があるが、氷嚢だったので、その必要は無かった。
美鈴先生が蹴りを喰らったと思しき側頭部に氷嚢を枕代わりにして寝かせた。
「う……ん……」
氷嚢の冷たさで目覚めたのか?
美鈴先生は薄っすらと目を開いた。
「……アレ? ここは?」
不意打ちを喰らった事も気付かない内に気絶させられてしまったのだ。
記憶が飛ぶ以前に現状が把握できてないようだった。
「美鈴先生! 大丈夫ですか!」
無事に意識を取り戻したようなので、俺はひとまず胸を撫で下ろした。
「私……如何したんだっけ? ……つうッ!」
先生は側頭部を押さえた。
「先生は膳夫って奴にタイマンに勝った後、不意打ちを喰らって気絶させられたんです」
「そうなんだ……情けないね」
「いえ! 男の癖に卑怯な真似をしたアイツが悪いんです。先生は完全に勝っていましたから!」
美鈴先生が泣きそうになっていたので俺は擁護した。
「それで……今如何なっているの?」
「今は麗衣達が敵全員と喧嘩しています」
「大変! 私も加勢しなきゃ!」
美鈴先生が跳ね上がる様にして上体を起こした。
「先生待ってください! 相手も多いですが、麗衣達なら負けないですからここで待っていてください!」
「で……でもぉ……皆が怪我するかもしれないのに……皆を守らなきゃ!」
「安心してください。一緒に半グレの事務所に乗り込んだんですから俺達の強さは知ってますよね? あの時の力士みたいなのは相手に居なそうですから大丈夫ですよ。それよりか先生をこれ以上怪我でもさせたら麗衣や姫野先輩に俺が怒られますから皆を信じて待っていてください」
半グレのボディーガードをしていた元力士兼元レスラーは俺と麗衣の同時攻撃にもビクともしない様なとんでもない化け物だったが、膳夫という男程度が
「分かりました……足手まといになりたくないので待っています……」
美鈴先生は納得がいっていない様だが、渋々と言う事を聞いてくれた。
「ハイ! 敵をさっさと片付けてきます。念の為に吾妻君にここに残って貰います。先生は安心して待って居て下さい」
「小碓君も絶対怪我しないでね!」
俺は頷くと吾妻君に言った。
「話を聞いていたと思うから分かっていると思うけど俺は加勢に行くよ。万が一敵が来たら先生を守って貰えるかな?」
「ハイ! 先生は絶対にボクが守ります! だから心配しないでください!」
吾妻君は力強く頷いた。
◇
敵を全滅させようと意気込んで車を出たが、既に大勢は決していた。
美鈴先生に応急処置をしている間に30人は居たであろう敵の内、立っている者は10人も居なかった。
「うらあっ! 膳夫! 逃げ回ってねーで出てこいや!」
雑魚に
「ああっ? さっきの女センセ程強いと思えねーJKから何で逃げなきゃなんねーんだよ? やってやるよ!」
挑発に乗った膳夫は前に出てくると、サウスポーの麗衣が相手という事もあるのか? いきなり逆突きで突いてきた。
麗衣は右足のつま先を45度前に出し、逆突きを躱しながらウェイトを乗せたミドルキックを膳夫の腹にカウンターの蹴りを放つ。
「うぐっ!」
恐らくバットで殴られた様な衝撃で膳夫は息を詰まらせた。
麗衣は大きく踏み込み、再びミドルキックを打つ体勢を取った。
またミドルキックを喰らう事を嫌ったのか?
膳夫は少林寺拳法の一字構の体勢から十字受けの構えを取る。
だが、これはフェイントだった。
麗衣は胴体を正面に向くまで廻し、胴体を止めると後ろ肩を突き出し、隙だらけの膳夫の顔面を左ストレートで打ち抜いた。
「ぐうっ!」
膳夫がよろめくが、麗衣の攻撃は止まらない。
麗衣は更にステップインして踏み込むと、右フックで膳夫の顎を引っかけるようにして打ち抜き、間髪入れず右足に重心が掛かった反動を利用して左の肘を下から突き上げるようにして水平に肘をこめかみに捩じ込んだ。
そして、スイッチせずに右足をやや外側にステップして左足を回転するようにミドルキックをボディに狙って打った!
「がはっ!」
カウンターの左ストレートからステップインして右フック、左肘打ち、左ミドルキック。
この男が少林寺拳法でどの程度腹を鍛えたのか知らないが、麗衣のフルスイングしたバット並みの威力を持つミドルキックに耐えられず、腹を抱えながら膝を着いた。
「オイオイ? まだおねんねの時間には早いぜ? この卑怯モンがよおっ!」
麗衣は膳夫の襟首を掴んで体を無理矢理起こすと、膳夫の首を引き込むようにして腕を廻し、首をしっかりと抑え込み、重心を低くする首相撲の体勢を取ると、左足を大きく引き、両腕で膳夫を引き寄せるようにして力強く膝蹴りを鳩尾に打った。
「ぐはっ! か……勘弁してくれ!」
膳夫はあっさりと膝蹴り一発で抵抗を諦めたが、麗衣は許す様子が無い。
「さっき、参ったしたテメーは何をしたか覚えているか?」
そう言うと麗衣は容赦なく膝蹴りを二発、三発と打ち込んだ。
「おえええっ!」
吐瀉物を地面にバラまく直前、麗衣は膳夫を離した。
「きったねーな。試合で防具使うとしても腹ぐらい鍛えておけよな? ……今度こそ負けを認めるか?」
「ひいいっ! おっ……俺の負けだ!」
膳夫は涙目で両手を前に出しながら子供の様にいやいやと首を振った。
「じゃあテメーラ珍走は今日で解散するって事で良いな?」
「ああっ!
「その言葉を忘れてまたテメーラが活動していたら東京からテメーラをまた潰しに行くからな?」
麗衣がそう言って背を向けた時だった。「馬鹿が! 只で東京まで返さねーよ!」とでも言わんばかりに背後から膳夫がハイキックを放ってきた。
だが、麗衣はスッと身を落とし、蹴りを躱した。
さっきは油断しきっていた美鈴先生は喰らってしまったが、麗衣はこう来ることを読んでいた様だ。
「バカ。こっちが誘ったんだよ!」
麗衣は腰から下を回転させ、軸足にタメを作り、足を回転させながら膳夫の胴体を足裏で蹴り飛ばすと、膳夫は二歩三歩とよろめいた。
「うわあ~」
敵の事ながら俺は思わず同情の声を上げた。
首相撲からの膝蹴りで吐いたばかりなのに、更にバックスピンキックで腹を蹴られては堪らないだろう。
蒼褪めた表情で腹を押さえている膳夫に対して、麗衣は踏み込んでインローを放つ。
恐らくローキックを受けた経験がないであろう膳夫の体が大きく傾く。
麗衣は素早く引き、身を落としながらまたローキックを打つような構えを取ると、脅え切った膳夫は身を縮こまらせながら太腿を守る様に掌を下に向けていた。
ローキックやミドルキックを下段払いの類で防ごうとしたら恐らく腕の方が折れるのでそのまま打っても良いかと思われるが、これは確実に仕留める為のフェイントであった。
麗衣はローキックを打たずに軸足をあげて身を起こすとハイキックで膳夫の首に目掛けて振り抜く!
鞭の様にしなった麗衣のハイキックは膳夫の頸動脈に巻き付いた。
「あが……」
膳夫の無駄な抵抗は返って痛めつけられるだけに終わった。
地面に倒れた膳夫の頭を踏み下ろし、麗衣が拳を突き上げながら高らかに勝利を宣言した。
「全員聞け! 膳夫はこのあたしがブッ倒した! 喧嘩は終いだ! あたし達、麗の勝利だ!」
麗のメンバーは沸き立ち、僅かに無事だった
「ハイキックで受けた借りはハイキックで返したぜ。美鈴ちゃん」
離れた場所の車の中に居る美鈴先生に向かって麗衣は呟いていた。
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