第80話 麗衣はモテるよな……。相手は女子ばっかりだけど……。

 麗衣は歩くのもままならない十戸武の身を案じて、十戸武が乗って来たカブを自分が運転して二人乗りして送ると言い出した。


 喧嘩をしに来た十戸武が乗ってきたバイクがホンダのスーパーカブというのが、気の抜ける話だが……。


 それはとにかく、麗衣は喧嘩した相手に対して甘いどころか過保護に思えるぐらい優しくしていた。


「本当はリンチされても仕方ない立場なのに、そこまでして貰ったら悪いよ……」


 流石に十戸武は麗衣の好意を断ろうとしたが、麗衣はそれを許さなかった。


「駄目だ! 折角喧嘩が終わったのに、そんな足で事故ったら如何するんだよ?」


「でも……美夜受さんだって頭痛いんじゃないの?」


 後から聞いた話だと、俺が助けに入った事が不服である麗衣が、わざとマウントポジションから十戸武に自分を殴らせたらしいが、その時、打たれた顔がコンクリートとパンチのサンドイッチ状態になって一瞬意識が飛んだらしい。


 それでも麗衣は意識を取り戻し、何とかマウントポジションから抜け出したら身毛津の横槍が入ったらしい。


「赤銅のパンチに比べりゃ如何ってことねーよ。それに中坊の頃からしょっちゅう男子や姫野に喧嘩売ってボコボコにされていた、あたしの打たれ強さを舐めんなよ。それより十戸武はここまで打たれた経験はないだろ?」


「うっ……うん。最近は鍛錬で長野さんのボディ打ちも慣れてきていたから、戻したのは久しぶりだし足も本当に動かない……顔まで打たれていたら、もっとあっさりと負けて今頃病院送りだったと思うけど……私が全力出してもハンデ貰っても手加減している美夜受さんに敵わない何て……本当に凄いよ」


 十戸武はここが自分の居る場所だとばかりに麗衣の腕に寄り添い。頬を当てると長い睫毛のかかる瞳を閉じた。


「分かりました。この御恩は必ず返させて頂きますので、今日はお言葉に甘えさせて頂きます」


「ったく、大袈裟な野郎だな……友達ダチに遠慮なんか要らねーのによ」


 麗衣は軽く十戸武の頭を撫でると、スマホで地図アプリのゴーグルマップを弄りながら言った。


「今日家まで送って行ってやるけど、お前の家の住所からあたしの家まで遠いから帰りにあたしの足に使っていいか? 土日はどうせバイクに乗れないだろうし、月曜日に学校に乗ってくれば良いか?」


「うん。そうしてくれると助かるな。でも、美夜受さんならもっと格好良いバイクが似合うと思うけれどゴメンね」


「何言ってるんだ? こっちも帰りの足があるのはありがたいから助かるぜ」


 そう言うと、麗衣は姫野先輩の方に振り向き、尋ねた。


「じゃあ、あたしはカブに十戸武乗せて送るけど……姫野はクロカンの運転大丈夫なのか?」


 長野に敗れ、失神した姫野先輩の身を案じた麗衣に対して姫野先輩は安心させるように微笑んだ。


「ああ。大丈夫だよ。さっき武君に貰った水でロキソプロフェンの鎮痛剤を飲んだからね。もう30分経っているから効き始めて大分痛みが治まってきているよ」


 ロキソプロフェンとは非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)の一種でよく頭痛や腰痛の鎮痛剤として医者が処方する薬であり、鎮痛・解熱剤として多くの種類の市販薬に含まれているアセトアミノフェンやイブプロフェンよりも鎮痛作用が大きい。

 なお、ロキソプロフェンを含む鎮痛剤や貼り薬はドラッグストアでも購入可能だが第一類医薬品の為、購入には薬剤師の許可が必要となる。


「武から貰った水……ほほう~それは間接キスじゃねーか?」


 麗衣が目を細めると、姫野先輩は苦笑した。


「だから、武君がどんなイケメンだったとしても僕が恋に落ちる事が無いは知っているだろ? 僕にとっては弟と間接キスした位の感覚だよ。心配しなくても君の彼氏候補を取ったりはしないから安心したまえ」


 姫野先輩の台詞は何処から突っ込んだらいいのか分からない程突込みどころだらけだった。当然の如く麗衣は俺との仲について否定しようとしていた様だが、麗衣を制する様に話題を切り替えた。


「それよりか、身毛津守の事が少し気掛かりだが……赤銅君達に任せて良いのかな? 本当に僕達の協力は要らないのかい?」


 姫野先輩は赤銅に尋ねた。


「ああ。身毛津の事は草の根を別けてでも見つけ出して、きっちりケジメは取らせて貰うからな……それよりかお前等、周佐以外はボロボロじゃねーかよ。病院に行くか早く帰って休め」


 途中から参戦した亮磨には分からなかった様だが、実際は勝子も外見こそ怪我をしていないが相性が悪い岡本依夫と、勝子よりも実力が上の長野との連戦で相当疲弊していたようだ。


「分かったよ。邊琉是舞舞ベルゼブブの処分を含め、身毛津守の事も君らに任せよう。好きにしてくれるといい。それで麗衣君……彼らの事でお願いがあるのだが……」


 姫野先輩が麗衣に目を向けると麗衣は溜息をつきながら言った。


「OK言わなくて良いぜ……。鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードの最後の夜だろ? それに勝利を祝いたいよな……。良いぜ。今夜に限っては見て見ぬフリをするぜ。好きに走りな」


 麗衣はそっぽを向きながらそう言うと、澪が麗衣に抱き着いてきた。


「ありがとー! 麗衣サン愛してる!」


 左に十戸武

 右に澪


 両手に花とはまさしくこの事だろうか?


 俺達男子から見れば羨ましい限りだ。


 それにしても麗衣はモテるよな……。相手は女子ばっかりだけど……。


 また黒いオーラでも発するものかと警戒し、勝子の方を向くと、意外な事に麗衣が両手に花状態であっても気にした様子を見せず、冷静な口調で姫野先輩に言った。


「あの……姫野先輩。私達はこの後、反省会をやるので歩いて帰ります」


 勝子は俺の肩に軽く触れて、姫野先輩にそう言った。

 そう言えばさっき解散後に用があると言っていたけれど、その話だろうか?


「大丈夫かね……まぁ、ここから君達の家まで、そんなに家から離れてはいないけれど……いや。愚問だったか」


 まぁ帰り道一人になっても勝子ならば、暴漢にあっても地獄を見るのは相手の方なので危険などあろうはずもない。


 こうして、俺達『麗』は解散した。



              ◇



「ねぇ勝子……反省会って何やるんだよ……」


「……」


 先を行く勝子は俯きながら黙って歩いている。


「あれかな? 俺の喧嘩の仕方。あまり上手くなかったとか……かなぁ?」


「……」


「いや、でも考えてみたら勝子も岡本依夫と戦っていたし、俺の喧嘩なんて細かいところ見れてないよね……あはははっ」


「……」


 こんな感じで勝子はさっきから、ずっと黙り込んだままだ。


 もしかして、何かしでかしてしまっただろうか?


 いや、それとも十戸武が麗衣との距離を縮め、澪という新たなライバルも出現した事に対する不安でもあるのだろうか?


 それが原因で不機嫌であるとしたら正直めんどくさいが……。


 あるいは長野に勝てなかった事、あるいは身毛津に勝負の邪魔をされた事が相当悔しかったのかな?


 色々と思い当たる節はあるが……一体何が原因なのだろうか?


 あれこれ想像をめぐらしながら歩いていると、何時の間にか立国川公園に着いていた。


「あれ? ここは立国川公園じゃないか? 勝子の家ってこっちなの?」


 以前、鮮血塗之赤道ブラッディ・レッド・ロードと喧嘩をしたこの場所から、勝子の家は近いのだろうか?


「いいえ……ゆっくり話すのはこの場所が良いと思ってね……」


 元気もなく、低い声で答えた勝子は公園の中に入った。


 公園内は人気が一切なく、街灯に虚しくもカンカンと何度もぶつかり続ける羽虫の音が響き、羽虫の粉か、街灯の埃か分からないが、光の中に粉が舞っていた。


 そして、勝子はベンチの近くで足を止めた。


「……ねぇ……私が貴方に話したい事って何だか分る?」


 さっきから、色々考えているが理由が全く分からない。


「御免分からないな……」


 正直にそう答えた刹那。


 バシン!


 首が捩じれんばかりの凄まじい衝撃で脳裏まで痺れた。


「なっ……!」


 腰が落ちた。


 ほとんど見えなかったが、ジンジンと痺れるこの痛みから、パンチではなくビンタによる衝撃だったようだ。


 そして、勝子は地に尻を着いた俺の襟首を掴み、ぐいと引き寄せた。


 殺される!


 本気でそう思い、思わず恐怖で瞳を硬く閉じる。


 だが、次の攻撃の瞬間は何時まで立っても訪れない。


 俺は恐る恐る瞳を開くと―


「馬鹿! ……どうして……どうしてあんな無茶をしたのよ! 本当に……本当に心配だったんだからね……」


 勝子は俺の襟首を掴みながら、顔を見られたくないのか?


 俺の胸元に顔を当て、小刻みに肩を震わせていた。

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