第107話 美夜受麗衣VS武諸木多君 偽物にあたしは負けねーよ
「うらあっ!」
あたし、美夜受麗衣は隊長補佐とやらの
ローをぶち込んだ時に左手を伸ばしていたので、それが牽制となり武諸木は反撃へ繋げられない。
あたしはローの蹴り足をそのまま振り下ろし、踏み込むと体を斜めに倒す様に右のハイキックを武諸木の首にめがけて打ち込む。
武諸木の右のガードが上がっていたが、構わずぶち込んだ。
「ちいっ!」
武諸木は僅かにグラついたように見えたが、倒れず、逆に左ミドルで返してきた。
あたしは前足の右膝でカットし、カットした足をそのまま落とし、流れるように左ミドルを武諸木の腹にぶち込んだ。
並みの相手であればガードの上からぶち込んだ右ハイキックか左ミドルでKO出来るが―
「うおっ!」
あたしは武諸木が放ってきた左ハイキックをスウェーバックで鼻先スレスレの位置で躱した。
今は武諸木の距離っぽいので、あたしはバックステップして武諸木と距離を取った。
「中々やるじゃねーか。テメー何級だ?」
あたしは武諸木に尋ねた。
「アマじゃあライト級だぜ。テメーこそせいぜいフライ級以下の体格なのにやるじゃねーか」
アマのライト級って団体によって微妙に重さが違うけどウチの団体の基準に合わせれば62キロ、プロの団体なら61.23キロになる。通常体重で67~68キロぐらいってところか?
ミニフライ級下限ギリギリの体重46キロちょいのあたしと少なくても20キロ差ってとこか。
バンタム級で、しかもボクサーの赤銅に苦戦したぐらいのあたしがまともにやって勝てる相手じゃねーな。
幸い身長180センチに見合った階級であるスーパーウェルター級(プロの場合 69.85キロ以下)とかミドル級(プロの場合72.57キロ以下)じゃないのは助かったが。
「でもよぉ。所詮は女子のキックだよなぁ? 雑魚相手には通用するかも知れねーが、俺には軽すぎんぜ」
まぁ試合なら7階級、通常体重なら10階級は違う体重差と性差もあるし、当然の感想だろう。
「かも知んねーな。確かにパワーじゃテメーには勝てねーが、スピードとテクニックはあたしのが上だぜ?」
「へっ! じゃあ、そのスピードとテクニックとやらで俺を倒して見せな!」
武諸木は離れた距離から牽制の左ジャブを放ちながら距離を詰め、重圧をかけてきた。
あたしは真っすぐ下がれば足が揃った時に相手の攻撃が当れば倒されやすい為、円を描くように下がりながら慎重に距離を見極める。
相手を誘い込むのはあたしのスタイルじゃないが、こちらから攻撃しても恐らく通用しない為、相手を誘ってカウンター狙いで攻撃を組み立てた方が良いと判断したからだ。
あたしの作戦を察したのか? 武諸木はあたしの下半身から崩そうとローキックを立て続けに三発放ってきた。
あたしは全てのローキックを膝でカットするが、一発は軽く打たれたフェイントだった。
武諸木は蹴り足で踏み込み、右のストレートを放ってきた。
あたしは咄嗟に左手のパリングでパンチの軌道をずらしたつもりだが、槍の様な右ストレートは思った以上に伸びてきた事と、想像以上の威力で反らし切れなかった。
あたかもビール瓶で殴られたような、凄まじい衝撃があたしの鼻から脊椎を通じつま先まで貫き、全身を駆け巡った。
「ぐうっ!」
あたしは気付くと打ち降ろされたパンチで地面に叩きつけられ、地に突っ伏していた。
パリングしきれなかった手がアルコール中毒患者のようにびくびくと痙攣している。
脳を揺さぶられたあたしは大量の鼻血が地面を濡らす様を狭まる視界で他人事のように眺めていた。
……やべぇ……このままじゃ気絶しちまう。
……これは立ち上がれねーかな……過去に受けた事の無い衝撃だよな……。
……いや、赤銅亮磨に殴られた時もこんなモンだったっけな……。
……いや、でもよく思い出してみると、アイツの方が体重軽いのにパンチもっとあったよな?
……考えて見りゃ、アイツはボクサーでパンチの体重の乗せ方とかキックボクサーより遥かに上手い。
過去に東洋太平洋スーパーバンタム級七位にランクインしたボクサー、梶原龍児氏がキックボクサーに転向した際、一気に三階級上のライト級に階級を上げたのだが、K-1出場する前の時期にキックボクサーのパンチを紙袋で当てられたようだ等と表現をしていた事がある。
つまりパンチ力ではスーパーバンタム級のボクサーの方がライト級のキックボクサーのパンチ力に勝ると揶揄していたってことだ。
確かに爪先を前に向け、アップライトスタイルで体重が乗りずらいキックボクサーのパンチはボクサーにとって大した脅威じゃねーのかも知れねーな。
つまり、ボクサーである赤銅亮磨を基準にすればパンチに関しては階級差でビビる事は無いという事だよな。
立てよ美夜受麗衣。
リーダーのあたしがおねんねしていたら、あたしを慕ってついて来てくれた皆に申し訳ないだろ?
動け……あたしの体……。
震える指先を無理矢理止める様に地面に押し付ける。
膝を立て、上体を起こす。
よし……これなら立てる。
まだ……戦える……。
両手と両足に力を入れ、何時もより重く感じる重力に逆らう。
息苦しい……鼻血……邪魔だな……。
「はあっ……はあっ……」
あたしは鼻血を拭いながら立ち上がった。
試合ならとっくにカウント10過ぎていてKO負けだが、これは喧嘩だ。
あたしの心が折れ、何もかも燃え尽きるまであたしの戦いは誰にも止めさせられない。
パンチは過去に経験した最高の威力以下だと思えば、耐えられる。
だから、こんなパンチの一発や二発で倒れる訳には行かない。
「タフな女だな。俺のパンチを喰らって立ち上がるなんてな」
「へ! テメーのパンチなんざ
「あ? 赤銅だ? ソイツはテメーに負けたボクサーだよな?」
「そうだぜ。アイツの階級知ってるか? バンタムだぜ。要するにテメーのパンチはバンタム以下なんだよ!」
「テメー……死んだぞ!」
四階級下のボクサーに劣ると言われ、激怒した武諸木は右ストレートであたしの鼓膜をやぶかんばかりに耳を打ち、バチーンという音と共に圧縮された空気が外耳道に押し込められるような衝撃が貫く。
武諸木は右拳を引き、今度はあたしのこめかみを打ち抜くと、石で殴られたような激しい痛みとチカチカとした光が脳裏を走る。
キーンという不快な耳鳴りが鳴り止まず、くらくらとする。
だが、耐えられない威力じゃないと自分に言い聞かせ、あたしは右のジャブを武諸木に打ち返した。
「何!」
まさか反撃を喰らうと思っていなかったのだろう。
武諸木に大したダメージは無いが、一瞬怯んだ隙をあたしは見逃さなかった。
左手で武諸木の左拳を牽制しながら、右斜め前に一歩踏み込むと、左膝頭を武諸木のボディに突き刺した。
「うっ!」
あたしの攻撃で初めてダメージらしいダメージを与えた。
どうやら膝蹴りに慣れていないようだ。
そのままボディにぶち込んだ膝のスナップを効かせて、脛で突き放すようにして武諸木のボディを蹴った。
テツ・クルン・ケーン・クルン・カウ
ケーン(スネ)とカウ(膝)をクルン(等分)に使ったテツ(ミドルキック)という事であり、廻し蹴りと膝蹴りの中間の技である。
簡単に言えば、膝でまずダメージを与え、更にそのままスナップを効かせ脛を叩きつける技だ。
一瞬で二度蹴りを入れるムエタイならではの蹴りで、あたしの奥の手だ。
「ぐううっ!」
ミドルキックが効いていなかった武諸木が腹を押さえ苦しんでいる。
そりゃそうだろ。
あたしがムエタイクラスのタイ人コーチとスパーリングした時にこの蹴りを喰らった時、全身に重く鋭い衝撃が走って一瞬息が止まりそうになったことがある。
「どうやら膝の攻撃に慣れてねーみてーだな。どうせ肘無し膝無しのルールしか練習していないボクシングキックだろ? そんなキックの偽物にあたしは負けねーよ」
「うっ……うるせー!」
図星を突かれたのか? 武諸木は左ストレートであたしに襲い掛かる。
馬鹿だな。
外も取らずにサウスポー相手に左から攻めてくるなんてな。
あたしはそう思いながら右足を右斜めに進めながら武諸木の左手の手首を払い、反らした。
そのまま左手を武諸木の左側頭部から後頭部あたりに引っかけ、左手で上体を引き落としながら左膝を喉にぶち込んだ。
「ぐええええっ!」
恐らく自分がパンチが得意だとか思い込み、好きな練習を優先して首相撲など地味だし忍耐の居る攻防の練習を怠って来た武諸木が膝を喉に喰らうなど初めての体験だろう。
いや、あたしもこれを喰らった事は流石に無いけど。
とにかく、体重差があろうと急所に膝蹴りなんか喰らえばひとたまりもないはずだ。
更にあたしは武諸木を首をロックして捕まえ、右足を右斜め前に踏み込む。
左足を右後方に大きく回す様に引き、武諸木の体勢を前に崩し、武諸木の左太腿に左の膝蹴りを入れた。
ローキックは耐えられても膝蹴りによる太腿への攻撃も喰らった事が無いなら耐え切れねーだろう。
案の定、武諸木は更に前に体勢が崩れる。
体勢が低い、チャンスだ!
あたしは側方からまわす様に半円を描き、首をロックした腕を引き落としながら、膝を武諸木の坊主頭のこめかみに渾身の力を込めてぶち込んだ。
ゴンっ!
腕の中で突然、武諸木の力が抜けていった事を感じた。
あたしが首をロックした手を離すと、どさりと武諸木は地面に突っ伏した。
「テメーがちゃんとキックボクシングの練習をしていればあたしに勝ち目は無かったけど、ボクシングキックの偽キックボクサーのままじゃあ永遠にあたしには勝てねーよ」
あたしの声が届くか分からねーけど、まがりなりにもキックをやると称すコイツに対して、そう言わずにはいられなかった。
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