第106話 小碓武VS麻剥三 キックボクシングVS伝統派空手

 俺は麻剥三あさはぎみたりを名乗る特攻隊長補佐を相手に絶賛大苦戦中だった。


 伝統派空手を使うというだけあって、とにかく速いし、キックボクシングではおおよそ考えられない距離から突きや蹴りが飛んでくる。


 キックボクサーが総合格闘家と戦うと離れた距離から飛んでくるパンチに苦戦しがちだが、伝統派空手ともなると距離が遠いだけでなく、スピードもさらに速い。


「ぶっ!」


 離れた間合いから飛んでくる刻み突きに対応できず、背が低い俺の顔に打ち降ろされた。

 更に体勢を傾けながら逆突きを放ってきた。


 これは何とか頭一つずらすダッキングで避けたが、俺がカウンターを返す間も無く、間髪入れず、膝を抱え込み、円を描くような右の中段廻し蹴りで俺の胴を打ち、突き放した。


 そして、再び間合いを切られ距離を取られた。


「はぁーはぁー」


 俺は荒く息を吐き、勝子に貰った簡易バンテージを嵌めた手の甲で顎を拭うと血が付いていた。


 どうやら鼻血が出ているらしい。


「あはははは。僕って伝統派空手だから巻き藁とかは突くけど、サンドバッグは使った事無いんだよね。でもサンドバッグって、君みたいに殴りやすいのかな?」


 やれやれ。棟田達苛めっ子だけじゃなくて、タイマン相手にまでサンドバッグ認定かよ。


 でもな。


 麗衣は教えてくれたんだ。


「知っているか? サンドバッグだって蹴ったら痛いんだぜ? お宅伝統派だろ? 試しに脛でサンドバッグを蹴ってみると良いよ」


「へぇ。そうかい。じゃあ先ずは君で試して見ようかな? 君って女の子より可愛いから苛め甲斐があるかもね♪」


 武諸木多君たけもろきおおみという隊長補佐がぶっ倒したヤツを好きにして良い、つまりレイプしても良いと言っていたのに、わざわざコイツは男である俺を指定してきたのだが、もしかしなくても、吾妻君と同じ趣味か?


 いや、吾妻君はコイツの様に少なくても人の事を肉の塊を見るようなギラついた目つきはしていなかった。

 よくよく思い出してみると、女装をしているだけで吾妻君はその気が無く、俺の事をからかっていただけなのかも知れない。

 でも、目の前に居るコイツはガチっぽいよな……。


 とにかく、コイツに敗北したら何をされるか分からない。


 本気で潰すか。


 俺がスイッチを入れた事も知らず、麻剥は前に向けた軸足の爪先を回転し、身体を回転させながら中段蹴りを放ってきた。


 俺は軸足の踵を上げながら、バランスを取りやすいようにガードの肘の内側に入れるように前足を上げ、中段蹴りをカットした。


「つうっ!」


 麻剥は流石に痛みで構えを解いたりしないが、前蹴りをカットされ苦痛の表情を浮かべた。


 ミドルがカットされるとミドルを打った足の方が痛いのだ。


 ムエタイ同様、脛の部分で蹴るフルコンタクト空手において脛を固くするために砂袋を蹴ったりビンで叩いたりするらしいが、伝統派空手では基本的に廻し蹴りでは中足を当てる為、脛を鍛えるという事はあまりないのではないのか?


 これは道場によるのかも知れないが、少なくても麻剥は脛を鍛えてはいなかったようだ。


 そして、このスピードの対応するのは香織と練習をした経験が活きた。


「言ったろ? サンドバッグだって蹴れば痛いんだって」


 俺は斜め前に軸足を踏み出すと同時に身体を斜めに傾け、重心を移動した勢いを使って麻剥の左前足の太腿を叩き蹴る。


「ぐうっ!」


 麻剥は打たれた前足を引っ込めた。


 伝統派空手は試合において下段廻し蹴りが禁止されている。

 それに足の爪先を内側に向けたボクシングに似た足位置はローキックの良い餌食である。


 俺は前後入れ替えた足に左右のローキックをミット打ち感覚で次々と打ち込む。

 麻剥は刻み突きや逆突きで反撃を試みるが、足の踏ん張りがきかず、しかも真っすぐな突きしか打ってこない麻剥の突きは俺の脅威では無かった。


「ひいいっ!」


 いよいよ棒立ちになったところに渾身のローキックを食らわせると、麻剥は大きく体勢を崩す。


「止めだ!」


 俺はジャブで目を狙い打った。

 ジャブで麻剥の左目を隠すことにより視界を塞ぐとともに、顎も上がった。

 そして、ツーの右ストレートで上がった顎を打ち降ろす。

 打ち降ろす瞬間、頭・足落とし、体重をかけた。

 こうやって打つことにより右ストレートの威力が普通に打つよりも上がるのだ。


 最早動かない的となった麻剥は目の色を失うと、無様に崩れ落ちた。

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