第20話 インターバル
「亮磨さん!」
集まったギャラリーは特攻隊長の介抱を始めていた。
これって麗衣の逆転勝ちという事で良いのか?
そう安堵したのも束の間に、麗衣はとんでもない事を言い出した。
「これじゃあお互いすっきりしねーだろ? 取り合えず第一ラウンド終了だ! テメーの痛みが収まったら続きやるからな!」
これにはギャラリーも俺も唖然とした。
麗衣は、悶絶する亮磨を尻目に距離を取り、喧嘩の最中に何時の間にか落ちていたベースボールキャップを拾い、どっかと腰を下ろした。
ギャラリーが集まる前に亮磨に止めをさせたと思うが、麗衣は亮磨が回復したらまだやる気のようだ。
本当はすぐにでも病院に行くべきなのだろうけれど、この全身闘争心の塊のようなヤンキー女は亮磨を完全に叩き潰すまで梃でも動かないつもりなのだろうか?
「オーイ。武。ちょっと水持ってこいよ」
あれ程殴られていたのを思わせぬ程、堂々とした佇まいで膝に手を乗せ、くつろぐかのような格好の麗衣は突然俺に命令をしてきた。
あれ、他人のフリは止めたのか?
先程までとは明らかに態度が違うような気がする。
それはとにかく、一時中断したとはいえ、まだ喧嘩は終わっていないのに、あまりにも緊張感の無い声だった。
「はぁ? 今持っていないけど……」
「何だよ使えねー下僕だな。勝子が持っているはずだから貰ってこい」
「え……あ、うん。分かった」
言われるがままに俺は勝子に頼んだ。
「えと……勝子さん。麗衣がああ言っているので水ください」
この娘怖いんだよな。我ながら間抜けっぽく勝子に頼んだ。
「私が直接渡したいんだけどな……麗衣ちゃんがそういうなら仕方ないね」
勝子は渋々といった様子で俺に水入りのペットボトルを渡した。
少し水の量が減っている。勝子の飲みかけだろうか?
「うふふふ……麗衣ちゃんと間接キスかぁ……うふふふふっ」
……勝子の気味の悪い呟きを俺は聞かない事にした。
そう言えば勝子はさっきから再三の麗衣のピンチにも一言も声を上げていない。
あれだけ麗衣が痛めつけられているのだから、一番怒り出しそうなのが勝子だと思うのだが、心配じゃないのか?
「あの……麗衣の事心配じゃないの?」
俺はこっそり聞いた。
「どうして心配する事あるの?」
心から不思議そうな表情をする勝子に対して俺は悪寒を感じながら尋ねた。
「普通心配するでしょ? 麗衣はまだやる気だけど、これ以上やるとヤバいんじゃ……」
「どうしてかなぁ? 麗衣ちゃんが絶対に勝つって言ったら絶対に勝つんだよ?」
「は?」
俺が言葉を失っていると。勝子が俺に言った。
「下僕君。大丈夫だよ。麗衣ちゃんはああ見えて遊んでいるだけだから」
「え?」
試合なら2回はKO負けしているだろうと思われる程のダウンをして、眼下と頬を腫らし、鼻の骨折と犬歯が突き刺さる事による唇の裂傷まで被り、それでもまだ遊びだというのか?
「どうせ折角ボクサーが相手だからパンチだけで勝負してみたいとか、パンチスパーの練習位の感覚だと思うよ。でもね。アイツがボクサーであればボクシングに付き合うけれど、ボクシングじゃない事をしちゃったから麗衣ちゃんもボクシングは止めるはずだよ?」
「どういう事なの?」
俺が勝子に立て続けに聞こうとすると。
「オイおせーぞ下僕! 水貰ったら早く来い!」
麗衣は俺を急かしたので、慌てて水を麗衣に渡しに行った。
「トロくせー下僕だな。さっさと水を渡せよ?」
「ああ……分かった」
麗衣は俺からペッドボトルを受け取ると、頭からドボドボと水をかけだした。
麗衣が浴びた水は傷口から流れる血と混じり、地面に水たまりを作る。
水を全てかけ終えると、空になったペッドボトルを近くに投げ、気合を入れるように首を荒々しく振った。
水に濡れた髪の雫が数滴、俺の頬にかかる。
傷だらけになりながらも、麗衣の美しさと矜持は少しも損なわれていない。
「ふぅ……パンチ貰い過ぎて頭がクラクラしているけど、ちったあ、すっきりしたぜ」
「麗衣、大丈夫なの?」
「ん? ああ、へーきへーき。鼻の骨折と唇切るのって見た目は派手に見えるけど、アドレナリン出てりゃ大して痛くねーから」
いや、痛くないかどうかより、そもそも女が顔に派手な傷を負う事自体、平気じゃないと思うけど。
そんな俺の気を少しは察してくれたのだろうか?
「武……その……心配してくれてありがとうな」
麗衣はそんな事を言っているように聞こえたが、あまりにも小声でよく聞こえなかった。
いや、聞き間違えか?
確認の為に俺は麗衣に尋ねてみた。
「今、何か言った?」
「な……何でもねーよ。それよっか、これ預かっておいてくれよ」
麗衣はベースボールキャップを俺に渡した。
「大切なものなんだ。ぜってー無くすなよ」
「ああ。分かったよ」
麗衣は力強く立ち上がった。
「敵さんは回復したみたいだな。まだやる気みてーだぜ?」
完全に回復したという訳ではないだろうが、グリーンボーイであるとはいえボクサーの端くれ。
インターバルを挟んだ事で立ち上がり、喧嘩を再開出来るぐらいは回復したのか?
麗衣を睨みつける視線は明確な戦意と殺気がこもっていた。
それを臆する事無く睨み返す、獰猛な野獣のような顔をした麗衣の表情をみて、俺はこのヤンキー女は死にでもしない限り、絶対に負けを認めない事を悟った。
俺はあきらめて、麗衣に言った。
「麗衣……お願いがある」
「タイマンやめろってのはナシだぜ?」
「そうじゃない……絶対に勝ってこい!」
俺は麗衣の背中を叩いた。
止めるとばかり思っていたのだろうか?
一瞬、きょとんとした表情で俺を見ていたが、すぐに唇の端を上げた。
「ハッ! 下僕の癖にイチイチ生意気だぜ!」
麗衣はボクサーに何度も殴られたとは思えない、活力に満ちた表情で笑みを返してきた。
「良いぜ。これからあたしの本当の本気を見せてやるよ! さぁ、第二ラウンドの始まりだぜ!」
麗衣は勢いよく亮磨の元へ飛び出した。
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