第8話 ヤンキー美少女に構えとジャブを教わった拳
「ところでさぁ、武ってクラスのどの位の奴から苛められてんの?」
これまで会話を楽しんでいたが、麗衣は突如水を差すような内容に話題を変えた。
「教師じゃあるまいし……普通そんな事聞くの遠慮しないか?」
「いや、そもそも先公は何もしねーし、聞かねーだろ?」
確かに教師にはこちらにも問題があるのではないかと言われ、歯牙にもかけられなかったのは事実であった。
「確かにそうだった。でも、こんなこと麗衣に話すのは……一応男の意地ってものも……」
流石にこんな話を女子の麗衣にするのは情けない。
俺の気持ち察してくれたのか? 麗衣は深く追及する事もなくアプローチを変えてきた。
「じゃあ答えなくていいぜ。でも武さぁ……そいつ等に復讐したいと思うか?」
「え?」
「武の返答によってはあたしが手伝いをしてやっても良いって言ってるんだよ? どうなんだ?」
それは俺を苛めていた連中を麗衣が腕力で復讐してくれるかもしれないという事か?
麗衣が何かしら格闘技をやっていて、恐らく相当喧嘩慣れをしているのは確かだ。
多分、麗衣に頼れば暴力をより巨大な暴力で押さえつけられ、苛めは無くなるかもしれない。
でも――
「いや、これは俺の問題だから。俺が何とかするよ」
麗衣に頼りたい気持ちがあるのは確かだし、もしかすると良し悪しはとにかく、それが解決の近道かもしれない。
でも、これは麗衣に汚名を着せる事になり、何より俺自身の事が許せなくなるだろう。
惚れた弱みというのもあるが、せめてこれ以上情けない姿は見せたくなかった。
「それに、俺を一番殴っていた連中は麗衣が今日やっつけてくれたし。それだけで十分感謝している」
まっすぐ麗衣の目を見て礼を言うと、麗衣は驚いたように目を見開き、頬を横へ背けた。
その麗衣の横顔は耳まで真っ赤だった。
「あっ……あれはあたしの許可なくあいつ等が勝手に下僕をシバこうとしていたから助けただけで……まぁ感謝しろよ!」
麗衣はベースボールキャップをまぶかに被り、顔を隠すようにして言った。
「まぁ……、今まで苛めてた奴らに仕返ししてくださいなんて返事だったら、あたしはこの場でアンタを殴り倒して二度と関わらない事にしただろうね」
いや、まだ二日の付き合いしかないが何となく分かってきた麗衣の性格から想像すると、そんな事は多分しないとは思う。
だが、事が済んだら麗衣とは致命的な距離が出来るのは確かな気がする。
「で、武は自分で何とかするって、具体的にどうするつもりなんだ? 棟田だっけ? お前を苛めてるのは、さっきの連中だけじゃないんだろ?」
「それは……」
麗衣は溜息を付き、呆れた様子で言った。
「今後苛めら続けたら、また自殺寸前まで我慢するか? それとも抵抗するか?」
「抵抗なら前はしていたけど、……俺は弱いし」
「だから、あたしが手伝ってやるよ」
「いや、だからこれは俺の問題だから」
話が振り出しに戻る。
もしかすると麗衣がどうしても喧嘩がしたいという可能性もあったが、それは俺の思い違いであった。
「まぁ落ち着いて聞けよ。要するにあたしがお前を苛めてる連中を直接シメなきゃ良いんだろ?」
「まぁ……それはそうだけど」
「だからさ。せめて復讐とまで行かなくても、武の事を舐めたら痛い目に会うって事を分からせてやるぐらいには鍛えてやるよ」
成程。ありがたい話ではあるが……。
「俺なんかが強くなれるのか?」
「まぁ使う奴相手には厳しいと思うけど、素人相手なら何とかなるんじゃないのか? 使う奴なんてそんなに居る訳じゃないしな」
麗衣は楽観的に言った。体の小さな俺が付け焼刃の技術でどうにかなるとは思えないが……。
だが、折角の麗衣の好意だし、確かに何もしないよりはマシかも知れない。
こうしてヤンキー女子高生による格闘技講座が始まった。
◇
「まず構えだけど、お前右利きか?」
「ああ。右利きだけど」
「ならオーソドックススタイルで説明するからな」
麗衣は俺の前に立ち、手本を示しながら説明を始めた。
「足を肩幅まで開いて、右利きだから左足を前に右足は斜め45度くらいを向くように構えて、この時は前足が相手の真正面を向くように構えて」
麗衣を真似て俺は足を構えた。
「で、次はワキを締めた状態で両手をこめかみの高さまで上げて、両拳を軽く握る。左拳は少しだけ前に出して」
次に麗衣の言葉に従い両拳を構えた。
「最後に少し腹筋に力を入れて少し前傾姿勢に、左足を何時でも上げられるように膝を柔らかくしておく。これが基本の構え。覚えとけよ」
俺は言うとおりに構えながら麗衣に尋ねた。
「これ、ボクシングの構えと違うよね?」
ボクシングの場合、両拳の高さは大体顎の位置に構え、前足のつま先は内側に向け、もう少し前傾姿勢の所謂クラウチングスタイルが一般的である。
「ああ。パンチを強く打つ分にはボクシングの構えの方が良いんだけれど、肘とかハイキックを防ぐには、こめかみの位置を守らないとダメだしな。それに足もボクシングみたいにつま先が内向きだとローやミドルのカットが難しい。まぁ、アップライトスタイルだとボディを食らいやすいという弱点もあるし、人によって好みもあるけど最初は基本通りにやった方がいい」
素人ならハイキックやらローキックどころか、そもそもロクに蹴り一つ出来ないと思うが、折角の機会なので素直に教わる事にする。
「で、ジャブの打ち方だけど、左足で踏み込んで肩を回しながら前拳を素早く突いて、腕を伸ばし切った瞬間拳を握りしめ、素早く引く。打つよりも引く方が早くなるような意識を持つのがコツかな? あとガードしている右腕はこめかみの位置から下げないように注意しろよ」
言われた様に打つよりも早く引くという意識で打つ。
確かにこの意識で打てば、パンチを早く打てる事を実感した。
俺は麗衣の説明を受け、ジャブを十回程繰り返した。
「肘が上がってワキが開かないようにならないように注意しろよ……おっ。良いね。格闘技を見ているってだけあって中々サマになってるじゃん」
「ありがとう。でも、護身でジャブって有効なのかな?」
プロボクシングのようにジャブもポイントに反映される競技ならいざ知らず、護身に役立つものだろうか?
「相手倒すってのは無理だけれど、最速の攻撃だから素人はまず防げないし、良い牽制にもなる。最悪、目つぶしにジャブを当てて逃げるって事も出来そうだし」
「成程」
「それに、次の攻撃につなげやすい。ワンツーを打つ場合、左ジャブで腰を捻ったその反動を利用して右ストレートで力を入れやすい。で、次はその右ストレートの説明をするぜ」
◇
キックやフィットネスのジムに行っていたのはもう何年も前(多分K-1全盛期の頃)の事なので記憶は曖昧で結構ネット頼りです(苦笑)
今後格闘技の技を幾つか描写しますが、ジムや道場、試合などで許された場合、護身など止むを得ない場合以外は人に対して使用しないでください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます