第9話 ヤンキー美少女にストレートとワンツーを教わった拳
麗衣は先程教えてくれた右利きのスタイルに構えると右ストレートの説明を始める。
「背骨を軸にして利き腕側の肩を回して、肩が前に出たところで腕を伸ばす。この時、右足を蹴って、前足に体重が掛かるようにして右拳を突き出しながら腰を捻る。腕を伸ばしたところで拳に力を入れて打つ。必ずワキは絞めて、左拳は大体顎の位置で、反対側の顎は右腕で隠れるように打つ。この時腰が入ってないと手打ちのパンチになるからな」
何回か右ストレートを見せてみると、麗衣は掌を俺の前に向けた。
「試しに手に打ってみろよ。人差指と中指の根本部の関節、拳頭で当てる事を意識して打てよ」
とはいえ、流石に女子である麗衣の手を打つ事は気が引けた。
「そんな事をしたら痛くないの?」
「お前のヘタレパンチなんか痛い訳ねーだろ? とにかく打ってみろ」
仕方なく、俺は麗衣の掌に軽く右ストレートを打ってみる。
拍手のような高い音というより、ポンと低く情けない音が鳴った。
「全然ダメだな。手加減するなよ?」
「ああ。分かったよ」
今度は先程より強く打つと、パシンとさっきよりは良い音のように聞こえたが。
「ダメだな。パンチが真っすぐじゃない。若干フック気味なのか、薬指と小指の辺りがヒットしてるんじゃねーか?」
「そうなのか?」
「例えば壁と棒を想像してみろ。壁に棒を当てた場合、一番力を伝えるにはどうしたら良いか解るか?」
俺は麗衣の問いに少し考えてから答えた。
「うーん……叩いたり、斜めから突くより、真っすぐ、壁に対して垂直に突くのが一番良いのかな?」
「その通り。だから右ストレート、というか殆どのパンチがそうだけれど、棒と壁をイメージして相手に真っすぐ当てる事を意識するだけでも結構強いパンチが打てるようになるぜ。やってみろ」
言われた通り、棒を壁に真っすぐ垂直に突くイメージでパンチを麗衣の掌を打った。
すると今までで一番高い音が鳴り、大きく麗衣の掌は弾かれた。
麗衣は掌を痛そうに振り、顔を顰めた。
「いってぇ~……」
「あっ。御免!」
「大丈夫大丈夫! OK! 結構スジが良いんじゃね?」
確かにこの意識で打てば自然とワキが締まり、肘も上がらない。
成程。これは分かりやすい。意外と麗衣の教え方が上手い事にも感心した。
「あと、格闘技好きなら、パンチにも『重いパンチ』と『キレのあるパンチ』がある事は知っているよな?」
試合は流石に観た事がないけれど、キレのあるパンチと言えば海老原博幸のカミソリパンチが有名だ。
「ああ、勿論」
「この二種類を意識して使い分けられるって知っていたか?」
「いや。知らなかった。てっきり選手の個性かと思っていたけれど」
「まぁ選手によって得手不手があるだろうけど、使い分ければ上手くダメージを与えられるぜ」
麗衣は構えながら説明を続ける。
「例えば、『重いパンチ』はインパクトの後も押すような感じに打つ。まぁ打ち抜くイメージかな?」
「
「そう。フォロースルーの事。だから『重いパンチ』を鍛えたいなら、打つ対象の位置よりも更に打ち抜くイメージで練習するといい。只、最初は出来れば止めた方がいいかな?」
重い『パンチ』を打てるに越した事はないと思うが、何故だろうか?
「どうして止めた方が良いの?」
「これはあくまでもあたしの私見だけれど、初心者が意識して『重いパンチ』を打とうとすると多分、余計に力んだり、打った後に体が流れたり、体勢崩したりすると思うんだよな」
「成程……」
「だから、まずは『キレのあるパンチ』を使えるようになった方が良い。防御面でも比較的安全になるし」
それは、今まで格闘技を見ていても気づかない話だった。
「防御面でも安全? それってどういう事なの?」
「まぁ、簡単に結論から言うと『キレのあるパンチ』は右ストレートをジャブのように打ち終わり後、早く引く。だから相手は打ち終わりを狙いにくくなるって事」
「ああ。成程!」
麗衣の言わんとする事をすぐに理解した。
「それならば隙も少ないし、喰らうと『痛い』パンチになるよね」
「そう。慣れれば『キレのあるパンチ』でダメージを与えたり、意識を散らしてから、『重いパンチ』で急所を打ち抜いて止めを刺すのが理想だろうな」
俺が格闘技の知識が多少なりともあるからなのかも知れないが、麗衣の説明は結構分かりやすい。
「まぁこれが必ずしも正解って訳でもねーんだけどな。お前の体格だと『キレのあるパンチ』から鍛えた方が良さそうだしな。先ずはあたしの言うとおりにやってみな」
「ああ。やってみるよ」
壁と棒をイメージして真っすぐ放ち、インパクト直後、素早く引く。
この二点を意識してストレートを十回程打ってみる。
例えるなら威力の高い右のジャブといった感じだろうか?
只のストレートでも何種類もあると聞いた事があるけれど、『キレのあるパンチ』と『重いパンチ』でストレート二種類打てるようになったら何となく格好良いよなと、思った。
「良さそうな感じだな。この調子で次はワンツーやってみるか?」
「うん。お願いするよ」
麗衣は基本の構えをすると、ワンツーの説明を始めた。
「武なら説明するまでも無いと思うけど、左右のパンチによるコンビネーションがワンツーって事は知っているよな?」
「勿論知っているよ」
「だよな。で、ワンツーっていうのは色々な種類があって、左右のフック連打もそうだし、左ジャブから右アッパー、あるいは左ボディから右ストレートとか、とにかく無数の組み合わせがあるんだけど、一番基本で、最も多用される組み合わせが左ジャブから右ストレートに繋げるワンツーだな」
これはボクシングのみならず、キックボクシングや総合格闘技、更に一撃必倒を前提とする伝統空手や日本拳法などでも多用されるコンビネーションなのである。
そのワンツーを麗衣はゆっくりと動きを交えながら説明を始める。
「先ずは最初に教えたジャブを打つ。その後、ジャブの腕を引きながら、さっき教えた右ストレートを放つ。この時、左ジャブの拳の残像を貫くイメージで右ストレートを打つと早くて強力なワンツーを打てるぞ。じゃあやってみな」
左ジャブの拳の残像を貫くイメージでワンツーを数回やってみる。
確かにこれなら強く早いパンチが連打出来たように見えるが。
「あ。ダメダメ。ガードは下げないように常に意識して」
「そうだった? 御免」
「まぁ最初だしな。あと疲れてくるとガードが下がり気味になると思うから、その辺忘れないようにしてやると良いぜ」
俺が何回かワンツーを繰り返すと、更に麗衣がアドバイスを送る。
「慣れてきたら、ワンツーの最後に左ジャブを加えてワン・ツー・スリーを打ってみな」
「最後に左ジャブ? よくあるパターンだと左フックじゃないの?」
ワンツー後に左フックを打つと死角からパンチが入りやすく、KOパンチにもなりやすいと聞いた事があるが。
「ああ。裸拳でフックを打つと当たり所が悪いと指が骨折する可能性があるからおすすめは出来ないな」
グローブで拳を守られた格闘技の試合ならとにかく、裸拳でフックは使わない方が良いという事か。
「あと、最後にジャブを打つ事で重心を直しやすいから。まずは強打を打つ事よりも攻撃の後に体勢をなるべく崩さない事を意識して欲しいからな」
こうやって俺はひたすらパンチの打ち方を叩き込まれ、気づけばヤンキー女と共に終礼の鐘を聞いていた。
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