第10話 ラブコメというか予定調和の回

 麗衣トレーナー様による格闘技入門の修練が終わった。

 肩で息をし、座り込んでいる俺に対し、麗衣は「少し待っていろ」と言い残し、屋上から出て行った。

 数分程経つと、麗衣は自動販売機から購入してきたのか? ペッドボトル入りのスポーツドリンクを持ってきて、しゃがみながら俺に渡した。


「どーだ? 練習。結構きついだろ? ほら」


 麗衣がへばり切った俺をあざ笑うかのように、悪戯っぽく微笑んだ。

 憎ったらしいが、小悪魔っぽさがやたら可愛くも見えるその表情も良い。

 でも、それよりか、所謂いわゆるヤンキー座りで無防備に晒されたスカート奥の白い布の皺が脳裏に焼き付いてしまった。


「あ……ありがとう。でも、その……見えているから注意してくれ」


 一瞬時間が止まる。

 俺が何を言わんとするのか理解が遅れたようだが、麗衣は自分の無防備な姿に気付き、慌てて膝を閉じスカートで臀部を隠した。

 俺は努めてペッドボトルに目を向けるようにして受取り、すぐに横に目を反らした。


「うわ……。このムッツリ野郎……。本当は嬉しいくせに妙に紳士ぶるじゃねーか?」


「いや……確かにそうだけどさ、紳士ぶってるんじゃなくて、この状態で麗衣の鉄拳で殴られたら余裕で死ねる自信があるから注意しただけだよ。頼むから殺さないでくれよ?」


 敢えて懇願するように情けなく言うと、麗衣は笑い出した。


「あははははっ! 何だよソレ~! 下僕の癖に言うようになったじゃねーか!」


 俺の台詞が余程予想外だったのか?

 大して怒る事もなく、麗衣は笑っていた。


「良いぜ。パンツ見た件は特別に許してやるよ」


「はいはい。ありがたき幸せに存じまっす」


 少し体力が戻ってきたので俺は身を起こし、ペッドボトルの蓋を回す。

 開いたペッドボトルに自分の口を付け、ドリンクを喉に流し込む。

 麗衣はどこかあどけなく、嬉しそうな表情で俺のそんな姿を眺めている。

 このヤンキー美少女に対し、俺は常々思っている事を言った。


「思ったんだけどさぁ……麗衣って凄く良い奴だよな」


 そんな事を言う俺に対し麗衣は少し引き気味の表情で言った。


「あ? 突然どーした? 下僕のゴマすりか? それともそんなにパンツみたかったのか?」


「いや……そうじゃなくて」


 俺は麗衣の視線が気恥ずかしくなり、視線を避けるように立ち上がりながら続けた。


「俺の事を下僕扱いするのならパシリにでもするのかと思ったけれど、そんな様子全然ないし」


「んなことねーだろ?」


「じゃあ俺を下僕としてどう扱うつもりなの?」


「それは……」


 麗衣は俺の質問にすぐに答えられず、首を傾げ、唸り始めた。


「うーん……まぁ……、それは今後のお楽しみってことで」


「というかさ、ジュース買って来るってパシリがやる事で下僕の俺に買ってくれるなんて普通は逆だよね?」


「るっ……るせーな! これは下僕があまりにもみじめな姿を晒しているから、あたしのを間違えて渡しちまったんだよ! 返せ!」


 そう嘘くさい言い訳をしながら麗衣は勢いよく立ち上がると、俺からペッドボトルを強引に奪い取った。

 すると、そのまま腰に手を当ててペッドボトルに口を付けた。


「あっ!」


 そこまでやって麗衣は勢いに任せて自分が何をしでかしたのか気づいたのか?

 一瞬とまどった様子を見せるが、目を閉じてペッドボトルを傾ける。

 ごくり……ごくりと喉を鳴らせ、麗衣は一気にドリンクを飲みほしてしまった。


「ぷはあっ! ……ははははっ……下僕になんか、あたしのジュースを飲ませてやんねーよ!」


 子供かよ。

 口を拭いながら顔を真っ赤にした麗衣にツッコミを入れたら今度こそ本当に殴られそうなので追求を止めた。

 俺の表情から何を考えているのか察したのか? 麗衣は誤魔化すように続けた。


「べ……別にこのぐらいどうってこともねーだろ? 昨日はそっ……その……キスしたんだしぃ……」


 最後の「キ」の辺りから消え入りそうな声をしていた。

 麗衣は俺の後ろに回ると、両手で背を押した。


「ほら。さっさと帰んぞ」


 俺が麗衣に振り替えると、余程顔を見られたくないのか? 恥ずかしそうに顔を下げていた。

 コイツはビッチなのか、はたまたシャイなのか、キャラがぶれていて良く理解できなかった。

 麗衣に押される勢いで屋上の出入り口の扉の近くに向かうと、中から扉が開いた。

 何者かが屋上に出てくる事に気付き、俺は麗衣に振り返り声をかけた。


「ちょっと待って麗衣」


 麗衣は俺を押す腕の力を抜き、扉の方を覗いた。


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