第54話 And justice for all.
「お前等と手を組めだと?」
麗衣は感情の籠らない声で答えた。
「そう。私、嬉しくて仕方ないんだ。私達『天網』と似た事をしている噂の『
十戸武は熱っぽい目で麗衣を見つめながら言った。
「美夜受さん達『麗』は暴走族潰しをしているでしょ? それって正しい事だよね? 私達『天網』も法では裁かれない悪人に天誅を下している。『麗』と『天網』。全て正義の為、私達が結ばれるのは運命だったんだよ……」
興奮気味に頬を赤らめ、十戸武は麗衣に手を差し伸べた。
「だからお願い。私達と一緒になって。勿論、暴走族潰しの時は私達も手を貸すよ」
「話の腰を折るようだけど、そもそも、テメーラもあたし達の敵の暴走族じゃねーのか? 特攻服なんか着てるじゃねーか?」
麗衣はもっともな疑問を十戸武にぶつけた。
どんなに十戸武が正義を標榜しようと暴走族である限り麗衣とは相容れない。
「ああ。これは暴走族の特攻服じゃないよ? 元々特攻服って右翼が着ていた物を暴走族が真似したのが始まりだし、時代遅れなのも甚だしいって笑われそうだけど私達は先祖返りってところかな? まぁ、どうしても暴走族っぽく見えちゃうかもしれないけれど、少なくても騒音を立てたり、スピード違反はしていないよ?」
つまり、『天網』は暴走族ではなく右翼団体という事か。
まだ十代のメンバーで構成されている事や行っている内容から、所謂ビジネス右翼の様な政治家や大企業と癒着した利権団体ではなく、純真な正義感から活動しているという事は想像出来るが、行動が少し先鋭化し過ぎではないだろうか?
「思想的な物はよく分かんねーけど、お前等は珍走じゃなくて右翼って事なのか。ややこしい格好してんな……今時珍走でも特攻服なんかあんまり着ねーけどな」
「とにかく、美夜受さんの敵というのは誤解だって事は分かってくれたかなぁ?」
「ああ。別にあたし達の敵じゃねー。けどよぉ、お前も一つ、勘違いしている事があるぜ?」
麗衣の言葉の意味が分からず、十戸武は尋ねた。
「勘違いしているって……何が?」
「あたしは自分がやっている事が正しいなんて思った事は一度もねーよ」
思わぬ麗衣の言葉に十戸武は困惑した様子で聞いた。
「え? 暴走族が悪だから潰したいと思っていたんじゃないの?」
「このタコ! テメーラと一緒にするな! あたしが暴走族を潰しているのは八つ当たりみたいなものだ。それに一欠けらも正義なんか含まれちゃいねぇよ! むしろ同じ穴の狢みたいなモンだ」
麗衣の言っている事は十戸武にとって理解の範疇を超えているのか、麗衣に聞き直した。
「……八つ当たり? たったそれだけの為に暴走族潰しなんかしているの?」
「それだけだ。何らかの理由を付けて正当化するつもりも無いし、ましてや正義を振りかざして自己陶酔したりしねーよ」
「……それって私達に対する皮肉なの?」
十戸武の先程までの恋人と会話をしているかのような笑顔は嘘の様に消え去っていた。
「いや、あたしも十戸武に同類かと思われていたって事は、客観的に見ても似ている事をしていたって事だろ? だから、あたし個人としてはやり方が気に入らねーけど、テメーラを批判する資格はあたしにはねーよ」
麗衣は十戸武に背を向けた。
「テメーとの話はこれで
麗衣が俺達にそう命じると。十戸武は血に染まった拳サポーターに覆われた手で麗衣の手を握り、引き留めた。
「待って! 美夜受さん! もう一度考え直してくれないかなぁ? ……じゃないと、美夜受さんは正義じゃなくなっちゃうよ?」
十戸武は懇願するように麗衣に言うが、麗衣は不快さを隠そうともせずに言った。
「はぁ? だから、あたし達は正義の味方じゃねーし、八つ当たりを自己正当化する気もねーよ。十戸武があたし達の事を珍走と同じ悪かと思うのなら好きにしろ」
麗衣は振り返りもせず、不機嫌そうに十戸武の手を振り払った。
「それで良いの……小碓君はそれで良いと思う?」
麗衣に対して取り付く島もないと思ったのか、十戸武は俺に
「確かに『麗』と『天網』が組めば戦力的には大幅に上がるかも知れないから、今までよりずっと危険は減ると思う」
「そうでしょ! だから美夜受さんを説得してくれないかなぁ? 私達は協力し合うべきだよ?」
十戸武は再び期待で目を輝かせているので、俺は辛い気持ちを抑えながら十戸武に宣告しなければならなかった。
「でも、俺達は似て非なるものだ。根本的なところで君達とは相容れないのは麗衣と同じ気持ちだ……だからゴメン。十戸武さん。この話は無かった事にしてくれ」
それに俺は麗衣が正しいか間違っているかなんて如何でも良いんだ。
麗衣さえ守る事が出来れば一緒に地獄に落ちる覚悟も出来ている。
俺達は呆然とする十戸武を尻目に、肉の焼ける不快な悪臭が立ち込めるこの場から足早に去った
◇
「なっ……これはどういう事だ!」
駐輪場に戻ると、麗衣は惨劇の光景を目の当たりにして激怒した。
「赤銅君! しっかりしろ! 誰にやられたんだ!
姫野先輩は膝をつくと亮磨の上半身を抱え起こし、心配そうに尋ねた。
「……織戸橘か? ……気を付けろ……俺等をやったのは
「馬鹿な? 天網のリーダーは麗衣君の友人だぞ? 何でこんな事を……」
姫野先輩が首を傾げていると、二人のサングラスをかけた男達が俺達の前に現れた。
「オイ! コイツの言っている事は本当か! テメーラがコイツ等をやったのか!」
麗衣が左の男の襟を掴んで問いただしたが、男は動揺する様子を一切見せずに答えた。
「これは妙な事を聞く……。コイツ等暴走族は全てお前等の敵だろう?」
「……確かにそうだけどよぉ、あたし等の敵はあたし等が自分で判断するし、あたし等がヤル! 部外者の手は借りねぇよ! 頼んでもいねーのに余計な事するんじゃねーよ!」
「待って美夜受さん!」
今にも殴りかからんばかりの勢いの麗衣を引き止めるように、長野を引き連れ奥から戻って来た十戸武が声を掛けた。
「んだよ十戸武? もうテメーとの話はとっくに終わっているんだよ!」
麗衣の台詞を受け、十戸武は悲痛な表情を浮かべながら言った。
「そうみたいだね……だから、美夜受さん達の事を見逃す訳には行かなくなったんだよ……」
「ああっ? もしかして、あたし達に喧嘩を売るつもりなのか? 良いぜ。この場で決着つけてやろうか?」
物凄い剣幕で十戸武に向かって行きそうな麗衣を俺は羽交い絞めにして止めた。
「放せよ武! 一発ぶん殴ってあの正義バカの目を覚ましてやるからよぉ!」
「ちょ……ちょっと待って! 麗衣! 何でそういう話になるんだよ! 十戸武さんも麗衣を刺激するような事言わないで! 友達だろ!」
十戸武は視線を落としながら言った。
「そう友達だよ……かけがえのない、とっても大好きな友達。だからこそ、美夜受さんの方こそ目を覚まして私達の仲間になって欲しいんだけど、ここまで言うなら仕方ないよね……」
そして十戸武は視線を上げ、麗衣を真っすぐ見つめるとハッキリと言った。
「私達『天網』は『麗』に宣戦布告します。勝負の方法はお互いのメンバー四対四で素手による勝負。但し、パンチが全力を出せるように拳サポーターやバンテージ、オープンフィンガーグローブの使用は許可という事で。日時は三週間後。この場所。20時で良いかな?」
はぁ? 宣戦布告?
十戸武達と喧嘩しろというのか?
あまりにも馬鹿げているし、断ると思ったけれど、麗衣はあっさりと承諾した。
「良いぜ。その条件で受けて立つぜ」
いやいや。受けちゃダメだろ!
「麗衣! 友達相手に喧嘩する気なの!」
「そんな事関係ねーよ!」
冷静さを欠いた麗衣は全く俺の言う事を聞いてくれない。
そんな状況を更に追い打ちを掛けるかのように十戸武が悪化させた。
「小碓君は黙っていてくれない? これはリーダー同士の決めた事だから」
「十戸武さん。こんな事間違っているだろ?」
「美夜受さんを説得できなかった小碓君に正しいか間違っているか何て語る資格は無いよ?」
十戸武を尚も止めようと説得しようとしたが十戸武の方も全く聞く耳を持たない。
そんな俺達を見てめんどくさそうに麗衣が言った。
「どーでも良いけどよぉ……今すぐこの場で決着つける方が手っ取り早くねーか?」
「ううん。美夜受さんの怪我あと二週間は治らないでしょ? その後トレーニングの期間も一週間あげるから体調も整えて全力で戦えるようにして欲しいんだよね」
「けっ! お優しいこった! でも何で今やった方がお前等が有利なのにわざわざ待つんだ?」
「だって、全快で全力の美夜受さんの心を折らなきゃ意味が無いし、怪我をしている相手を倒すなんて正義じゃないでしょ? だから待ってあげる」
「良いぜ。全力で潰してやるよ! 今やらなかった事を後悔するなよ!」
何故こんな事になってしまったのだろうか?
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